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倒れた豚を助けたのは狼が人間になったようなモンスターと額に一本角を生やした小鬼だった。ワーウルフとゴブリンだろうか。二体の魔物は意識を失った豚の肩を担いだ後に引きずるようにして連れ出し始めた。何といっているかは分からないが、表情から察するに重いだのなんだの言っているに違いない。自分の事を言われているようで余計なお世話だとも思ったが、豚を見捨てない辺りは仲間思いの連中なのだろう。
豚は足を引きずられながらも起きる様子はなかった。というより起きても何もできないはずだ。鬼神化のせいで体の筋肉が酷使されているからな。
豚を抱えきれないと思ったのか小鬼が指笛を吹いた。すると森の奥から二足歩行のトカゲが走ってきた。くつわをはめている所を見るとどうやら騎乗用のモンスターらしい。
小鬼と狼男は豚をトカゲに乗せるとそれを誘いながら森の奥へと歩き出した。一体どこへ連れていくのだろう。豚の意識がない以上、することもなくなった俺はされるがままに暫く待つことにした。
しかし、成り行きとはいえ、鬼神化が使えてよかった。ステータス表示やアイテムボックスは使用できるのだろうか。せめて瞬眠が使えれば豚の回復も早くなるのだが。そんなことを思いながら俺は待ち続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の奥の少し開けた場所に集落があった。一緒に来ていた狼男は村の入り口で小鬼を見送った。どうやら再度の襲撃がないか見張りをしてくれるようである。
集落の中は木をくり抜いて作ったような粗末な家がいくつかあり、中央の広間では先ほど逃げていた怪我人たちの手当てが行われていた。
起き上がれないくらいに重傷のものも少なくないのを見る限り、相手はモンスターたちを本気で殺しに来ていたのだという事が想定できた。懸命な治療活動が行われているが、ざっと見る限り、怪我人に対して癒し手の数が足りない。
重傷のものから優先的に手当てをしているのだろうが、回復魔法を使えるモンスターが数人しかいない状況では満足な手当ては受けられないだろう。
癒し手に対して小鬼が何やら話しかけに行ったが断られている様子だった。恐らくは豚の手当てを先にしてほしいと頼んで断られたのだろう。ただ気になったのはゴブえもんの言葉自体が通じていないようにも見受けられた。
なんとも複雑そうな顔で戻ってきている。見た目は怖いが仲間思いだな。名前が分からないのでゴブえもんと名付けることにした。
ゴブえもんは何やら考え込んだ後に豚を自分の家であろう木製の住処に連れ出した。何をするつもりなのか見ていると奥からいくつかの種類の草を持ってきた。
何とも色合いの怪しい草ばかりだ。何か嫌な予感がするな。鑑定できればいいのにと思っていると何故か鑑定結果が表示された。
【ヤクソウモドキ:薬草と見た目が似ているために初級冒険者が間違って口にする毒草】
【ネコサフラン:ケンジャニンニクと間違えられて登山客が口にして死に至る猛毒草】
【キョウチクショウ:食べた人間がちくしょうと叫びながら死んだことからその名がついた毒草。嘔吐、体の痺れ、下痢などで苦しみ抜く】
【クマカブト:伝説の犬に葬られた巨大なクマの怨念によって生まれた毒草。ステータス異常の呪詛にかかる】
どういうことだ。こいつが持ってきたのは全部毒草ではないか。よせばいいのにありったけの毒草を持ってきたゴブえもんはそれらを大きなすり鉢に入れるとすりこぎで丁寧に擦り始めた。やめろ。満面の笑みで悪夢のブレンドをするんじゃない。せっかくインフィニティ枠がいなくなったと思ったら貴様がそうなる気なのか。頼むからやめてくれ。
このままでは毒を盛られて死んでしまう。焦った俺は意識を失っている豚に呼びかけた。だが、完全に意識を失っているせいか起きてくれない。
早く起きろ,死ぬぞ。早く、やばいって!
気づくとゴブえもんの作業が終わっていた。両手に抱えるように毒草を持ったまま笑顔で近づいてくる小鬼というのは一種のホラーであった。多分、100%の善意なんだろうなあ。このままでは殺されると思った俺は非常手段に出た。
豚の身体を乗っ取って無理やりに起き上がったのだ。意識がないことによってできる荒業ではあるが、果たして豚の身体は俺の意志通りに起き上がった。とはいっても自分の身体ではないような違和感がある状態である。起き上がった俺は身振り手振りでゴブえもんの薬草を丁重にお断りした。ゴブえもんは治療を断られたことよりも俺が起き上がったことの方が嬉しかったっようで手を取り合って喜んでくれた。毒草を持っていた手のせいなのか痺れるような痛みがあるのは気のせいだろうか。というかゴブえもん、すでに手がかぶれだしているぞ。
一息ついたところでようやく豚の意識が戻り始めた。乗っ取っていた俺の意識が隅の方に弾き出される。
「ここは…それがしは一体…」
『ここは多分お前たちの村だよ』
「あ、頭の中から声がする」
『成り行きでお前と行動することになった。よろしく頼むな』
「それがしたちを救ってくださった存在…あなたは神様ですか」
いや、神様とか呼ぶのは勘弁してほしい。本物と会った時に凄まじく怒られる可能性があるではないか。そう呼ぶのはやめろと抗議したが、豚は聞き入れてくれなかった。
「ご謙遜くださるな。それがしには分かりますよ。貴方はきっと私がいつも崇めているオークの神ヒャッカンデブ様に違いありません」
神の名前、日本名かよ!!ていうか悪口か!
いや、きっと翻訳機能がバグっているのに違いない。結局折衷案でヒャッカンデブ呼ばわりされたくなかった俺は渋々に神様と呼ばれることで納得した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こちらの呼び方は分かったのだが、豚の呼び名が分からなかった俺は豚に名前を尋ねた。
だが、豚はその質問に小首を傾げた。どうも名前というものを持っていないらしい。ならばと思って『ブタノ助』と提案したところ、名付けた俺が驚くくらいに喜んでくれた。
驚いたのはそれだけではなくブタノ助の回復力だった。戦闘と鬼神化のダメージが奇麗に回復している。ひょっとしたら俺の瞬眠のスキルが影響を与えているのかもしれない。
ブタノ助と共にゴブえもんの家から出た俺たちは広間で行われている治療の惨状に顔をしかめた。やはり先ほどと同様で癒し手の力が足りないようだ。
「せめてそれがしにも回復魔法が使えれば…」
悔しそうにするブタノ助の話だと彼には魔力の才能自体がないらしい。俺の協力で使えないかとも思ったが、魔力自体が溜まらない仕様になっているようだった。無駄に多い俺の魔力が使えないのはかなり痛い。
『村に薬草とかの備蓄はないのかな』
「残念ながらここ数日の襲撃によって備蓄は全て使い果たしてしまいました。採集スキルを持っている者も襲撃によって命を落としまして…」
『数日って、あいつらは頻繁に攻めてくるのか』
俺の問いにブタノ助は黙って頷いた。彼の説明によれば最近になってこの地方を支配するようになった帝国は亜人を排斥するために彼らも狙われているのだという。
帝国が来るまでは地方領主であるシュタリオン王国の保護の元で平和に暮らしていたという。てっきりモンスターと人間が敵対しているものだと思っていたが、戦争に参加していない異種族はひっそり暮らしているだけなのだという。迫害されるようになったのは帝国が来てかららしい。話を聞く限りではさっさと帝国を追い出したほうがよさそうだ。
そうは言っても今は村人の治療が先決だ。
俺はアイテムボックスを呼び出そうとした。だが、どうしたことだろうかアイテムボックスが呼び出せない。これも縛りのひとつなのか。頼みの綱のエリクサーが使えないとは困ったことになった。
仕方なく俺はブタノ助に命じて村の周囲に出ることにした。先ほどのゴブえもんの毒草を見破ったように薬草を探せないかを考えたのだ。果たして俺の推測は正しかった。
ブタノ助の目を介して薬草と毒草を見分けることができたからだ。周囲の薬草をありったけ集めるとブタノ助に持っていかせた。癒し手たちは驚いている様子だったが、使ってみて効用があることが分かるとブタノ助の持っていった薬草を我先に使い始めた。
俺はブタノ助に命じて動けそうな人足を集めると再び薬草集めを行った。それを数回繰り返すころには怪我人の数というのは目に見えて減っていった。




