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鬱蒼とした森の中は地球では見たことのないような植物や木が生えていた。一見して地球ではない異世界であることを理解できた。木の葉の隙間から光が差し込んでいるのが見えるので夜ではなく昼間という事になる。 周囲に人の気配がないのでおっかなびっくりと森の中を浮遊しながら進んでみた。地に足がつかない霊体状態というのは何とも不安なものである。一体ここがどの辺りなのか気になった俺はインフィニティに尋ねてみた。
(なあ、インフィニティ、ここはもうディーファスだよな。今、どの辺りだ)
尋ねてみたのだが、全く返事がなかった。おい、まさかあいつのサポートが受けられないと言うんじゃないだろうな。こんな未開の地でナビなしは洒落にならないぞ。そう思っているとしばらくしてから返答がきた。
『…ザザ……マスター…電波…遠い…返答…できる時……できない時…あり…ここはシュタリオン…近郊…精霊の…森……電波対策中…少々お待ちを…』
かろうじてシュタリオン近郊と精霊の森という単語が聞こえた後に全くの音信不通になってしまった。
やばいな。この姿ではあいつのサポートが満足に得られないという事になる。のっけからの縛り設定とはなかなかに厳しい世界だ。これでは憑依できる生命体が近くにいるのかも分からないだろう。そんなことを考えていると何やら遠くの方から剣劇の響きらしきものが聞こえてきた。
何者かが戦っている。音を頼りに森の中を進んでいくとそいつらはいきなり現れた。20体ほどの人型のモンスタ―と思われる一団だ。彼らは俺の姿を見るなり、こちらに向かって迫ってきた。その誰もが必死の形相をしていた。思わず身構えたが、彼らは俺のことなどお構いなしですり抜けていった。どうやら俺が見えていたわけではないらしい。
見ると通っていった先に血の跡が見て取れた様子から何者かに追われていることを理解した。彼らがきた方向を見やると先ほどのモンスターの仲間と思われる数体の人型モンスターと10人ほどの黒ずくめの騎士たちが戦っている姿を確認できた。
詳しい状況がまるで分らないのだが、戦っている様子を見る限りでは人型モンスターたちは逃げていった仲間達を守るために騎士たちの足止めを行っている様子だった。だが、多勢に無勢なのか次々にモンスターたちは斬り倒されていき、その数を減らす一方だ。
一目見て騎士たちはずるいと思った。一体のモンスターを数人で囲んで多方向から攻撃を加えているのだ。多人数での戦いを訓練されているのだろうが、倒れて命乞いをしている相手の喉元に剣を刺して止めを刺す辺りはかなりえげつないものがある。その上、止めを刺した後に薄ら笑いを浮かべている様子から彼らが享楽的に虐殺を楽しんでいる様子が見て取れた。
そうこうしているうちに白刃が舞って血飛沫が舞った後に豚型の人型モンスターが仰向けに倒れた。何かに呼ばれたかのように俺は豚型の魔物の側に吸い寄せられていた。
血が足りないのだろう、豚は朦朧とする意識の中で空の方へ向けて手を伸ばしていた。それは何かに助けを求めているようにも感じられた。つい、無意識のうちに豚の手を握り返していた。同時に豚の思考が頭の中に流れていく。
『…無念…神よ…どうか…仲間達を…お守りください…』
死に瀕しているのに仲間の心配をしているとは見上げた豚である。俺は思わず問い掛けた。
『…お前、仲間を守りたいか』
『…あなたは!?』
『誰でもいい。仲間を守りたいなら力を貸してやる。その代わりに俺の為すためにお前の体を貸せ』
豚から聞こえてきたのは了承を告げる心の声であった。瞬間、俺は豚の身体の中に入り込んでいた。死にかけている身体だ。早々に決着をつける必要がある。俺は無意識のうちに自身の封印していたスキルを解放していた。
鬼神化。体重が激増する代わりに肉体的なステータスが軒並み上昇する反則的なスキル。
その封印を解除すると胸元から流れていた血が筋肉で塞がった。これならば問題なく戦える。一回りも二回りも大きくなった体躯で俺が入った豚は起き上がった。とはいっても体の主導権はあくまで豚の方にある。急激なステータスの増加に戸惑っている様子だったが、それは豚だけでなく敵対している騎士たちも同様であった。
何せ斬り倒したと思っていた相手が起き上がってきたのだ。しかもより逞しくなった状態だ。焦った騎士の一人が豚に切り掛かってきた。俺は豚に受け止めるように命じた。豚は騎士の振り下ろそうとした剣を持っている腕を力任せに掴もうとした。だが、もともと鈍臭いせいもあってか受け止めきれずに攻撃をまともに受けてしまった。
しかし騎士の剣は豚を傷つけることはなかった。分厚い筋肉の鎧に弾かれてダメージが通らないのだ。その様に騎士も豚も唖然となっていた。
(ぼうっとしている暇はないぞ、さっさと攻撃しろ)
俺の言葉に豚は我に帰ると同時に迫ってきた騎士の顔面を殴りつけていた。圧倒的な腕力に耐え切れずに騎士の顔面が陥没していく。肉がへしゃげる嫌な感覚を手に感じたが豚の拳は止まらずに振り抜けていった。顔面を潰された騎士はそのまま膝落ちに崩れ落ちる。思いもしなかった自分の膂力に豚は青ざめている様子だった。だが、ぼうっとしている暇はない。俺は豚に騎士の持っている剣を拾うように命じると仲間のモンスターを襲っている別の騎士の方に投げつけるように命じた。
言われるままに豚はロクに狙いも定めずに剣を投げた。豚の投げた剣は空気を切り裂く轟音をあげながら騎士の胴体に深々と突き刺さった。その後も勢いを減らすことなく、騎士を背後の木まで突き飛ばして深々と突き刺さった状態で騎士をそのまま縫い付けた。
自分に何が起きたのか分からないまま、騎士は自分の胴体に生えている剣を眺めた後に糸が切れた人形のように動かなくなった。
突然に起き上がったモンスターに仲間をやられた騎士たちは怯んだ様子だった。それはそうだろう。倒した相手がいきなり異常なパワーアップを遂げたのだ。チート性能にも程がある。これで戦意が高揚するならどうかしている。こちらとしてもこれ以上は無駄な血を流したくはなかった俺は豚に力の限りに叫ぶように命じた。豚は喉の奥から振り絞るように叫びを上げた。効果は抜群だった。森中の鳥たちが一斉に羽ばたいただけでなく騎士や仲間のモンスターまですくみ上っている。
騎士たちは相手がやばすぎることを理解したのか一目散に逃げていった。俺はそれを見てホッとしたのだが、豚は騎士たちが去っていくのを眺めた後に突然苦しみだした。その苦しみようから何となく理解した。無理なスキルの使用に体がついてこれずに体の筋繊維が絶え間なく断裂しているのだ。この豚には鬼神化のスキルを使用するのはもうやめた方がいいだろう。
暫くは身動きひとつ取れないだろうなと気の毒に思いながらも俺は豚の仲間の助けが来るのを待つことにした。