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異世界に渡る方法のヒントを得た俺は歴戦の勇士である司馬さんとクリスさんに事の詳細を話して協力を依頼することにした。そしてそのための作戦会議を三人で行った。てっきり話し合いは難航すると思われたが、クリスさんの意見であっさりと決まった。
「精神体を飛ばして憑依するというのが一番手っ取り早いと思うよ」
「いや、分身のほうがいいんじゃないのか」
「いや、この場合は憑依を勧めるよ。なぜなら僕が精神体を飛ばせる呪文を知っているからね」
「本当ですか」
「ああ、伊達に風の魔剣の元所有者をしてないよ」
クリスさんの言うには風の魔剣であるティルフィングには所有者の魂を自らの肉体から精神を飛ばす禁断の呪法というものが存在するというのだ。元々は遠くの物見を行う斥候用の術らしいのだが、精神体の力量が上回っていれば相手の身体を乗っ取ることも可能らしい。
「この呪法のメリットは僕が晴彦君の魂をいつでも戻せることだ。分身だと厄介な術士相手だと魂の一部を封印される可能性もあるからおススメできない」
「クリスさん、お願いできますか」
「シフォンケーキのホール10個で手を打とう」
俺の依頼ににっこりと笑いながらクリスさんは答えた。お安い御用だ。帰ってきたら必ず作りますと答えるとクリスさんは頷いた。
そんなことを話していると外出していたインフィニティが戻ってきた。なんとも形容しがたい格好に俺たちは怪訝な顔をした。片手にはチェーンソー、そしてもう片方の手には人間が入りそうなくらいの大きさの麻袋に巨大な大きな何かが入っている。気のせいかブヒブヒ聞こえるのは俺の気のせいだろうか。
「あ、話し合いはまとまりましたか。こちらも準備はできました」
「物凄く嫌な予感がするんだが、そのチェーンソーは何のために持ってきたんだ」
「手足をぶった切るにはこれが一番です」
狂気の神の提案を真に受けやがった、こいつは。いやいや、確かにそれを使えば早いだろうけどさ。間違いなく体重を軽くする前に殺される。げんなりした顔をする俺は司馬さんとクリスさんを見た。生暖かい顔をしている辺り、恐らくは俺と同意見なのだろう。
「晴彦君、もう少しスキルの躾はしておいた方がいいと思うよ」
「そうしたいのは山々なんですが、手が付けられないんです。どうしたらいいんですかね」
「聞きたくないが、もう片方の手に持っている麻袋は何なんだ、まさか生贄の子供を攫ってきましたとか言わないだろうな」
「確認します、すぐに確認しますから懐から手錠出すのはやめてください、司馬さん」
俺はドヤ顔のインフィニティから麻袋を奪い取ると中身を確認した。思ったよりもずっしりとした袋の中には野生のイボイノシシが入っていた。悲しそうな視線をしている。なんだか自分の姿とダブってしまった俺は慌てて袋を閉めた。そのあとで興奮のせいか顔を紅潮させているインフィニティを睨んだ。
「一応聞くぞ。これは一体何のつもりだ」
「よくぞ聞いてくれました。このイボイノシシとマスターを合体させます!ハエと人間を合体させる映画みたいに!そうすれば人間でない生き物として異世界に送り出すことが…」
「今すぐにサバンナに帰してきてもらえないか」
「い、いやですよ、苦労して捕らえたんですよ。キャッチアンドリリースなんて無駄骨じゃないですか」
「二度は言わないぞ。俺が怒る前に行動しようか、インフィニティ…」
切れそうになったあまりに鬼神化しそうになった。インフィニティは殺気に満ち溢れた俺の剣幕にたじろいだ後に麻袋を抱えると逃げるように外に出ていった。軽く眩暈がする。そんな俺を司馬さんが慰めてくれた。
「お前も色々と大変だな、晴彦」
「スキルの相手って司馬さんも大変でしたか」
「いや、間違いなくお前のとこだけだよ、あんなに狂ってるのは」
「ですよね…」
暫くしてから外に出た俺が犬小屋に無理やり収納されて悲しそうな顔をしているイノシシを見て激怒することになるのはまた別の話である。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の午後、ゲートを開く準備は整った。シェーラが言うにはゲートを開ける構築式は完成したものの勇者として条件が整っていない俺のせいでゲート自体はすぐに閉じてしまうらしく、精神体が通る間だけ無理やりこじ開ける形にしかならないらしい。
「もし閉じたら戻れなくなるんじゃないのかな」
「戻りたいときは僕がすぐに引き戻すから大丈夫だよ」
俺の疑問にクリスさんが応える。なるほど、ならば安心だ。問題は精神体になる方法だが、それもクリスさんが協力してくれた。彼はティルフィングを構えるとその刀身を自分の身体に吸収させた。半分がエネルギー体のような状態になったクリスさんは俺の腕を掴むと手を引っ張り出した。体の中から魂が抜けていくような感覚がする。自分の身体を見ると半透明になっていた。驚いて背後を見ると魂を失った俺の身体が床に横たわっていた。
「これで君は精神体となった。今は僕が触れてるからみんなにも見えるけど僕が手を放すと完全に幽体となって他の人間には見えないからね。向こうの世界に行ったら波長の合う者に憑りついて協力を願うんだ」
「分かりました」
実体がないことは不安であるが、これもシェーラのお父さんを助けるためだ。そう思っていると神妙な顔でシェーラが歩み寄ってきた。
「ハル、お父さんの事、よろしくお願いします」
「任せておいてくれ、必ず国王様を助けてから戻ってくるよ」
俺が力強く答えるとシェーラはホッとした表情を浮かべた。この子の笑顔を失わないためにも何としても国王様を救わないといけない。俺は心の中でそう誓った。
「では、ゲートを開きます!」
シェーラがそう叫んだ瞬間、空間の歪みが穴のように開いた後にその中から別の世界の風景が映し出された。それはどこかの森のようだった。俺は皆の顔を見渡した後に覚悟を決めて穴の中に飛び込んだ。
次回から異世界編が始まります。お楽しみに!




