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魂喰らいとアリスの攻防は熾烈を極めていた。物理的な殴り合いであれば戦闘スキルに秀でたアリスに優勢なものかと思われた。だが、魂喰らいは人並み外れた再生能力を持ち合わせていた。致死に至るほどのダメージを喰らうと同時に再生しているのだ。それは攻撃に意味がないのと同義であった。
加えてアリスがさらに不利になっている理由があった。奴は攻撃を喰らうたびにこちらのスキルを奪い取っているのだ。何がそのスイッチになるのかは分からないが、確実にアリスは主要なスキルを軒並み奪われていた。それに反比例するかのように魂喰らいは攻撃を喰らえば喰らうほどアリスのスキルを吸収して進化していく。荒い息をしながらアリスはヌアザに問い掛けた。
「…ヌアザ、闘神化はできますか」
『闘神化に必要なスキルのうち【金剛体】【剛力】【戦闘即応】【闘気操作】【未来予測】が敵に奪われており、使用は不可能』
「…ですよね」
感情のない戦闘スキル:∞の返答に対してアリスは冷や汗をかいた。切り札ともいえる力を奪われた上、敵はいまだ健在だ。さらに言えば逃げ場がない。
アリスが逃げられないように魂喰らいは周囲の空間に特殊な結界を張っていた。外部から宗谷や司馬がいくら攻撃を加えてもビクともしない強固なものであり、推測ではあるが術者である魂喰らいをどうにかしない限りは破ることはできないものなのだろう。
「逃げようとしても無駄だ、その結界は俺がどうにかしない限りは外すこともできねえよ。もっとも外す気なんてサラサラないけどな」
魂喰らいはそう言いながら無造作に歩みだした。両手を広げたまま、防御する必要などないとでも言うかのような歩みでアリスへと近づいていく。
「さあ、次はどんなスキルを見せてくれるんだ」
迂闊に攻撃できない。アリスは距離を置こうと飛び下がろうとした。だが、それより早く魂喰らいは瞬時にして彼女の背後に回ると力任せに彼女の背に肘を入れた。
息ができないくらいの衝撃がアリスの身体を襲う。床に叩きつけられた彼女を見下ろしながら魂喰らいは残忍に笑った。
「逃げようとするなんて悪い脚だな」
そう言って無造作にアリスの両足首を掴んだ魂喰らいは力任せにその足を握りつぶした。声に鳴らない激痛がアリスの足に走り、彼女は目に涙を浮かべながら悲鳴をあげた。
「いい声だ、感じてきちまった。もっと泣いてくれよ」
「だ、誰が…」
「お前しかいないだろう」
そう言って魂喰らいはアリスの身体を思い切り踏みつけた。メキメキと骨がきしむ音が不気味に響く。すでにアリスに反撃できるほどの余力はなかった。だが、魂喰らいは容赦がなかった。彼女の心を折るためにその右腕を思い切り踏んで折った。それだけでは止まらずに徹底的に攻撃を加え続けた。血を流しながらボロ雑巾のようになっていくアリスを見ながら魂喰らいは嗤いながら暴力を加え続けた。
アリスが虫の息になり、魂喰らいはそろそろ止めを刺すかと考え始めた。
その瞬間だった。
アリスの眼前にステータス画面が表示されたかと思うと、その画面から一人の男が飛び出した。そして薄ら笑いを浮かべていた魂喰らいの顔面を思い切り殴りつけた。
晴彦だった。彼の拳は魂喰らいの頬に深々とめり込んでいく。晴彦はその勢いのまま、その剛拳を振り抜いた。
きりもみ回転しながら吹き飛ばされた魂喰らいはそのままの勢いで壁に叩きつけられて吐血した。その様子を冷たく見つめながら晴彦はアリスの様子を見た。かろうじて死んではいないものの酷い有様だ。腕と足が曲がってはいけない方向に曲がっている。例えエリクサーを使っても簡単には治らないだろう。
アリスの惨状を見た瞬間に晴彦の心に静かに燃える炎が灯った。
「インフィニティ、さっき話した作戦通りだ。あとのことは任せたぞ」
『ここから先は私のフォローもできなくなります。マスター、ご武運を』
「ああ、頼む。これ以上は自分でも抑えが効きそうにないからな」
そう言いながら晴彦は心の中で灯った炎の正体を理解した。これは怒りだ。普段めったに激怒しない自分が心の底から相手の事を殺したいくらいの怒りの感情に支配されている。
自分が接した人間を傷つけられたことがこの男にとっての怒りの引き金だったのだ。
晴彦はその感情を抑えることなく、こみ上げる怒りのままに喉の奥から叫んだ。それはまるで猛獣の咆哮であった。恐れ知らずの魂喰らいですら一瞬はすくみ上るほどの凄まじい声だった。
「なんなんだ、あのデブは」
ダメージから回復した魂喰らいは茫然としながら咆哮をあげる謎の男を見た。危険すぎる男だ。体の奥から来る震えが恐怖から来るものだと理解した魂喰らいは強敵の出現に不敵な笑みを浮かべた。