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13-12(P146)

 事件現場から戻った俺は暗雲な気持ちのままでアパートに戻った。本当はアリスについて居てあげたかったが、彼女の上司がそれを許さなかったからだ。民間人扱いである俺にこれ以上の関与はされるわけにはいかない。宗谷と名乗る男はそう言っていた。

 俺は勿論だが、司馬さんも怒ったのだが、宗谷は有無を言わせない勢いで俺を追い返した。あいつは好きになれそうにない。司馬さんが嫌いなのも分かる気がした。

自室に戻ってから俺はモヤモヤした状態でベッドに横になった。頭の中ではいろんなことが浮かんでは消えたが、どうしても頭から離れなかったのはサイコメトリングで見た光景だった。だから俺はインフィニティに尋ねた。


「なあ、死んじゃうんだな、勇者も」

『生命体である以上、死は回避できません』

「うん、分かってるんだけど…いや、違うな、本当は分かってなかったんだ」


 インフィニティに言うというよりは自分に言い聞かせるように呟いた。これまでは頭の片隅でゲーム感覚が抜け切れていなかったことを自覚させられたような気がした。生き残ってきたせいもあってか、勇者というものは死ぬことがないんじゃないかという甘えにも似た感情がどこかにあったのだ。例え死んだとしてもご都合的な力で生き返るんじゃないか、そのくらい思っていた。だが、現実はゲームではない。あの少女のように死ぬときは死ぬのだ。今まで生き残ってこれたのは運が良かっただけ、ただそれだけなのだ。


「俺さ、自分が甘い考えしていたことを自覚させられた」

『たとえマスターといえど死は避けることはできません。あの少女には申し訳ないのですが、現実を再認識できる良いきっかけであったのではないかと思われます』

「…案外、冷たいんだな、インフィニティ」

『私はマスターを第一に考えていますから』


 炎で焼かれたあの少女も恐らくは自分が死ぬとは思っていなかったはずだ。勇者は特別なんかじゃない。生き返るための教会などは現実世界には存在しないのだ。

だとすれば、次にあの男と戦うことになるであろうアリスの身が危ないんじゃないのか。


 いや、きっとそうなるに違いないと確信できる。


 ならば今の俺にできることをしておくべきだ。


「インフィニティ、アリスの動向を魔法で監視したい、可能か」

「そういう事であればあれを使いましょう」


 インフィニティはそう言った後に俺の身体から這い出すと掌を握りしめた後に精神集中を行った。その後で掌を開けると微かに輝く蝶が飛び立ってひらひらと部屋の中を舞い始めた。


「この蝶の背についた眼に映る光景と音が私やマスターの脳内に直接入ってくるようにしました。これを彼女の元に送り込みましょう」

「ああ、頼む。それとあの赤い髪の男の情報も集めたい。可能であれば奴の持っているスキルも洗い出したい。頼めるか」

『少々お待ちください』


 インフィニティはそう言うと魔力を集中し始めた。同時にぎょっとなった。体の中の魔力がごっそりと奪われていくのを自覚したからだ。


「事後承諾で申し訳ありませんが、街中に広域捜索魔法とサイコメトリングを仕掛けました。奴の残した痕跡を検索しながら映像で再生できないかやってみます」

「お、おう、頼む」


 魔力の取られ過ぎで身体がふらつくのを感じながら俺はステータス画面を開いた。その様子を見てインフィニティが首を傾げる。


「マスターはどちらに行かれるのですか」

「修行だ。スキルを奪うやつだとすればスキルに頼れなくなる可能性が高いからな。可能な限りは体を鍛えてくる」


 俺は鑑定スキルにそう告げると自身の修行のためにゼロスペースに籠った。




             ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇          




 一方、その頃、司馬と宗谷はお互いの胸倉を掴んでいた。晴彦を追い返したことを咎めた司馬に対して宗谷が噛みつき返したからである。元々、互いに反目していた二人の不満がここにきて爆発した形となっていた。


「てめえ、晴彦を追い返すとはどういう了見だ」

「あんな弛んだ体の男に何ができる。聞いた話では異世界から弾き出す半端ものというではないか。あんな男の助けなど必要ない」

「お前みたいな馬鹿野郎より余程頼りになる男だ」

「話にならんな。頭を冷やしてから出直したらどうだ」

「上等だ、この野郎」


 互いにこめかみに青筋を浮かべていた。何かきっかけがあれば今にも殴り合いに発展しそうな一触即発の状況である。その状況を制したのはアリスだった。彼女は荒ぶる司馬の腕にそっと手を添えて首を横に振った。


「…司馬さん、もうやめてください」

「横やり入れんな、このわからず屋は一度ぶちのめさないと分かんねえんだよ」

「…私が頼んだんです。藤堂さんを危険な目に遭わせたくないから」

「なん…だと」


 司馬は驚いてアリスの方を見た。彼女は怯えた目をしていたが、発言を撤回することはなく、真っすぐに司馬の目を見つめ返した。その視線の奥にある決意を察した司馬は悔しそうに項垂れた後に宗谷の胸倉を掴む腕の力を緩めた。

 宗谷は鼻をフンと鳴らした後に襟首を整え直すとアリスに目くばせした。そして司馬を一瞥した後にその場から立ち去っていった。去り際にアリスに呼びかける。


「とっとと行くぞ。牧瀬の仇討ちだ」

「はい」


 アリスは司馬に会釈した後に足早に宗谷についていくように走り去っていった。残された司馬は一人呟いた。


「馬鹿野郎、あれは刺し違えてでも相手を葬る奴の目じゃねえか。宗谷、なんでそれに気づいてやれねえ。あのまんまじゃあいつは確実に死ぬぞ」


アリスの目は戦いの中で死んでいった仲間たちの目とそっくりだった。このまま放っておけば間違いなくあの娘は死ぬだろう。そうさせてはならない。司馬はそう決意した。



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