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13-9(P143)




              ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇         




 晴彦とアリスが戦った頃、勇者候補の一人である牧瀬リノは上司である宗谷の許可なく単独で捜査を行っていた。一人きりで捜査を行っているのには理由があった。全ては雛木アリスへの対抗心ゆえである。

 元々、三人の勇者候補の中で最初に能力に目覚めたのはリノであった。ゆえに彼女は他の二人に対して常に優越感を持っていた。能力に覚醒できないアリスを内心で見下してさえいたのだ。だが、アリスが能力に覚醒したことであっさりと追い抜かれた。

 何なのだ、あの反則的な能力は。化け物じみている。アリスが自分を助けた時に感じたのは感謝の感情ではなく見下していた相手に助けられたことを不甲斐なく思う自分への怒りであった。ゆえに口では感謝の言葉を述べながら内心では腸が煮えくり返る思いだった。

 だからあの子を出し抜いて連続殺人犯を捕まえることで自分が一番優れていると証明したかったのだ。愚かしい程に子供じみた発想であった。昼間に殺されかけたことを思えば自重するのが正しい選択であるべきだ。だが、彼女にはその発想は欠落していた。

 潜んでいる殺人犯をおびき出すには自分の能力をひけらかすのが一番である。だからこそ彼女は人通りが少ないビル街の裏通りをわざと通っていった。平和な街の中でも女の子が一人では通っては襲われる危険があると噂されている危険地帯をあえて選んだわけである。通路の隅にはガラの悪そうな数人の男たちがたむろしていた。


「よお、お姉ちゃん、一人かい」

「こんなとこに来て襲われても知らないぜ」


 近づいてきた男達に向かって微笑んだリノは思わせぶりに微笑んだ後に尋ねた。


「ねえ、最近この辺りで行方不明者が続出しているらしいんだけど知ってるかしら」


 瞬間、場の空気が明らかに変わった。男たちは無言で目くばせした後にズボンのポケットから鋭利な刃物を取り出した。そして有無を言わさずに襲い掛かってきた。明確な殺意と共に突き出されたナイフはリノの身体を貫く前に凄まじい高熱によって溶かされた。

 ナイフの先が溶けてしまっただけでなく、自分の腕まで燃え出した男は腕を振り回しながらパニックになって悶え苦しんだ。そんな男をリノは笑いながら見下ろした。

 そんなものに頼るから痛い目を見るのだ。ざまあみろ。心の中でそう思いながら彼女は両手に燃え盛る炎の鞭を作り出すと周囲の被害など考えなしに振り回し始めた。

 自分たちが襲おうとした人間がどれだけ危険なのかを理解した男たちは一目散に逃げだした。一人、置いてきぼりを食ったリノはこみ上がる笑いを堪えきれなくなって笑い出した。

そんな彼女の頭上から一人の男が降り立ったのは突然だった。中肉中背で背丈はリノより少し高い。フードを被っているために表情は良く見えないが、口元は笑っているようだった。


「随分と派手に暴れているじゃないか、わざわざ殺されに来たのか」

「あんたがスキルイーター?」

「どうせ死ぬ奴が知る必要ないだろう」


 男はそう言った後に無造作に歩き出した。無防備にも程があるだろう。リノは内心で苛立ちながらも炎の鞭を振るった。男目がけて放たれた鞭の一撃は男の身体に届く前にかき消された。魔法無効能力だというのか。リノは目を瞠った。そんな彼女に対して男は残忍そうな笑みを浮かべながら近づいていく。その両手に伸びた爪は人間のものとは思えないほど歪で鋭く尖っていた。

 リノは恐怖のあまりに半狂乱になったかのように炎の鞭を振り回し続けた。だが、その攻撃は全て男には届かない。ついにリノの間合いまでやってきた男は焔の鞭を無造作に掴んだ後に引っ張ってリノを引きずり倒した。そして爪を振り下ろそうとした。だが、リノの口元には笑みが浮かんでいた。男がその笑みに気づいたと同時にリノの切り札は発動した。


 魔法(マジック)無効(キャンセラー)無効化(キャンセラー)能力。数ある勇者候補の中でもリノのみに許された特殊能力。あらゆる防御や無効化能力を打ち消すことができる反則的な力である。

リノはその特殊能力と自らの爆炎魔法を駆使することによって男の身体を火だるまにしたのだ。


 無効化されるはずの炎が自らの身体を燃やし始めたことに男は半狂乱で悶え始めた。だが、焔の勢いは凄まじく男の身体を燃やし尽くしていく。肉を焼き、骨まで燃やし尽くすほどの高熱に包まれた男を目の前にしてリノは嗤った。


「馬鹿ねえ、まんまと騙されてくれるとは思わなかったわ」


 男はリノに手を伸ばそうとした。だが、その前に炎に包まれて炭化した手の先がぼろぼろと崩れ落ちていく。


「あ、しまった。燃やしちゃったら証拠残らないじゃん。記念撮影でもしておこうかなー」


 そう言ってリノがスカートのポケットからスマホを取り出そうとした瞬間だった。彼女の腹部を何かが貫いた。それは燃えたはずの男の腕であった。激しい痛みと喉から溢れてくる血を拭きこぼしながらリノは崩れ落ちた。


「どう…して…」

「お前が反則的な力を持っているように俺も反則的な『再生能力』を持っているのさ。さあ、スキルは貰っていくぜ」


 炭化した下から新しい皮膚を生み出しながら男は嗤った。そしてリノの頭を掴んだ後に彼女のスキルを奪い去っていく。スキルとは魂の一部である。それを奪い去るのは悪魔の所業であった。脳内をいじくりまわされるような激しい痛みにリノは泣き叫んだ。だが、男は鼻歌交じりにリノの全てを奪い去っていく。

 そして全てが終わった後にさっきのお返しだとばかりに泣き叫んで許しを請うリノの身体を容赦なく彼女の能力を使って燃やし始めた。絶叫する火だるまを眺めながら男は満足そうに微笑んだ後に鼻歌交じりで立ち去っていった。



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