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「へっくしょいっ!」
「マスター、風邪ですか」
「分からないけど、急にくしゃみが出たんだ」
「風邪というものを経験したことがない私には羨ましい話です」
そう言うインフィニティに俺は鼻をすすりながら答えた。突然にくしゃみが出た原因が分からない。ひょっとして花粉症だろうか。そんなことを思いながらジャージに着替えだした俺はいつまで経っても準備しようとしない相棒の様子を不審に思って声をかけた。
「なあ、なんで俺と同化してトレーニングの準備を始めないんだ」
「いやあ…なんといいましょうか」
何だか言葉を濁す様子の相棒の姿を不審に思った俺はかまをかけることにした。
「ひょっとして誰かと約束でもしているのかな」
その問いに分かりやすく鑑定スキルは反応した。動揺した様子を隠すかのように口笛を吹いて誤魔化しているのだが、後ろめたいことがあるせいか視線を逸らしていることで丸わかりだ。此奴がこういう態度を取っている相手に俺は心当たりがあった。
「まさかとは思うが、氷川湊に誘われてるんじゃないだろうな」
「な、何のことか分かりませんなあ」
図星だよ、こいつ。隠し事ができない万能スキルに対して俺は溜息をついた。なぜ湊がインフィニティを誘ったか分かったかというとすでに前科があるからだ。分身体となったことで味覚を覚えたインフィニティは俺に内緒で出歩くようになった。その道中で湊と仲良くなったらしいのだ。女同士が仲良くするのは別に何も言わない。
問題はインフィニティが俺に無断で腹いっぱいにスイーツなどを貪った挙句に俺の体内に戻ることだ。分身体は基本的に俺の魔力で作られている本体の分身であり、それらが補給した栄養は本体に還元される。
つまり、俺はダイエットしているにも関わらずにサポートすべき立場にあるインフィニティの妨害によってダイエットが阻害されることになるのだ。クリスさんのように融合を拒絶して自身に栄養が行かないように仕向けることもできるのだが、戦闘の際にインフィニティのサポートなしに戦闘を行うことは無謀すぎる。二度としないように逆さづりにしたのだが、どうやら反省してないらしい。
どうしてくれようかと考えていると魔の悪いことに玄関先から湊の声がしてきた。。
「おーい、インフィニティ。早く行くよー。シェーラも私も準備できたんだから」
「おい、お友達が呼んでるぞ」
そう言いながらも俺はインフィニティが外に出れないように部屋の出口を足で遮ってやった。インフィニティは戸惑いながらも外に出るべきかどうか悩んでいるようだった。そんな彼女に追い討ちをかけてきたのは湊が呼ぶ声だった。
「おーい、早く行かないとスイーツバイキング終わってしまうよ。先行ってるからね」
その言葉と同時に玄関のドアが閉まる音がする。その瞬間にインフィニティは覚悟を決めたようだった。
「マスタ―、私は湊の所に行かなければなりません」
「逆らうというんだな、だったら力づくで通ってみろ」
「「クロックアップ!」」
俺とインフィニティが同時に叫ぶと共に高速を超える追いかけっこが始まった。辺りに置いてあった紙の束が舞い上がったまま、空中で制止している。走り去った勢いの影響で机から落ちたコップも空中で止まったままだ。
まるで時間が停止したように見えるが、亜光速で動いているからそう感じるだけだ。俺とインフィニティの主観としては普通に追いかけっこをしているだけなのだが、第三者からしてみたらブレまくっている残像が走り回っているようにしか見えないだろう。
インフィニティの動きは思ったよりもすばしっこくて捕まえるのも困難だった。だが、奴をこのまま行かせれば酷いことになるのは目に見えている。玄関先の廊下まで走った奴を捕まえるために俺は最終手段に出た。
「千手観音!」
瞬間、俺の身体中から伸びた副腕がインフィニティの足を、手を、首を拘束していく。足を掴まれたせいで床に投げ出された彼女は引きずられるようにして俺の身体の方へと引き寄せられていく。同時にクロックアップの制限時間が切れていく。よし、このまま無理やり融合しよう。そう決断した俺は自分の腹にインフィニティを沈めていった。上半身だけの状態になりながらも彼女は必死にもがこうとしている。だが、そうは問屋が卸さない。
そんな矢先だった。玄関のドアが開いて何者かが部屋に入ってきた。見るとそれは司馬さんと見慣れない少女だった。瞬間、その場にいた全員の空気が凍りつく。
それはそうだろう。何も知らない第三者が見たら肌色の沢山の腕の生えた化け物が年端の行かない少女を自分の体内に引きずり込もうとしているのだ。白昼堂々のコズミックホラーにしてもB級だ。司馬さんは笑顔のままで扉を閉めていった。
扉を開けた時のリアクションが怖くなった俺はインフィニティを体内に吸収した後も暫くは扉をこちらから開けるべきか自問自答する羽目になった。




