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雛木アリスは一人きりで屋上にいた。彼女は物思いに自らの手をじっと見つめながら自分の力について悩んでいた。彼女を悩ませるのは仲間から投げかけられた無配慮で無遠慮な言葉であった。
『余計なことをしやがって。力をひけらかしたつもりか』
『いや、マジで助かったよ。あんたのような化け物が一緒にいてくれて』
自分は彼らの言うように化け物なのだろうか。幾ら拭い去ろうとしても『化け物』と言われたことが耳元から離れない。
元々、アリスは今の組織に所属するまでは普通の女子高生であった。潜在能力の高さを見出されて他の仲間と同様に異世界に召喚されそうになったところをWMDに救われた人間である。放置しておくことは危険であるという観点からWMDに保護されて今に至る。だが、彼女自身は争うことは嫌いだった。能力が目覚めるまでは面倒見のいいマサトシやリノがフォローする関係で何となくうまく人間関係が成り立っていた。歯車が狂ってきたのはアリスが戦闘スキル:∞という反則的なスキルに覚醒してからである。
他の二人が全く歯の立たない強敵から二人を守るために自身の身体に秘められていた戦闘スキル:∞を使用してから二人の見る目は明らかに変わった。あきらかな恐れと嫉妬。それが入り混じった視線はアリスを孤立させた。自分は仲間を救いたかっただけだ。それは今日も変わらなかった。だが、スキルを使えば使うほど仲間との溝は深まるばかりであった。そんなスキルなら使わない方がいいと思った。
だが、そんなアリスを宗谷は激しく叱責した。貴様は命令通りに戦えばいい。化け物だと自覚するなら化け物らしく疑問を持たずに戦っていろ。宗谷の言葉にアリスは激しく傷ついた。
だからこそ目に涙を浮かべながら自問する。
自分はどうすればよかったのかという事を。
そんな彼女の背後で扉が開く音がした。慌てて目に浮かんでいた涙を見られないように拭った。そんな彼女の元にやってきたのは司馬だった。
「よう、お前さんが新しい勇者候補か」
「あの、あなたは」
「司馬。名前くらいは聞いてんだろ」
「あ…石化してたっていう人ですか」
「…随分と不名誉な覚えられ方してるもんだな」
げんなりしながら司馬は答えた後に懐から煙草を取り出した。そしてくわえると火をつけた後にアリスに吸うかと差し出した。その仕草にアリスは首を横に振った。
「真面目なんだな。優等生もいいが、たまには不真面目に生きたほうがいいぞ。俺がお前の年くらいの時なんかは煙草なんてしょっちゅう吸っていたからな、…何だよ、まじまじ見て」
「いえ、ごめんなさい。ただ驚いちゃって。本当に宗谷さんとは正反対の人なんだなと思ってしまって…」
「あれと一緒にされるのは心外だな。他には何か言っていたか」
そう言うとアリスは少しだけ言いにくそうにしたが、怒らないから言ってみろと司馬に促されて俯き気味に小さな声で言った。
「あいつだけは…真似するなよと言われました」
「そいつは傑作だ!」
てっきり怒り出すかと思ったが、そんな心配など払拭させるように司馬は笑い出した。そんな司馬の様子を見てアリスもこの人は心がおおらかな人なのだと朧げに理解した。
司馬はひとしきり笑った後に少しだけ真面目な顔になりながらアリスに尋ねた。
「で、お前さんは何に悩んでいるんだ」
「いや、あの…」
「宗谷の奴には言わねえよ。なんでか教えてやろうか。俺はあいつが大嫌いであいつが嫌がることが大好きだからだ。あいつが指導しきれない勇者候補を導いてやればこれ以上ない嫌がらせになる。だから安心していいぞ」
「どういう理屈ですか…」
そう言ってアリスは苦笑したが、司馬は太々しい猫のような笑みを浮かべながらアリスが話し始めるのを待ち構えている様子だった。何だかそんな人の前で悩んでいるのが馬鹿らしくなってアリスは自身の事を語り始めた。司馬は時折頷き、時折、そこはこういう事なんだよなと肯定と確認を繰り返しながらアリスの心情をスラスラと引き出していった。アリス自身も自分で初対面の人間にここまで心情を話してしまっている自分がいることに驚いていた。
全てを聞き終えた後に司馬は少しだけ思案した後に何かを思いついたようだった。
「お前さん、これから時間あるか」
「えっと、宗谷さんからは少し反省するまで任務には顔を出さなくていいと言われていますから、大丈夫だと思います」
「そりゃよかった。お前さんに会わせたい奴がいる」
「誰…なんですか」
「藤堂晴彦。お前さんの言葉を借りるなら正真正銘の化け物さ」
司馬の言葉にアリスは驚いた。そんな彼女についてくるように促して司馬は屋上を後にした。