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13-3(P137)




               ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇        




 ワンコが運転するワンボックスカーの助手席に乗りながら司馬は煙草をふかしていた。まだ石化が解けたばかりで本調子ではない。気怠そうな様子で外の景色を眺めているとワンコが声をかけてきた。


「調子悪そうですね、司馬さん」

「ああ、気怠くてしょうがねえ…」

「でもよかったですよ、元に戻ることができて」

「…その辺りは晴彦に感謝だな」


 司馬の正直な感想に、というよりは晴彦が褒められたことにワンコは嬉しくなって思わずにやけた。そんな相棒の姿に苦笑しながらも司馬は開けた窓に煙草の煙を吐き出した。煙は風を受けながら遠くの方へ掻き消えていった。

 今振り返っても酷い目に遭ったと思う。あのガブリエルとかいう天使が指を弾いた瞬間に強制転移させられた司馬がたどり着いたのは魔王村だった。訳も分からずに怒り狂う魔王の手痛い歓迎を受けたうえで問答無用で石化させられたのだ。晴彦が助けに来てくれなかったら今も物言わぬ石像としてあの場で立ち尽くしていたことになる。しかも魔王が怒った理由が畑に無断で足を踏み入れたというのだから不可抗力にも程がある。理不尽にも程があるだろう。

 まあ、晴彦には本当に感謝しているが、まともに頭を下げて礼を言おうものなら調子に乗るのは目に見えている。今度、何か高級な手土産を持っていってやるか。司馬はそう考えた。   

そんな司馬にワンコが声をかける。


「あの、司馬さん。そういえば留守中にWMDの本部から捜査官が配属されたのはご存知ですか」

「いや、初耳だな。一体誰が来たんだ」

「宗谷捜査官です」


 その名を聞いた瞬間に司馬は露骨に嫌な顔をした。何故そんな表情を司馬がしているのか気になったワンコはなぜかという疑問を口にした。それに対する司馬の答えはシンプルなものだった。

 

「簡単な話だ。宗谷慶一郎は嫌な野郎だ。だから嫌いなんだよ」


 単純ながらあまりにも子供っぽい理由にワンコは返答に困ってしまった。そんな彼女に司馬はあとわずかになった煙草の火を消して携帯灰皿に入れた後に答えた。


「納得いかなそうだな」

「ええ、まあ」

「ええ、まあ?気の抜けた返事しやがって。まあいい。何故あいつが嫌な奴なのか教えてやる」


 そう言って司馬は宗谷捜査官の悪口を言い始めた。最初の方こそ嫌いな仕草だとか言葉の使い方が変だとか表面的な文句しか言わなかったが、次第に内容は宗谷慶一郎の根幹に触れる部分へと変わっていった。

 要約すると以下のとおりである。宗谷慶一郎は仲間や同僚を大事にしない屑らしい。基本的に彼にとって部下というのは自分が上に上がるための駒にすぎないらしい。実際にその方針の違いで何度かやり合ったことがあるらしい。部下は見守り、褒めて伸ばす方針の司馬にとっては部下を平気で切り捨てる宗谷の性格は許せないものらしいのだ。


「来ているのは宗谷の野郎だけではないんだろ」

「ええ、勇者候補生が三人来ています。宗谷捜査官は事件解決のほかに彼らの指導育成も指示されているようです」

「そいつら、あいつにつぶされてないといいがな」

「そればかりは何とも言い難いかと…」


 司馬は懐から煙草の箱を取り出すと口にくわえて火をつけた。そして思い切り吸った後に煙を吐いた。そして吐き捨てるように言った。


「今のうちに言っとくぞ、ワンコ。あいつと殴り合いになっても止めるんじゃねえぞ」


 いきなり何を言い出しているんだろう、この上司は。ワンコは絶句しながらも返す言葉に困って黙ったまま頷いた。下手に逆らうと面倒くさいと思ったのが正直なところだ。そんな彼女の様子に頷いた後に最後に司馬は面倒くさそうに言った。


「どうでもいいがよ、何なんだよ、お前の運転席から生えてる謎の腕はよ」

「ハル君の所のインフィニティに言わせると自動運転サポートらしいです」

「相変わらず怪しいものを、あいつは…」


 ワンコの返答に呆れかえった後に、司馬は運転席を見るのをやめて外の景色に集中することにした。




               ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇        




 WMDの分室の自分の席に戻った司馬の前に現れたのは宗谷だった。いきなり嫌な奴が来た、そう内心で思いながら司馬は上辺の笑顔を装った。


「司馬、石化していたらしいな」

「なんだ、心配してくれてたのか」

「誰がお前のことなど心配するものか」


 へえ、そうかよ。司馬はその瞬間にこれ以上はまともに話を聞くことをやめた。宗谷はそんな司馬の様子など気にも留めずに司馬の悪口を言い出した。自己管理ができていないだの、気が抜けすぎているだの、お前がいないからしわ寄せがきただの正直面倒くさい事ばかりを言いに来ている。

一体こいつは何を言いに来たのだ。さんざん言われて面倒くさくなった司馬は早々に話題を切り替えることにした。

 

「分かった、分かった、これからは気をつけるからよ」

「本当に分かっているのか」


 宗谷の問いに司馬はろくに相手の表情も見ないで大げさに呟いた。そんな司馬の仕草に他の職員たちは失笑するのだが、宗谷に睨まれて慌てて口を押えた。そんな神経質な男の姿に司馬は苦笑いした。


「もう少し穏やかに生きられないのかね」

「お前のようにいい加減に生きろと言うのか。死んでも嫌だな」


 内心ではカチンときたものの司馬は平静を保った。横で聞いていたワンコはいつ司馬が切れるのかハラハラしながら様子を伺う。あまり怒らないように心掛けながらも司馬は別の事を尋ねることにした。


「そういえばお前、勇者候補生を預かっているらしいな」

「ああ、あいつらのことか」

「どうなんだよ、育成は進んでるのか」

「お前と同じで問題児ばかりだよ。さっきも問題のある候補生を修正してやったところだ。今頃は泣きにでも行っているんじゃないのか」


 宗谷はそう言った後に、あの根性なしが、と呟いた。宗谷の様子というよりもその候補生の事が気になった司馬は話を切り上げるためにコーヒーを飲んだ後に思い切り宗谷に向けてわざとむせ返った。瞬間、宗谷のスーツとワイシャツがコーヒーまみれになる。


「貴様…」

「ああ、悪い悪い。病み上がりだから思わずむせちまった。早く魔法使いに頼んでクリーニング出したほうがいいぞ」


 宗谷はこめかみに青筋を浮かべながらもスーツの方が一大事だったのか、足早に立ち去っていった。


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