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少女が動く死体を倒すまでの戦闘行動を見ながら宗谷は思った。化け物め。これまでの宗谷の常識を疑うような高い戦闘能力を彼女は有していた。自分を含めて勇者としてのスキルを持つ三人のスキルホルダーを翻弄する相手をたった一人で葬ったのだ。どちらが化け物なのかは明白であった。まさしく戦闘兵器と言えた。
雛木アリス。三人の勇者候補の中でもトップクラスの潜在能力を見せながらも精神の弱さからその能力を最大限に引き出せない問題児である。彼女が何故そこまでの戦闘能力を有しているかは理由がある。それは彼女が持っているスキルである戦闘スキル:∞に原因がある。
ケルト神話における戦神ヌアザと同名のAIによって制御されるこのスキルは敵対する相手の能力を細かく分析し、敵を倒すための最適解を高速処理で導いていく。そもそも∞スキルを持っている人間は他の人間に比べて人間離れしているのだ。
場慣れしている自分の目ですら彼女は化け物にしか見えなかった。であれば彼女の仲間には今の姿がそう映ったのか明白であった。
戦闘形態を解いた彼女は床で腰を抜かしているマサトシに手を差し伸べた。マサトシは青ざめていたが、ハッと我に帰ると差し出した手を払いのけた。
「余計なことをしやがって。力をひけらかしたつもりか」
「そんなことはないよ…」
「お前の目からしてみれば、さぞかし俺たちは滑稽に見えるんだろうな」
そう言ってマサトシは憮然としながらも立ち上がると彼女の側から離れていった。
心無い言葉をぶつけられた少女は一瞬だけ泣き出しそうな顔をして俯いた後、気を取り直して同じく床に倒れていたリノに声をかけようとした。
「大丈夫、リノちゃん」
「マジ助かったよ、アリス。あんたって本当に強いよね」
「ううん、そんなことないよ」
「謙遜しなくていいよ、いや、マジで助かったよ。あんたのような化け物が一緒にいてくれて」
リノの心無い言葉にアリスは目を見開いた。彼女にしてみれば事実を述べただけに過ぎないだろう。だが、無遠慮に投げかけられた言葉は容赦なく未成熟な少女の心の奥へと突き刺さった。リノは立ち上がってスカートについた埃を払いながらもアリスへと視線を向けた。
「あとさ、肉片とか返り血とかついてるからあんまり近づかないでよね、無理だわ、屍肉の匂いとか」
「う、うん、ごめんね」
リノはそれだけを一方的に言った後に鼻を抑えながら立ち去っていった。残されたアリスは血塗られた自分の手を見ながらひとり呟いた。
「…ねえ、ヌアザ。私は化け物なのかな」
『戦闘に関する質問でないため、回答不能』
「そっか…ごめんね」
そんなアリスの姿を見ながら宗谷は思った。また落ち込んで実力を出せなくなるのだろうな。上辺だけでもフォローする必要がある。全く面倒くさい話だ。そう思いながらもアリスの元へと近づいていった。
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魔王村から帰ってきた俺たちは司馬さん達と別れた後にアパートに帰宅した。旅の疲れもあったのか部屋に帰った後に何もする気にならなくなった俺は思いっきりくつろぐことに決めた。こういう時に【快適空間】のスキルというのは非常に役立つ。自宅にいながらもまるで高級旅館のように家具や寝具、部屋の広さを調整できるからだ。ちなみに今いる部屋はちょっとした旅館のような畳の部屋へと変貌している。ふかふかの座椅子なども準備済みだ。
まったりとしながらテレビを見ているとニュース番組が流れていた。どうやら最近になって街で連続殺人事件が流行っているらしい。被害者は老若男女問わず無作為に選ばれているらしく、特定範囲も絞られていないために通り魔的な犯行であるという見方が強いようだった。自分が住んでいる街にそんな物騒な事件が起きているとは思わなかった。シェーラやクリスさんに夜間の外出は控えるように言っておかないといけない。
『マスター、私の事は心配してくれないんですか』
「もちろん心配するよ、むしろお前と遭遇した犯人に、だけどな。」
「ひどいじゃないですかー」
そう言ってインフィニティが俺の体内から分身体を使って飛び出してくる。傍から見たら俺の腹から少女が飛び出してきたようにしか思えないだろう。こういうことをするから気味悪がられるんだ。分かってるのかな、こいつは。溜息をついていると次のニュースが流れだした。懐かしの故郷に帰京する芸能人のコーナーが始まった。
茶を啜りながらシェーラの方をちらりと見てみると彼女はそれを眺めながらポツリと呟いた。
「お父さん、元気かな…」
無意識に言ったのであろうが、その言葉は今までで一番突き刺さった。猛烈に罪悪感を覚えた俺はのんびりしている場合ではないことを自覚した。そもそもの目的を忘れてはならない。
シェーラを元の世界に帰すために痩せるのが俺の目的であったはずだ。
疲れた体に鞭打つように立ち上がった俺にシェーラとクリスさんが怪訝な顔をした。
「ハル、どうしたんですか?」
「あれれ、まさかもうトレーニング行くわけかい」
「あはは…そのまさかですよ」
俺はそれだけ告げると嫌がるインフィニティの首根っこを掴みながら運動しやすい格好に着替えるために自室へと戻ることにした。