2-7(P13)
形見の首飾りに呪いがかかっていますよ。
そう言おうかどうかは非常に迷った。まともに話しても信用されない可能性があるからだ。血の繋がりのある母親の形見と数週間しか付き合いのない俺の言うことを秤にかけたら母の形見を取るのは一目瞭然である。かといって風呂に入っている時に奪うなんて真似をすればお互いの信頼関係に致命的な亀裂が走るのは目に見えている。自分が今まで人に裏切られているからこそ、身近な人の心が傷つくことは極力したくないのだ。
そんな悩みを抱えたまま、言いだす機会を見出すことができずに数日が過ぎた。そんな中で気が付いたのが、彼女が俺の思っている以上に首飾りを大事に扱っているということである。ディーファスの世界神への朝の礼拝に始まって食事の挨拶や普段の糧が得られることへの神への祈りの際に決まって彼女は首飾りを握りしめて祈りを捧げる。そんな彼女の健気な仕草を見ていると、とてもじゃないが大事にしている形見に呪いがかかっているとは言えなくなってしまった。そんな俺にインフィニティさんは苦言を呈してきた。
『真実を告げることを先延ばしにしてもいいことなんて何一つありませんよ』
そうは言われても迂闊に告げることはできないと思った。だから時期が来るまで様子を見ることにした。だが、インフィニティさんはそんな俺に剛を煮やしたようであった。それが騒動が起こる原因になるとは思いもしなかった。
◆◇◆◇◆◇
その日の夕食の前もシェーラはいつもと同じように首飾りを握りしめて、神に対する感謝の言葉を述べていた。首飾りがどのような品なのか分かっている俺としては苦笑いするしかなかったのだが、そんな俺にインフィニティさんが話しかけてきた。
『もう十分待ったでしょう。これ以上先延ばしにすることは私の信条が許しません』
そういうが早いか、インフィニティさんは俺の口と体を強制的に乗っ取って話をし始めた。
「シェーラ、首飾りを外してください。それは危険な品です」
「え、ハル。いきなり何を言い出すのですか」
「いいから聞きなさい。それは呪いの品です。いくら痩せようとしてもそれを阻害する【肥満の呪い】がかかっているのです」
「違います、これはお母さまが残した守護の首飾りです。いくらハルでもお母さまを侮辱することは許しませんよ」
「聞き分けのないことを言わないでください、いい子だから」
剛を煮やしたインフィニティさんがシェーラの首飾りを奪い取ろうとする。いや、あまりに強引過ぎるだろう。女性の機微に疎い俺でさえこの対応は間違いだということが分かる。俺は必死にインフィニティを止めようとした。しかし頭は靄がかかったようにはっきりせずに体の主導権をインフィニティに奪われたままだった。
体の主導権が戻った。そう思った時には時すでに遅く、俺はシェーラに思い切り頬を引っ叩かれていた。あまりのことに俺は茫然となったが、シェーラの顔を見て言葉を失った。彼女が大粒の涙を浮かべながら俺を睨みつけていたからだ。
「ハルは…最低ですっ!」
引き留める間もなく、シェーラは部屋から出て行ってしまった。すぐに追わなければ。そう思う俺にインフィニティさんは茫然とした様子で尋ねてきた。
『理解不能です。彼女のためを思って行動したはずなのになぜ彼女はああも怒っているのですか』
「お前は人に対する思いやりをもう少し学ぶべきだ」
今のインフィニティには残念ながら人間的な感情が欠落している。それは彼女が人間として育った経験がないからなのだろう。あきれ返りはしたものの、今はこいつに構っている暇はないと思いなおした。首を横に振ってからシェーラを追いかけようと玄関へ向かう俺に対してインフィニティは尚も納得できないのか『…理解不能、…理解不能』と哀しそうに呟いていた。俺は敢えてそれに答えることなく外へと飛び出した。
◆◇◆◇◆◇
俺はシェーラを追って周囲を走り回った。だが、彼女は簡単には見つからなかった。アパートでしか暮らしていなかったために彼女がどこに行くものなのか見当もつかなかったからだ。そう遠くへは行っていないだろうが、見当もつかなかった。暫く近隣を探し回った俺はアパートから少し離れた公園でシェーラを発見した。彼女はうずくまるように両腕を組みながらブランコに乗っていた。途方に暮れているようである。俺は彼女を緊張させないようにゆっくりと近づくことにした。




