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魔王村。辺境の惑星である地球に作られたこの隠れ里に魔王と呼ばれる怪物たちが棲むようになってすでに半世紀が過ぎていた。魔王村の周囲には特殊な結界が張られており、害意のある人間が入り込もうとすると霧の狭間から発生した次元の狭間に閉じ込められて一生を霧の中で彷徨うことになる。
そもそもこの魔王村が何故誕生したのか。その所以は地球出身で異世界に召喚されて帰還した者の中に数多く魔王種と呼ばれる超人が誕生していたことに端を発する。彼らの多くは人間性を残したものが多かったが、その超常過ぎる能力ゆえに平穏な日常を送ることは困難であった。次第に人間社会とは孤立していった魔王種たちは山奥に潜み隠れ住むようになった。それはやがて小さなコミュニティとなって広まりだした。中には地球育ちの魔王も訪問するようにもなり、やがてコミュニティは魔王村と呼ばれるようになり、そのカモフラージュの名を馬翁村と呼ぶようになったのである。
◆◇◆◇◆◇
魔王村の村長の家に集められた俺たちは村ができた経緯を聞かされた。壮大なスケールの物語のはずなのに今市入り込めないのは俺たちを囲む状況が原因だ。村の長老たちが顔を揃えて茶を啜っている様子は平和な日本の農村の日常にしか見えない。だいたい住んでるところが藁ぶき屋根の伝統的な日本家屋そのものの時点でおかしいだろ。風通しが良くて冷房がついていないのに心地いいじゃないか。そしてお茶うけがおかしい。お菓子ではなく漬物が出てくる辺りはどうなんだろう。
「家で取れた野菜を漬け込んだものじゃて」
「あ、美味しいですね」
きゅうりの漬物をポリポリとかじりながら思った。うん、普通に美味しい。そう思いながらやめられなくなって次の漬物に手を付けようとすると隣のクリスさんに肘で突かれた。いったいどうしたというんだろう。
(少しは警戒したまえ、仮にも魔王が出したものだ。まともな食べ物じゃないかもしれないと疑うのが普通だろうが!)
(え、でも出してくれたものを食べないのは失礼に当たりますよ)
そう思いながら仲間たちの皿を見てみると緊張のせいもあるのか誰も手をつけていないようだった。あれれ、手を付けているの俺だけか。やばかったかなと思いながらも次の漬物に手を出す。やっぱり美味しい。クリスさんが呆れたように見ていたが何かあったらその時だ。そう思っていると真ん中のほうに座っていた小柄なばあさんがクスクスと笑い出した。何かおかしなこと言ったかな。
「すまんのう、あんたの心の声が聞こえてしまってのう」
「え,出してはいけない本音が表に出てましたか」
「そうではない、ワシは他人の心の声が無条件に聞こえてしまうのじゃ。じぶんの望む望まないに関わらずのう」
え、という事は今考えていることも駄々漏れか。迂闊に不穏なことを考えられないぞ。とはいってもこんな爺さんばあさん相手に大それたことをしようとは全く考えてないが。でも自分の意志と関係なく本音が聞こえてきたら大変だよな。ちょっと同情するぞ、ばあさん。
「ありがとうよ、あんた、太い見た目に反して優しいのう」
太いは余計ですよ、おばあさん。そう心の本音が出てしまうとばあさんは堪え切れずに笑いだした。もうどうでもいいや。そう思って俺も本音を隠すことをやめた。この人の前では小細工は無意味だ。
「しかし、本当に皆、魔王なんですか。申し訳ないんですが普通の老人たちにしか見えないんですが」
「試してみるかね」
村長がそういった瞬間に一瞬にして世界が変わった。藁ぶき屋根の背景はどこへやら、俺たちの周囲には銀河が映し出された。とはいっても足元は畳な上に他の老人たちは呑気に茶を啜っている。中には飛んできたハエを追い払うものまでいる始末だ。幻覚の類か。そう思っているとインフィニティがガタガタ震え出した。クリスさんとワンコさんの方も見ると夥しい数の脂汗を流していた。
「…これは…幻覚じゃない!」
「嘘だろう、なんで宇宙空間にいるんだ」
「立ち上がって動き回らぬようにな。宇宙の藻屑と消えるぞ」
村長が静かに言い放つ。俺達を見るその視線は慈悲のかけらさえ持たないものだった。内心でガクガク震えながら畳が進む先を見ると宇宙空間の中に巨大な二つの惑星が映し出された。その間を畳は高速で突き進んでいく。あまりの速さにこらえきれなくなった俺は思わず目を閉じた。
「もう目を開けてもよいぞ」
村長の声がして恐る恐る目を開けるとそこは元の日本家屋の中だった。今の光景は一体なんだ。
「この空間だけを宇宙空間に転移させて亜光速移動させてみただけじゃ。これで普通ではない証拠になったかのう」
「すんませんでした、マジすんませんでした。だからもう二度とやらないでください」
ガクブルの状態で俺は相手を疑ったことを謝った。