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12-2(P125)

翌日、待ち合わせの時間になって集合した皆の前にインフィニティが出現させたのは普通の白いワンボックスカーであった。てっきり装甲車やスポーツカー、もしくは魔改造された狂スペックの車が登場すると身構えていた俺は拍子抜けした。


「なんだ、思っていたより普通だな」

「今回は外装よりも中身にこだわってみました」

「中身だと?別に普通だが」

「まあ、乗ってみてから判断してください。コンセプトは常夏の島です」


よく分からんが、乗ってみてから感想を言うことにしよう。そう思って俺はドアを開けて中に入ろうとした。


中の景色はまさしく常夏の島だった。照らしつける日差しは眩しく真夏そのものだった。砂浜に打ち寄せる白波の音が夏だという事を否が応でも俺に認識させる。それだけではない。海岸沿いでは水着の美女たちがビーチボールを跳ねさせてキャッキャウフウフと遊んでいるではないか。


俺は慌てて扉を閉めた。嫌な汗が全身に溢れてくるのが分かった。


「どうしたんですか、ハル」

「いや、疲れているのかな。幻覚に見えない幻覚が見えた気がして…」


度重なる戦いでついにおかしくなったのだろうか。シェーラに何でもないと伝えた後に俺はもう一度扉を開けた。やっぱり目の前には砂浜が広がっていた。先ほどの水着ギャルたちが遊んでいたビーチボールが俺の足元に転がってくる。


「すいませーん、ボール投げてもらっていいですか」

「ああ、はいはい、ボールね…」


俺は彼女たちに笑顔でボールを投げた後にやっぱりおかしいことを認識して扉を閉めた。そんな俺の様子が気になったのかインフィニティが首を傾げる。


「マスター、どうしたんですか」

「どうしたのかは俺が聞きたい。一体これは何なんだ」

「何って常夏の島ですが」

「いや、そうじゃなくて、どうして車に乗ろうとしたら砂浜に出るんだ」

「だってそういう風に作りましたから」

「すぐに元に戻そうね、インフィニティ」


瞬間、俺は今出来る全てのスキルを駆使した戦闘態勢に移った。クロックアップとオーバードライブ、千手観音、そして魔力で強化された俺の筋肉がはち切れそうな状態で今にも獲物を叩き潰そうと準備を始める。全身の筋肉が膨張してメキメキと音をたてる様子にインフィニティは青ざめながら後ずさった。


「わ、分かりました…」

「素直な子でよかったよ」


瞬時にして俺は戦闘態勢を解いた。そんな俺にインフィニティが泣き言を言いながら内装空間の修正を始めた。


「最近、容赦がなくなってませんか」

「俺をそうさせる原因は間違いなくお前だと認識しろ」


こうして俺たちの出発は30分程度遅れることになった。




            ◆◇◆◇◆◇       




内装空間をまともに直した車は予定通りに馬翁村に向けて出発した。運転手は普段から運転に慣れているワンコさんだ。俺は後部席に座って道路地図帳とナビを駆使しながら馬翁村の位置を把握するナビゲーター係となった。本当は俺も運転したいのだが、そもそも俺の免許は更新されていないから失効状態である。まあ、ペーパードライバーなので持っていてもあまり意味がないのだが、ワンコさんにずっと運転させるというのも悪い気がした。運転中にそんなことを思っているとポンコツさんがちょっかいをかけてきた。


「そういう時は超AIの自動操縦に任せればいいですよ」

「はあ?そんなものまでつけたのかよ」

「ふふん、マスターは時代遅れですね。将来的には高速道路用にも自動運転が採用されるような時代に自動運転機能を付けないわけがないじゃないですか」

「実用化まではまだだいぶかかるんじゃなかったっけ」

「まあ、そこはファンタジーということで。ワンコ、左のボタンを押してください。いや、それは自爆ボタンです、そう、そのボタンです」

「なんで普通車に自爆ボタンがついてんだよ…」


色々とツッコミたいことが満載だったが、ワンコさんはインフィニティがいう通りにボタンを押した。次の瞬間にワンコさんの座席から見知らぬ男の腕がにゅっと生えて操縦を替わった。あり得ない光景にワンコさんの表情が恐怖で引きつる。腕は二本だけでなく、四本、六本と増えてワンコさんの肩や頭のマッサージを始めた。ワンコさんが真っ青で今にも泣きだしそうな表情になりながら俺を見る。細かく震えるその唇からはか細い声で「…助けて、助けてくれ…」と言っている始末である。

俺は頭痛がしながら後部座席のポンコツさんを見た。なんともやり遂げたぜといった表情を浮かべているのはポンコツさんだけでシェーラもクリスさんも恐怖に引きつった表情をしているのがよく分かった。俺はインフィニティに向けて手を伸ばした。


「マスタ―、痛い痛い!壊れる、壊れますからアイアンクローだけはご勘弁を!」

「ならば、とっととやめさせろ!」


いったんアイアンクローを解いた俺がそう言うとインフィニティは途端に視線を泳がせ始めた。こいつがこういう表情をしている時はたいていがろくでもない時でしかない。嫌な予感が止まらなかった。そんな俺にインフィニティはしばらく沈黙した後で誤魔化しきれなくなったのか、とんでもないことを告白し始めた。


「えーと、そのう、ごめんなさい、ぶっちゃけ無理!無理なんです。一度自動運転が始まったら1時間は終わらない仕様になっていますので…えーと、ごめんなさい!」

「なん…だと」


絶望的な情報を得た俺は恐る恐るワンコさんの方を見た。ワンコさんは目に涙を浮かべながら俺の顔を見ていた。助けを求めるその表情がなんとも痛々しい。だが、俺には彼女を助けることができなかった。出来るのは彼女の苦しみを紛らわせることだけである。


「あ、あのう、ワンコさん、申し訳ないんですが、あと一時間耐えることできますか」

「うわーん!!うわーん!!やだよお!!怖いよう!すぐに下ろして―っ!!」


ああ、普段はクールビューティな人がついに壊れた!完全に幼児退行してしまっている。どうしていいか分からずに助けを求めるように俺はシェーラとクリスさんを見た。瞬間、二人とも俺から目を逸らした。酷い、見捨てないでくれ。俺一人でこの大惨事を収拾できるわけがないだろう。こうして泣き叫ぶワンコさんになるべく視線を合わせないようにしながら俺たちの旅は幕を開けたのであった。



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