11-8(P121)
やけに素直に敗北を認めたガブリエルに俺は逆に不安を感じて身構えた。そんな俺に彼女は苦笑した。そして偽晴彦の変身を解除した。元の黒服になった二人に回復魔法をかけながら彼女は言った。
「人間が上位種である天使を倒すとは夢にも思ってなかったわ。貴方たちの健闘を称えて今回は退いてあげる」
「本当ですか」
「少しは熾天使の事を信じなさい」
そう言われても俺は素直にガブリエルを信じることができなかった。そんな俺の脳内でクリスさんとインフィニティが蒸し返すなと文句を言ってくる。だが、俺は確認せずにはいられなかった。
「…俺が魔王化するからデモンズスライムを放置できないっていっていたじゃないですか」
「その危険性はもうないことはあなた自身が一番知っているでしょう。それに今のクリスなら暴走する危険はもうないでしょうからね。いいコンビよ、貴方たちは」
そう言ってガブリエルは静かに笑った後に仲間たちを連れてその場から消え去った。残されたのは天使の白い羽根だけである。敵がいなくなったことを確認して、ようやく俺たちはトリニティフォームを解いた。その後にすぐクリスさんが俺に疑惑の目を向けてきた。先ほどのガブリエルの言葉が気になったのだろう。
「晴彦君、奴はもう魔王化する危険性がないと言っていたが、どういうことだ」
「ああ、そのことですか。言葉通りの意味ですよ。魔王種に進化しますかという選択肢に『いいえ』と答えたんです。だからもう魔王にはなりません。というよりもなれません」
俺のあっけらかんとした答えにクリスさんは絶句した。それはそうだろう。魔王化することができなければ今後の戦いの際に不利になる可能性もある。案の定、クリスさんは凄まじい剣幕で俺に対して怒りをぶつけてきた。
「君は馬鹿なのか!今後、どのような敵が待ち構えているのか分からないのにその対抗手段を捨て去るとは愚劣にも程がある!」
「大丈夫ですよ」
「何を根拠に大丈夫などとほざくんだ!」
「力を失った代わりにクリスさんっていう頼りになる仲間ができましたから」
「……っ!!」
その瞬間、怒っていたはずのクリスさんの顔が真っ赤になった。それを見ながら俺はようやく一本返してやったと内心で笑った。
「俺は魔王にはなりません。仲間と一緒に人間として歩んでいきます。でも、それでも俺が道を踏み外すことがあるかもしれません。だからクリスさんは俺が道を踏み外さないように見守ってください」
そんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。クリスさんは呆気に取られた後に慌ててそっぽを向いて俺から目を逸らした。
「…ふ、ふん。そこまで言うなら仕方ないな。君やポンコツ君だけに任せておくのは危なっかしいからな。いやいやだけど手伝ってやろう」
「素直じゃないなあ」
「マスター、クリス氏まで私の事をポンコツと…」
「少し黙ってろ」
俺はインフィニティを突いて黙らせるとクリスさんの方を見た。頼もしい仲間が俺の旅の仲間に加わった瞬間だった。
◆◇◆◇◆◇
クリスは目の前のお人よしを見ながら自分の行いを恥じていた。同時に思った。この太った男の人間としての器は自分が思っていた以上にでかいのだという事を。自らの命を顧みずに勝てない敵に挑んだだけでなく、自分の切り札になるかもしれない力をあっさりと手放したのだ。自分が同じ立場なら同様の行動など絶対にできなかっただろう。損得勘定では動いていないのだ。以前のクリスなら何と愚かな行為だと馬鹿にしてきただろう。だが、彼によって救われたクリスにはその行為を馬鹿にすることなど最早できなかった。
だが、同時に不安も感じた。この呆れるくらいのお人よしはこれからも同じような行動を行って自らの命を顧みずに仲間のために命を懸けるだろう。その時に誰が彼を戒めるのか。
苦言を呈するような人間は彼の周囲には司馬か自分くらいしかいないことに溜息をつきながらも彼はこの男についていってやろうと決意した。




