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次の日、昨日の宣言通りの時間通りにその気配はやってきた。間違いない、ガブリエルだ。気配を察知した俺はクリスさんとインフィニティと共に外に飛び出した。それに続くかのようにシェーラとワンコさんも俺たちを追ってきた。
アパートの外ではガブリエルが偽物の俺であるブラック晴彦と共に待ち構えていた。
「お別れは済んだかしら」
「律儀に待ってくれて悪いんですが、貴方の望む答えは用意できませんでした」
「へえ、ならばどうするというのかしら。教えてくれない?」
「抗ってやるだけです」
「本当に人間という生き物はどうしようもなく愚かだわ…」
ガブリエルはそう言った後に顎先でブラック晴彦に攻撃指示を出した。瞬間、ブラックの闘気が膨れ上がる。来る。そう思いながら身構えた瞬間、奴の姿が消えた。その瞬間に俺はクロックアップを使用した。すぐそこまでブラックは迫ってきていた。神速を使用した突進攻撃、それを俺はクロックアップを使用することで何とかかわした。だが、奴は同様にクロックアップを使って俺の動きを追ってきた。ここまではシュミレーション通りだ。
「インフィニティ!」
「はいなっ!」
俺の叫びに呼応して同様にクロックアップを使ったインフィニティが挟撃を仕掛ける。クロックアップと二回攻撃を使った彼女の連続打撃が奇襲となって背を向けたブラックに襲い掛かる。だが、その悉くを奴は物理吸収によって吸収していく。全く攻撃が効果なしとでも言わんばかりにブラックがほくそ笑んでインフィニティを殴り飛ばす。そして俺に迫った。だがそこまでの動きの全てが俺の予想通りだった。ブラックは俺を追い詰めたのではない。俺がこの場にブラックをおびき寄せたのだ。なぜならば。
語るまでもなくブラック晴彦の足元が光り輝く。同時に凄まじい爆発が奴の身体を覆った。奴は俺が仕掛けた地雷兵器Dボムにまんまとハマったのである。爆発の余波を喰らわないように俺はブラックから離れるとインフィニティとクリスに命じた。
「やるぞ!二人共!!」
「おう!」
「「「三位一体!!」」」
そう叫んだ瞬間、俺とインフィニティ、そしてクリスさんの身体が重なる。
重なった体は光を放ってデモンズスライムの膜で覆われた合体形態となった。これこそが俺たちの切り札である「トリニティフォーム」だ。物理攻撃を吸収する役割と高速飛行、魔剣による攻撃をクリスさんが担当し、防御と遠距離攻撃担当、戦闘分析をインフィニティが行う。そしてメインの白兵戦担当を俺が行う。それぞれが分業作業を行うことで力を合わせてブラックに対抗するわけである。
「小細工を…」
ブラック晴彦はそう呟きながら魔剣の衝撃波による斬撃を放った。だが、その衝撃波は俺の身体に届く前にデモンズスライムの膜によって吸収された。
「馬鹿な!この斬撃は物理攻撃ではないはず…」
『残念だったね。風の攻撃は僕には通用しないよ。なんてったって風の魔剣の所有者なんだから。さあ、お返しするよ』
そう言ってデモンズスライムとなったクリスさんは倍返しを使った衝撃波をブラックに放った。ずるい、風が無効化できるなんて聞いてなかったぞ。
『味方である晴彦君も知らない情報だから敵さんも気づかなかっただろうね』
『マスター、油断しては駄目です。敵は健在です』
「しぶといな…」
土煙の中から現れたブラックは無傷だった。一体何をしたというんだ。
『衝撃の瞬間に【魔法障壁:絶】を使用したものと思われます』
ずるい。魔力と引き換えに最大1000までのダメージを無効化する障壁だったっけ。誰だ、そんな厄介な魔法を作った奴は。…俺だよ。考えなしに出鱈目な魔法を作ったことを後悔した。
『晴彦君、落ち着いている場合じゃないぞ』
『そうですよ、マスター!』
こうなれば肉弾戦を挑むしかない。俺は体内の魔力を制御してそれを全身の筋肉の補強に当てた。奴もこちらの狙いが分かったのか真っ向からぶつかるつもりのようだった。
「うおおおおっ!!!」
「ぬがああああっ!!」
『ぶっ殺せ―、マスター!』
脳内で気が抜けるような応援をするんじゃない、インフィニティ。真っ向からぶつかり合った俺とブラック晴彦はその手に持った魔剣と千手観音の副腕によって凄まじい殴り合いを始めた。
「ぶひぶひぶひぶひいいいいいいいいっ!!!」
「豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚豚!!!」
凄まじい数の拳による弾幕の中で打ち漏らした一撃一撃が物理吸収によって吸収されていく。全くダメージがない殴り合いはお互いの体力が尽きるまで絶えることなく行われた。
◆◇◆◇◆◇
戦いの行方をワンコとシェーラは必死の形相で見守っていた。だが、晴彦とブラック晴彦の殴り合いが始まったのを見てワンコが疑問を口にする。
「一体どういうことだ。ハル君はなぜ意味のない攻撃を加えているんだ」
「ハルには何か考えがあるんだと思います」
「そうは言っても全て物理吸収で無効化されてしまう。意味があるとは思えないぞ」
「……!!」
そこまで話したところでシェーラはとある出来事を思い返していた。その出来事の記憶が確かならば今の晴彦の攻撃には意味がある。シェーラはそう確信した。
◆◇◆◇◆◇
果てることない殴り合いの後で次第にブラック晴彦の様子がおかしいことに気づいた俺はいったん距離を取った。てっきり追ってくるものと思ったが、ブラックはその場から動くことはなかった。いや、そうではない。動こうにも動けないのだ。
様子がおかしいことに気づいたガブリエルがブラックを叱責した。
「どうしたというの、戦いなさい、ドミニオン!!」
「熾天使様、残念ながらそれは無理ですよ」
「どういうこと!?」
怒鳴るガブリエルに対して俺は意地悪な笑みを浮かべた。
「だって無理ですよ。彼の体重は今、物凄いことになってますから」
『推定で1000kgくらいになっていますかね』
俺の補足説明をするかのようにインフィニティが奴の現在体重を知らせる。奴に何が起きているか。説明は簡単だ。奴は考えなしに物理吸収を使いすぎたのだ。はじめて俺が物理吸収を試した時と同様にダメージを吸収すると共にそのエネルギーを体重に変換する欠陥スキルのシステムを今回は逆に利用させてもらったのである。
同じように使っていればこちらの体重も酷いことになっていたが、クリスさんがデモンズスライムの身体で物理吸収を使ってくれたおかげでこちらの体重に被害が行くことはなかった。ブラックは凄まじい脂汗を流していたが身動き一つとれないようだった。
「馬鹿な…ドミニオンが人間に負けたというの」
「このまま帰っていただけるならこれ以上は危害を加えません。インフィニティに聞いて知ってるんですよ。貴方がた熾天使が神の命によって直接人間に危害を加えられないことは。だからこそクリスさんには攻撃を加えてもこちらには攻撃を仕掛けてこなかった、いや、仕掛けてこれなかった。違いますか」
俺の冷静な指摘にガブリエルは下唇を噛んだ。どうやら図星のようである。
「これ以上やるというならこちらにも考えがあります」
実際の所、考えなどなかった。ハッタリもいいところである。俺の冷たい視線にガブリエルはしばし沈黙した。騙し合いに近い沈黙ののちに彼女は言った。
「…負けを認めましょう」
その瞬間、俺の脳内でインフィニティとクリスさんの大歓声が上がった。