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意識を取り戻した俺が目を開けると自分の部屋に寝かされていることが分かった。すぐ側に心配をしているシェーラとワンコさんが覗き込む顔が見えた。
「よかった、ハル、目を覚ましたのですね」
「本当によかったよ。ハル君。このまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ったぞ」
「…ご心配をおかけしたようで」
そう言って俺は起き上がろうとしたが、意識が朦朧としていることに気づいて起き上がることを諦めた。どうにも先ほどの偽物との戦いのダメージが抜け切れていないらしい。
「まだ無理をしない方がいい。ダメージが抜け切れていないのだろう」
「シェーラがいるのは分かるんですが、ワンコさんはどうしてここに…」
「隠し立てしても仕方ないだろうな。あのガブリエルという熾天使に付き添って来たのさ」
「…敵ってことですか!?」
瞬間、俺は身構えたが、ワンコさんの視線に敵意がないことを察して構えるのをやめた。そんな俺たちに悲しそうな視線を向けた後にワンコさんは事情説明をし出した。
ガブリエルがデモンズスライムを回収に来たこと、立ちはだかろうとした司馬さんが未来に飛ばされて手助けできない状況にあること、今回の一件に関してWMDの助けは受けられないこと。
そこまで話したうえでワンコさんは俺達に手を貸すことを宣言した。そんな彼女に俺は驚いて問いただした。
「いいんですか、そんなことをしたらWMD内の貴方の立場は悪くなるのでは…」
「大丈夫さ。私は下っ端だからな。逆らったとしても始末書くらいで済むはずさ」
そう言いながらもワンコさんの表情は暗かった。何だか裏があるような気がしたが、これ以上は聞き出すことはできなさそうだ。ようやく朦朧とする意識が戻ってきた俺は起き上がって辺りを見渡した。クリスさんの姿を確認するためだ。だが、付近に彼の姿はなかった。
「クリスさんは?」
「それが、姿が見えないんだ」
「もう夜です。いつもならこの時間は帰ってくるはずなんですが」
不審に思った俺は周囲の気配を探った。意識を集中して探ってみると彼の気配はすぐ側にあった。この位置だとこの建物の屋根の上という事になる。倦怠感を感じながらも俺は自らを振りい立たせて起き上がった。そんな俺を二人は心配して起き上がらせないようにしようとしたが、無理を言って起き上がった。
「ごめん、ちょっと出かけてくる」
「どこに行くんですか、ハル」
「心配しないで、クリスさんと話に行ってくるだけだから」
そう言って俺は上着を手に取ると外へと飛び出した。
◆◇◆◇◆◇
アパートの外に出て見上げると屋上に月明かりに照らされた先にクリスさんがいるのが分かった。少し見ない間に随分としょげかえった様子に見える。体操座りをしながら月を見上げている姿は哀愁漂うものだった。俺は魔剣を召喚するとクリスさんと話すべく空に浮かび上がった。俺が静かに隣に降り立ったことに気づいたクリスさんは俺の方を見ずに話しかけてきた。
「やあ、晴彦君。君も手痛くやられたみたいだね」
「デモンズスライム、いや、クリスさんと戦った時よりは酷くないですよ」
「あはは、それもそうだねえ」
クリスさんはそう言って楽しそうに笑った後で再び暗い表情になった。
「…そんな風に明るく接していても何を言いに来たのかは分かるよ。僕に別れを言いに来たんだろう」
「は?いきなり何を言ってんですか、あんたは」
「取り繕わなくていい。今回はあまりに相手が悪すぎる。君が僕を見捨てたとしても誰も文句は言わないだろう。勿論、僕も君に文句は言わない。恨み言の一つくらいは言うだろうがね」
いきなり決めつけられて俺はムッとなった。この人は俺の意見を聞く前に何を決めつけているんだ。
「勝手に決めないでくださいよ」
「そうじゃないというのか。まさかとは思うが、アレと戦うつもりじゃないだろう」
「…やってみなければわからないじゃないですか」
「馬鹿なのか、君は」
クリスさんは俺が戦おうとしていることに唖然となったようだった。
「考え直せ!相手は神みたいな存在だぞ!下手をすれば君も一緒に封印されるかもしれないんだ!そんなことをされるのは僕一人でいい!」
「珍しいですね,貴方が他人の事を心配するなんて」
「茶化すな!」
普段、人のことなど全く気にもしない人が俺の心配をしていることがなんだか可笑しかった。激高したクリスさんに胸倉を掴まれながらも俺は逆に尋ねた。
「封印された状態ってどんな感じですか」
「…君には想像もできないよ。いつ果てるとも分からない長い時間の中で冷たい暗闇の中に閉じ込められるんだ。そこには一切の音もない。いるだけで気が狂いそうになるよ」
「…そんな空間の中に入れられたいんですか」
「誰が好き好んで!」
クリスさんの俺の胸倉を掴む力が増した。だが、俺は静かに彼の目を見つめ返した。
「クリスさんが現れるようになってから散々でしたよ。食費はかかるし、シェーラとイチャイチャしたいと思っている時には必ず邪魔しに来るし。司馬さんやワンコさんの事もからかうから代わりに俺が謝ることになる」
「…な、何だよ、いまさら文句を言うつもりか」
「でもね、そんな賑やかな日常は俺にとっては宝物なんです」
そう言いながら俺は引きこもっていた時代の事を思い返していた。シェーラもクリスさんもワンコさんもいなかった。あのアパートの中で俺はずっと孤独だったのだ。この賑やかな来訪者たちはそんな孤独だった俺に人と接する温かさを思い出させてくれた。賑やかだけどそれを俺は心地いいと思っていたのだ。
「孤独の苦しみは俺も知っています。だから俺は貴方を見捨てない。大事な仲間を見捨てやしない」
「――っ!!」
瞬間、クリスさんの俺の胸倉を掴む力が弱まった。そして俯き加減のか細い声で囁くように言った。
「…君は本当に馬鹿だ。勝手にしたまえ」
「ええ、勝手にしますとも」
俺はそう言って力なく項垂れるクリスさんの背中を思い切りぶっ叩いた。元気づける意味もあったが、胸倉を掴まれた意趣返しも含めてだ。彼は文句を言うこともなくされるがままだった。そんな俺たちを月が優しく照らしていた。