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朦朧とする中で何とか意識を取り戻した俺は立ち上がろうとした。駄目だった。不可視の力によって体中を押さえつけられている。ふと傍らを見ると隣にクリスさんが倒れている。奴らにやられたのか意識を失っている。そんな俺を見下ろしているのは偽晴彦と見知らぬ金髪の女だった。
「あらあら、もう起きちゃったのかしら。流石はデモンズスライムを倒した勇者というところかしら」
「…あんた、誰だよ」
「熾天使ガブリエル。貴方たち人間を天から見守る守護者の一人よ」
「…デモンズスライムが襲って来た時に何もしに来なかったのに今更来て守護者気取りかよ」
そう言い放った瞬間に俺は偽晴彦の凄まじい力によって胸倉を掴まれていた。凄まじい力だ、殺す気か、こいつ。
「おい、人間。口の利き方に気をつけろ」
「やめなさい、ドミニオン」
「しかし…」
「私がやめなさいと言ったのです。この場で消滅されたいのか」
瞬間、悍ましいほどの殺気を金髪女は放った。耐性のないものならばその場で気絶するほどのものだ。なんてこった。偽晴彦よりも化け物じゃねえか。偽晴彦はしぶしぶ俺の事を地面に下ろした。乱暴に落とすものだから受け身もとれやしない。苦痛に顔をしかめる俺の髪の毛を掴んで金髪女は言った。
「君には悪いけどデモンズスライムは回収させてもらうわ。あれは人の身には余るものなのよ」
「ふざ…けるなよ」
「ふざけていないわ。そして君たちに拒否権などない」
瞬間、俺の身体の中で抑えきれないほどの闇が膨れ上がった。いきなり現れて何という言い草だ。金髪女や偽物への激しい怒りに我を忘れそうになる。俺は怒りのままに女の腕を掴んで力任せに締め上げた。金髪女の表情が驚愕に染まる。
「これは、まさか魔王化…いや、その前兆か」
「ユル…サナイ」
憎悪がそのまま自分の力になるようだった。体の内から凄まじい力が湧き上がってくるのが分かる。これまでに自分が感じてきた力の比ではない。このままこの力に身を委ねれば確実にこいつ等を殺すことができる。ならばやらない道理はないだろう。
「分かっているのか。その力を解放すればこの付近一帯も消し飛ぶ。それでも構わないというの」
「キサマラ…コロス」
「…どうやらこの場は引いた方がいいようね」
金髪女はそう言って煙のように姿を消した。女が立っていた場所に白い羽根が舞い散る。憎悪をぶつける相手が消えたことで俺は呆気に取られた。内側から湧き上がる黒い炎が徐々に消えていく。
「一晩だけ時間をあげるわ。明日のこの時間にまた来るから。デモンズスライムとの最後の晩餐を楽しみなさい」
掻き消えたはずの女の声は俺の耳にいつまでも離れなかった。内側からこみ上げてきた力が完全に消えたことで体から力が抜けた俺はその場で意識を失った。
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晴彦達の前から姿を消したガブリエルは遠目から一連の出来事を監視していたワンコの前に一瞬にして現れた。前兆さえなかった。現れるまで全く気配がなかったことに驚くワンコにガブリエルは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「怖いわね。ワンコちゃん。隙あらば切ろうという殺気がバレバレだったわよ」
「いえ、そのようなことは」
「そんなにあの子のことが好きなのかしら」
「……!?」
意外な人物に図星をつかれてワンコは絶句した。そんな彼女を見てガブリエルは笑った。楽しいおもちゃを見つけた子供のようだった。からかわれているのだろうか、ワンコは内心でムッとなった。だが、ガブリエルは急に真剣な表情になった。
「あの子のことが好きならちゃんと見てないと駄目よ。そうじゃないとあの子は魔神獣と同じになってしまうからね」
「ハル君が…魔神獣に…」
急にこの人は何を言い出すのだろう。冗談でもそんなことを言うのはやめてほしい。そう反論しようとしたが言葉に詰まった。ガブリエルの表情が冗談を言っているとは思えないほど真剣なものだったからだ。そんなワンコに対してガブリエルは溜息をついた後に一瞬だけ晴彦がいる方向を振り返った。
「さっきも兆候は出ていたわ。本当のことを言うとね。デモンズスライムを回収して封印するのはあの子のためでもあるの。あのまま放っておけば確実にあの子は魔王化する。人の身で魔神獣の力を制御できるわけないもの」
ガブリエルはそう言ってすれ違いざまに掌でワンコの肩を軽く叩いた。そして立ち去っていった。ガブリエルが立ち去った後もワンコは言われたことが頭から離れずにその場から動くことができなかった。