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一方、その日の午後。司馬とワンコはWMDに呼び戻されていた。応接室では彼らの上司である一ノ瀬司令とアリーシア副司令以外に一人の金髪碧眼の女性が黒服の護衛を伴って訪れていた。彼女こそ『世界間魔導協定』を結んだ星を防衛・監視する役割を持つ熾天使の一人、ガブリエルである。ガブリエルと一般に男性名ではあると言われているが、その通例とは反するように彼女は眉目秀麗の女性であった。耳までかかる金色の髪に切れ長の目、そして常人よりも少し尖った耳が特徴的の人並み外れた美女、それが彼女であった。彼女は冷たい視線で一人の人間の調査報告資料を眺めていた。それは藤堂晴彦のこれまでの行動や能力についてまとめた調査資料である。おおよそ人間に対する優しさなど一ミリも持ちあわせていないような視線で彼女は資料を眺め終えた後で大きな溜息をついた。
「こんな危険人物を放置していたとはWMDは何を考えていたのです」
「…申し訳ありません。全て私の監督不行き届きです」
「一ノ瀬司令。私たち熾天使は貴方や司馬捜査官を信用してます。あなた方はこれまでの世界危機の際にも我々に協力的に働きかけてくれた戦友といってもいい存在です。きっと何かの考えがあって彼をこれまで彼を放置してきたのでしょう。しかし…」
そう言ってガブリエルはテーブルの上に一束の調査資料を乱雑に置いた。
「これは流石に放置できません」
そこに置かれたのは魔神獣デモンズスライムの被害報告とその宿主であるクリスについて書かれた調査報告書だった。
「藤堂晴彦に宿ったデモンズスライムは魔王種に進化する可能性のある危険なものです。今すぐに藤堂晴彦から切り離して封印しないと後々に大きな禍根を残すことになる」
「待ってください、こいつは確かに凶暴なスキルを持っています。しかし人間に対して害意を持っているわけでは…」
「今はそうかもしれません。しかしどのように変わるかは分かりませんよ。司馬、貴方の親友の勇者大和のようにね」
「それは……」
「数多くの邪神を葬ってきた魔剣士の貴方らしくない。まさかとは思いますが、情が移ったのではないのですか」
「情が移ってないといえば嘘になります。しかし…」
「どうやら貴方は少し疲れているようだ」
ガブリエルはそう言って指を弾いた。瞬間、司馬の姿がそこから消える。隣にいたワンコと司馬の妻であるアリーシアは騒然となった。一瞬にして司馬の姿が消えたのだ。何をしたのか全く見ることができなかった。そんな二人を一ノ瀬が制する。
「安心しろ、死んではいない。恐らく未来に飛ばした。そうですね」
「ええ。三日後に飛ばさせていただきました。神殺しに邪魔をされると厄介ですからね」
そう言ってガブリエルは冷たい笑みを浮かべた。その笑みは場にいる人間に恐怖と不安しか与えなかった。彼女は残ったワンコに視線を移した。
「剣崎捜査官。貴方には藤堂晴彦の居場所まで案内してもらいます」
「…嫌です、といったらどうなりますか」
「そうですね。本国に強制送還させていただくというのはどうですか。その方が貴方には効果がありそうですからね」
ガブリエルはそう言って心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。その表情を見ながらワンコは心の中で舌打ちした。この女、人が一番嫌がることを分かって言っている。本心では逆らいたかったが、この場でそれを行えば何もできずに終わる可能性がある。ワンコは唇を噛みながら機会を伺うことにした。
「分かりました。ご案内しましょう」
「ありがとう。素直な女性は好きですよ」
「私は貴女が嫌いですよ」
「あらあら、正直な女性はもっと好きですよ」
睨みつけるワンコに対してガブリエルは花が咲いたような笑顔を浮かべた。
◆◇◆◇◆◇
一方その頃。俺はそのような危機が自らに迫っていることなど知らずにインフィニティさんと打ち合わせをしていた。せめて分身体を作るなら人間らしい姿に変えてほしいと思ったからだ。だいたいおかしいだろ。口だけしかない上に人間の可動域を超えた動きをするなど出来の悪いクリーチャーでしかない。というわけでインフィニティさんにはいくつかのロボットアニメや萌えアニメなどを見せてヒロインというものを研究させていた。傍から見れば俺がちょっと人に見せにくい趣味を披露しているようにしか見えない。
『マスター、この少女達は主人公のどこに惹かれているのか理解不能なのですが』
「うるさいな、萌えアニメの主人公なんてたいがいはそういう風だろう」
『理解不能。幻覚作用のある特殊な胞子が出ているとしか思えません』
「別にこんな性格とかニャンとか変な語尾にならなくていいからな」
『マスター。このヒロインはお気に入りです』
「やめろ。特殊能力で髪を操って人を襲うなんて俺にとっては悪夢にしかならない。特殊なポーズとか取らなくていいからな。なんでこういう特殊な人をモデルにしようとするんだよ!」
そんなわけで喧々囂々としながらも分身体の姿形を打ち合わせていたのであった。その時が来るまでは。




