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それから数日経ってから沈痛な面持ちの司馬さんとワンコさんがやってきた。一体どうしたんだろう。疑問を感じて首を傾げているとリビングのテーブルの前に置かれた座布団に座るなり、司馬さんはカバンの中から茶封筒を取り出した。
「何を言いに来たかは分かってるだろ」
「いや、全然。いったいどうしたんですか」
「ハル君、いいからその茶封筒の中身を見てくれ」
一体何だというのか。そう思って茶封筒の中身を取り出した俺は絶句した。そこにはこの数日の俺の行動のいくつかのシーンが激写されていたからだ。
老人たちに拝まれている写真、動物たちのパレードになっている写真、謎の発光体となって民家に訪問している写真。しまいにはこの数日の間に起こった銀行強盗撃退の時の写真まで撮られていた。
「これらの写真は全てお前で間違いないな」
「…い、いや。老人たちと接しているのは確かに俺ですが他は存じ上げませんな」
「あくまでしらを切るつもりか。まあいい。黙って聞け」
司馬さんはそう言って溜息をついて説教を始めた。彼の言うところによると最近になって街に発光するイソギンチャクが人助けをするという奇怪な噂が流れているという。無論それは全て俺である。噂によるとイソギンチャクは困っている人のところに這い寄るように現れてはその忌まわしい姿にも関わらず人助けを行い、黙って去っていくという。それだけなら別にいいではないかと思うのだが、イソギンチャクに会った人間達は悉く病院で自分が見たものを幻覚と思い込み、精神科でカウンセリングを受けているのだという。
「精神科の通院患者数がこの一週間で二倍になったと院長が頭抱えてたぜ」
「いくらなんでも白昼堂々とやり過ぎだよ、ハル君」
確かに銀行強盗の時はやり過ぎたのを自覚している。だが、あれは不可抗力だ。たまたま受付で待っていたら拳銃を持った数人の男が店内に乱入したために正体がばれないように【千手観音】【御神体モード】【クロックアップ】【帝王の晩餐】を駆使して彼らを無力化しただけなのだ。傍目から見たら金色に光るイソギンチャクの口から生えた謎の触手が次々にしなりながら銃を奪い去っていくようにしか見えなかっただろうが、そこまで酷いことをしたつもりはない。むしろ称えられてもいいはずではないか。
「監視カメラの記録映像も証拠としてあるが、それも出そうか」
「…刑事さん、やっぱり俺の負けですよ」
何となく見るのは俺もトラウマになるような気がして丁重に辞退したのだが、司馬さんは問答無用で映像を流し始めた。見ながら思ったことはただ一つ。このクリーチャーはやばすぎるという結論である。何なんだ、あのイソギンチャクの塊は。うねうねしているあれは全部が腕なのか。不気味にも程があるだろう。しかも触手をしならせながら銃器を奪い取る様子は悪夢以外の何者でもなかった。映像が終わった後に俺は完全に放心状態になった。あれは正義の味方ではない。名状しがたい化け物だ。俺の口数が少なくなったことを反省ととらえたのだろう。そこからは司馬さんとワンコさんによる怒涛の説教が始まった。クロックアップもびっくりな勢いである。終わるころには聞いている方も説教している方もヘロヘロになっていた。その結果、人前ではくれぐれも自重するように約束させられたのだった。
◆◇◆◇◆◇
最近になって困っていることがある。それはクリスさんの食費である。凄まじい大飯喰らいなのでまともに彼の食費を捻出するだけでエンゲル係数が凄まじいことになる。今のところはたまに来る司馬さんにおごってもらっているが、それがなくなったら暴れだすのではないだろうか。
そんなわけで俺は自給自足の目的で新たなスキルを開発することにした。開発の目的は購入食材の巨大化である。買った食材を巨大なものにできればクリスさんが大飯ぐらいといっても満足できるに違いない。そう思ったわけだが、これが思うようにはいかなかった。
『物質の質量を毎回変えるとなると膨大な魔力が必要になります。現実的なプランではないと申し上げておきましょう』
頼みの綱のインフィニティにそう言われてはお手上げである。考え自体はいいと思ったんだけどなあ。何かの絵本で読んだ巨大な卵で作った巨大なカステラ。あれは素直に美味しそうだと思ったし、夢があると思った。
何かいい考えがないものか、そう思案しているとシェーラが手に二人分のマグカップを手にしながらやってきた。
「ハル。考え事ですか」
「ああ、シェーラ。クリスさんの食費を節約するプランを考え中でね。食材を巨大化出来たら面白いかと思ったんだけど」
「なるほど、それができたら面白そうですね」
「だろう。でも魔力コストがかかり過ぎるんだ」
「うーん、そうですね。普通に考えて天文学的な魔力が必要になります。いっそ特殊な空間でも作成できれば解決できるとは思いますが」
「特殊な空間?」
「ええ、食材を巨大化させるのではなく、入った人間が小さくなるという空間ができれば解決しますよ」
「そ、それだっ!!」
その発想はなかった。シェーラの言葉に感動した俺は無意識のうちに彼女の手を取っていた。途端に彼女の顔が真っ赤になる。
「あの…ハル。また顔から火が出そうだから離してもらえますか。…やっぱりもう少しだけ握っていていいです」
そう言われて俺も彼女を意識してしまって顔が赤くなった。無意識のうちに大胆な真似をしたものである。そんな俺たちにインフィニティが冷やかしを入れる。
『【リア充爆発】を使用しますか』
「しなくていいです」
そう言って俺は丁重に提案をお断りした。




