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それから二週間が経過した頃には俺の体重は順調に落ちていた。
肥満体質【103/58】➡肥満体質【92/58】
一時は戻りかけていた体重が元の痩せるサイクルに戻ったことが心から嬉しかった。この調子でいけば目標体重に到達するのも視野に入れることができる。そんな生活の中で一つ思ったのはアイテムボックスのアイテムが雑多になってきたなということである。元々、引きこもりの時には気にならなかったのだが、今の生活になってから身の回りを整理しないと気が済まないようになってきた。
そんなわけで今日はアイテムボックスの中を整理中である。ペットボトルや読み終えた漫画雑誌の山、そしてエリクサーやポーションの山をゼロスペースの中に集めてみると結構な量になった。何時の間にこんなに溜まったのだろう。特にペットボトルなどは前より増えている気がする。首を傾げているとインフィニティが教えてくれた。どうも俺がウォーキングを行っている間に道端や川に落ちていた空き缶やペットボトルを集めてから魔法で奇麗にしていたらしいのだ。ゴミ拾いする上に異世界に渡った時の役に立つというのだから一石二鳥である。たまにはこういうまともなことをするわけだと内心で感心した。
そんな中で一つだけ引っかかった持ち物があった。明らかに俺のものではない男性物の衣服が一着畳まれた状態で置かれていたのである。随分とガラの悪そうなアロハシャツにズボンだ。明らかに俺の趣味ではない。こんなもの買った覚えないと首を傾げているとインフィニティさんが教えてくれた。
『前にシェーラに絡んだ人間達の身ぐるみを剥いだものではないですか』
そう言われて思い出した。確かにあの時にチンピラの衣服をゼロスペースの中に放り込んだわ。流石にちょっと罪悪感を覚えて俺はズボンを持ち上げた。何やらポケットの辺りがごわついている。何か入っているのかと思って中を確認してみると蛇革の財布が入っていた。結構中身が入っている。そう思って財布を確認したところ、諭吉さんがびっしりと詰まっていた。流石にこれはまずい。あれから大分経つけど持ち主のチンピラは困っているのではないだろうか。
このままネコババするという手もあるのだが、額が額である。恨まれたりしたら厄介だ。そう思った俺は持ち主を見つけて財布を返すことに決めた。
◆◇◆◇◆◇
持ち主を探して街を彷徨うのはしんどいよな。そう思って鑑定スキル:∞に相談したところ、財布から発せられる持ち主の波動を辿って住処を割り出すことが可能だという事だった。なんとも器用な能力である。早速、波動を辿って持ち主を探すことにした。そんなわけで住宅街を散策中である。
『次の曲がり角を右に曲がってください』
この辺りの道は全く分からないのだが、まるでカーナビのように目的地へのナビを行ってくれるインフィニティのおかげで思ったよりも早く目的地のアパートに到着することができた。なんとも古びた作りをしている。下手をすれば俺のアパートよりも古いんじゃないだろうか。そう思いながら相手の部屋に向かおうとするとインフィニティに止められた。
『マスター、流石に無防備すぎますよ』
「そうかな。だって財布を返しに行くだけだぜ」
『相手はマスターに敵意を持っている可能性があります。何らかの偽装工作を行ってから向かうのが得策かと思われます』
なるほど。一理も二里もある話だ。確かにシェーラから奴らを追っ払った時に俺の顔は覚えられている。出会い頭で殴られたり刃物で刺される可能性だってあるかもしれない。よく忠告してくれたな、インフィニティ。そう思った俺はいくつかのスキルで自分の身体を偽装することに決めた。
◆◇◆◇◆◇
樋上タカシはその日も自室に引きこもっていた。少し前に街中でストリーキングをしてしまったショックからまだ立ち直れないでいるのだ。あれ以来、恥ずかしくてナンパもできないでいる。その上、結構な額を入れていた財布まで無くしてしまっている。カードと免許証はすぐに失効したものの現金だけは惜しかったために警察に届け出を出しているが、あれから全く連絡が来ないために諦めていた。何もかもがうまくいかない。そんなタカシを心配して弟分のマサルが様子見にくるのだが、元気になれるわけもない。全てあのデブ野郎のせいだ。ちきしょう。
そんなことを思っているとアパートのドアをノックする音がした。自分で出るのも嫌だったためにマサルに追い返す様に伝えて布団を被ってふて寝した。
「…ひ、ひぎゃああああっ!!」
突如として玄関先から上がってきたマサルの悲鳴にタカシは飛び起きた。一体どうしたというのだ。びっくりしてその場で身構えているとマサルが慌てて部屋に駆け込んできた。余程恐ろしいものを見たのか、腰を抜かしている。
「…あ、兄貴!!兄貴!!大変だ!!」
「一体どうしたんだ、マサル」
「ほ、仏が、仏様が!!」
顔面蒼白でマサルは玄関の方を指さした。閉められたドアの向こうに何がいるというのか。あまりの様子に興味を覚えたタカシは怖いもの見たさで恐る恐るドアに近づいて一気に開け放った。
そこには光り輝く発光体がいた。眩すぎて直視するのも困難だったが、体格から見て仏像にしか見えない。しかもその背中には夥しい数の腕がうねうねと蠢いていた。明らかにやばい類の生き物の降臨だった。
タカシの時間が凍りつく。気づけば恐怖から扉を閉めていた。視界から遮ったはずなのに心臓がバクバク鳴っている。いったい今のはなんだったんだ。冷や汗が止まらない。見てはいけない世界を垣間見たとしか思えなかった。そんなタカシの気持ちを無視するように扉の向こうからドアをノックする音が聞こえた。夢や幻の類ではない。明らかに現実だ。ノックをしているという事はこちらに用があるという事である。上等だ。タカシは勇気を出して扉を開けた。
謎の発光体は眩いばかりの光を放っていた。発光体の背後では僧侶の読経のようなものが聞こえていた。その神々しさにタカシは見とれてしまった。同時に膝から崩れ落ちた。自分はどうしてしまったのだろう。これまでの罪への罪悪感からいつしか彼は涙を流していた。そんなタカシの手を発光体は優しく見つめながら、その夥しい手から何かを渡した後に光の粒子となって消え去っていった。
光が止んだ後にタカシは自らの手の中を確認した。そこにあったのはなくしたはずの自分の服と財布だった。その瞬間に理解した。今のは神だったのだ。こんな俺を見捨てずに神は来てくださったのだ。自らの罪を反省し、悔い改めよう。タカシは熱い涙を滝のように流しながら決意した。