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日もすっかり暮れた頃にその日の夕食は出来た。白菜と複数のキノコと豆腐、そして豚肉をふんだんに使った水炊きである。ダシは利尻昆布を薄く張ったもので取り、味ポンを使ってあっさりといただく。少し驚いたのは異世界人であるシェーラが鍋にあまり抵抗を感じないといったことだった。なんでもディーファスの冒険者階級は獲物をこうして食べることも多いため、一般にも広く普及しているのだそうだ。箸の使い方も様になっており、下手をすれば俺の方が下手くそなんじゃないかといった具合であるから始末に負えない。
しかし、味ポンで食べる豚肉と白菜というのも乙なものだ。最初は肉と野菜だけかよと思いもしたが、これならばお腹も満たされる。米があればいうことなしだが、それはインフィニティにきつく禁止された。どうしても食べたくなった時には日に一食だけ食べていいとだけ認めてくれた。そんな甘いことでいいのかと疑問を口にすると、なんでも炭水化物を全禁止にするとかえって反動でドカ食いするなどの悪影響が出るとの回答だったので納得した。
シュークリームの事もしぶしぶ認めてくれた。まずは10㎏痩せたらご褒美で食べていいということだ。随分高いハードルを設定されたが、がむしゃらに頑張るしかないだろう。
しかしシェーラはよく食べる。こちらが唖然とする勢いで肉も野菜も食べていく。うかうかしているとこちらの取り分がなくなるのではないかという勢いだ。その勢いは養豚場の豚をイメージさせるようなものであったが、それを口にすると今後の生活に絶対に悪影響が出るだろうからと口にするのは自重した。そんなわけでその日の食事は大満足で幕を閉じたのであった。
◆◇◆◇◆◇
その日の深夜。シェーラが寝静まったのを見計らってから俺は静かに外に出た。どうしても試したかったことがあったからだ。誰もいない深夜の公園にたどり着くと俺は一人呟いた。
「ステータスオープン」
藤堂晴彦
年齢:32
Lv.1
種族:人間
職業:勇者?
称号:強制送還者
体力:12/12 魔力:0/0 筋力:7 耐久:10 器用:8 敏捷:6
智慧:12 精神:6
ユニークスキル【ステータス確認】【瞬眠】
レアスキル【鑑定Lv.∞】【アイテムボックスLv.0】
スキル【名状しがたき罵声】【金切声】
肥満体質【126・58】
鈍足 【1265/420000】
魔法の才能の欠如【126/65000】
運動神経の欠落【58/65000】
人から嫌われる才能
〈アダルトサイト探知〉Lv.10
数あるステータスの中でも俺が特に気にしたのは魔法の才能の欠如【126/65000】というスキルの項目であった。本来はマイナス効果しかないゴミスキルのはずだが、先日のシェーラは同様のマイナススキルである【攻撃魔法の才能の欠如】を克服したことで攻撃魔法が使えるようになっている。同様のメカニズムであれば経験を重ねることでマイナススキルを克服して自分に有利なスキルを獲得できるのではないだろうか。なによりファンタジーの浪漫である魔法を使えるようになる可能性があるのならば試さずにはいられない。
藤堂晴彦32歳。この年にして童貞なので魔法使いと呼ばれながら魔法を使えない。だが、魔法少女にや魔法使いには人並み以上の憧れを持っている。魔法は男の浪漫なのだよ。問題はこの【126/65000】の126がどうやって稼がれたかということである。若干は心当たりがあるのだが、人の目に触れるところではやりたくない理由があった。
俺は周囲に誰もいないことを確認すると両の掌で球体を掴むような構えをした後にそれを左腰のほうに抱えながら中腰になった。一昔前に流行ったバトル漫画の主人公そっくりな構えで俺は気を練るイメージをした後でそれを正面に放った。瞬間、何らかの力が体の中から抜け落ちていくような奇妙な感覚を覚えた。
「うー……はっ!!」
『…………』
沈黙するインフィニティさんがなんとも生暖かい視線でこちらを見つめているような気がして気恥ずかしくなりながらも俺はステータスを確認した。予想通りの答えがそこにはあった。
魔法の才能の欠如 【126/65000】➡【129/65000】
「…よっしゃあっ!!計画通り!」
自らの仮説が正しかったことに嬉しくなった俺はその場でガッツポーズをした。どうやら先ほどのポーズは魔法の才能の欠如を克服する経験値を積むことができるのだ。どうしてそれに気づいたかといえば子供のころにどうしても漫画の主人公みたいにエネルギー波を撃ったり空を飛んだりしたくってよく友達と練習していたことを思い出したからだ。中途半端にやってきたことなどそれくらいしか心当たりがなかった。
仮説が正しかったことに嬉しくなった俺は暫くの間、公園で経験値を稼ぐことに夢中になった。のちに近隣の噂になる公園の怪人『豚男』の誕生であった。そんなことを繰り返していくうちに経験値は鰻登りに上がっていった。やはり自分の成長を数値で見られるというのはRPGの醍醐味だろう。汗だくになって腕を振るのもだるくなる頃には俺のステータスは次のように変化していた。
魔法の才能の欠如 【129/65000】➡【3144/65000】
一回につき、経験値が3増えることを考えると1000回近く特殊なポーズの練習を行ったことになる。流石に自重しろとも反省したがやってしまったことは仕方ない。腕をあげるのもだるくなっているから恐らく二日後は確実に筋肉痛だ。ふらつく足でなんとか岐路に着く傍らで俺は思案していた。俺のステータスにはまだ二つのマイナスステータスである『鈍足【1265/420000】』『運動神経の欠落【58/65000】が存在する。これらを克服して+スキルを獲得すれば俺TUEEEを実践するのも夢ではない。目指せ、豚の下剋上。そう心に決意してフヒヒと笑いながら俺は意気揚々と立ち去っていった。




