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ここはどこ 彼は誰・・・?!

作中、高校生の飲酒・喫煙場面が出て来ます。未成年の方は真似なさらないようご注意下さい。

 ドアが開く。

 押し寄せる音とイルミネーションの洪水。

 そこはもう、別世界。


「ここ座りなよ」

 彼に言われるままソファに倒れ込むように、私は腰を下ろした。

 意識はだいぶはっきりしているものの、体はかなりだるい。

 座った後もなお、彼……守屋君にもたれかかる。


「気分悪くない? 吐きたいとか」

「ううん、大丈夫」

「飲み物取ってこようか」

「ううん、いい」

「なんか飲んだ方が楽になるぜ」

「いいの。それより。もう暫くここにいて」 

 思わず口をついて出てしまった言葉に、私は自分で動揺している。

 何か、意味深に聞こえなかったかしら。なんて。

 けれど、そんな意識とは裏腹に体はなかなか言うことをきかない。

 いよいよもってだるさが増していくようで、どうすることもできない。

 守屋君の肩にもたれていた頭が少しづつずれていき、いつの間にか彼の胸まできている。

 長袖のペイズリー柄のシャツを通して、彼の鼓動が聴こえる。

 温かい、彼の指。

 何か、信じられない。

 本当にこれが、私?

 そして、隣にいるのは、守屋君……?


 彼は一体どういうつもりなんだろうと、彼の心中を推し量ろうとしてみても、その答えは出てきそうにもない。

 彼とはつい最近になってようやく、済陵祭の準備中に少し言葉を交わした程度。

 大人しいというか、静かで目立たない感じの彼だから、ほとんど気に留めたこともなかった。

 しかし、それはきっと彼とて同じことだろう。

 彼が私に気があるなどとは、考えられない。

 それなのに……


「守屋。その()、どうしたんだよ?」

 その時、不意に頭上で聞き覚えのない声がした。

 もしかして、3組の男子?

 ここで打ち上げやるとか言ってたっけ。

 そんなことが頭に浮かんだ時、守屋君が言葉を返していた。

「ああ、こいつダメなんだ。完全酔ってる」

「で、お前が介抱してるわけ?」

「まあな」

「うまくやれよ」

 そう言うと、その彼はどこかへ消えてしまった。

 しかし、彼の最後の一言に私は再び動揺している自分を感じている。

 考えすぎかしらね。

 けれど本当に傍からは一体、どう見られているんだろう。

その時になって私は初めて羞恥心を覚えた。


「守屋君」

 身を起こし、けれど俯いたまま私は彼の名を呼んだ。

「うん?」

「ごめんね。私のせいで……迷惑かけちゃって」

 変な目で見られているかも、と言おうとしたが、言えなかった。言うのが怖い気がした。


 けれど彼は、

「いいさ」

と、一言軽く笑ってみせただけで、後はあくまでポーカーフェイスのままだ。

 いよいよもって彼の心中を図りかねていると、おもむろに彼は口を開いた。


「ほんとにどうしたんだよ、今日は。飲んだことなんてないんだろ、今まで」

「うん、でも。だって」

 だって……何だって言うの。

本当に私、一体……

 そう私が思った時、


「男にフラレでもしたの」

と、彼は何気ない口調で、その言葉を私に投げかけてきたのだ。

 私は一瞬、言葉が出なかった。


「あ、図星だった?」

「そ、そんなんじゃないわ!私……!」

「ジョークさ。そんなムキになるなよ」

 そう言いながら、彼はクックと笑いを漏らしている。

 この人は……?!

 私は彼の意外な一面を見ているような気がしていた。


 それにしても、失恋か……。

 彼の放った言葉を私は、改めて感じている。

 ゆうの肩を抱いた浩太郎の姿がショックだった。

 彼に意中の人がいるらしいという事実が、そして何よりもそのことにショックを受けている自分自身が、更にショックだった。

 つまり、私は彼のことを───────


「守屋君」

 きちんと座り直すと、私は再び彼に呼び掛けた。

「踊ってきてよ。せっかくディスコ、来たんだし。私もう大丈夫だから」

「大丈夫なわけないだろ、それで」

「平気よ。大人しくここにいるから」

 顔を上げ、初めて彼の顔を見据えると、私は言葉を継いだ。

「暫く……一人にして」

 彼は何も言わなかった。

 先程の意地悪な表情は完全に消えている。

「また、戻ってくるから。そこに居ろよ」

そう言って、彼は席を立った。

 そして、フロアの方に歩いていく。

 しかし、急に立ち止まると私の方を振り返った。

「男に気をつけろよ。声かけられても、絶対相手なんかするなよ!」

そう言い残し、彼は今度こそ奥のフロアに消えて行った。


 守屋君……

 彼にはああ言ったものの、いざ一人になってみると、急に力が抜けていくような感覚を感じている。 自分で自分を支えるのが、こんなに辛いなんて。

 やはり、あのコークハイは相当きいたようだ。


“馬鹿だよ。弱いくせに……”


 彼の言葉が蘇る。

 そうよ、馬鹿よ。私は。わかってる。

 今、私は、自分が一番嫌だと思っていた類の女になってしまっている。

 酔って醜態、晒すなんて。

でも、どうしようもなかったんだ。あの時……


 店内をぐるりと見廻してみると、クラスの人間がちらほら見つかった。

 圭にお杏。美結妃もいる。

 男子も徳郎他、数名。

 ああ、やっぱり三組の面々が来てるんだ。

 舞が松川(まつかわ)君と一緒にいる。

本当にあの二人、お似合いだわ。

 舞の可愛さは折り紙付きだし、松川君は松川君で済陵には珍しい美少年(イケメン)タイプ。

ああして二人並んでいると、少女漫画の世界を地でいっている。


 私も踊ってこようかしら。

ディスコに来たのは初めてだけど、踊りの真似事くらい出来るだろう。

 あのレーザー光線を浴びて、うるさいほどの音楽に身を預けてみたら案外、何もかも忘れることができるかもしれない。

 一際照明の凝った奥のフロアの中では、ひしめき合うように男女が入り乱れて踊っている。

 ドライアイスの白煙の中、くるくると辺りを照らす色とりどりのライトが透けて、綺麗。

 躰でリズムを取って、軽くスウィングしながら、踊る。

 けれど、長くは続かなかった。

 やはり、ふらつく。

 動いたことで更に酔いがまわったのかもしれない。

 総鏡の壁に寄り掛かった。

 佇みながら、私はぼんやりと様子を伺う。

 圭が何か憑りつかれたように踊っている。

 お杏は何処だろう。

ああ、守屋君。あんな所に。

 何か慣れているような。まさかね。でも。

そんなことを考えながら、私はふと思い立って、フロアとは反対側にあるカウンターへと足を向けた。


「メニュー見せて下さい」

 ボーイが茶色い革張りのリストを手渡す。

 固定された脚の長いスツールに座り、それに目を通していると、隣に誰かが座った。


「……守屋君」

 まるで見計らったかのように、彼は再び私の目の前に現れた。


「何、飲みたい?」

 彼は、やはり何気ない口調でそう言葉をかける。

「ん…モスコミュール」

「馬鹿言うなよ。それ以上飲んで、どうする気だよ」

「だって」

「ダメ。お前、ほんとに帰れなくなるぞ」

「……いいもん。帰れなくたって」

 何を血迷ったのか、私はそんな言葉を口にしてしまった。


 彼は瞬間、言葉を止めた。

 そして、私の顔を見つめる。

私は反射的に目を逸らした。

 何、馬鹿な事言ったの?! 私……!

 自分の言葉に私は顔を赤らめている。


「いいこだからレスカにしとけよ、な」


しかし、張り詰めていた空気を彼はそんな言葉で破ると一瞬、私の頭に軽く手を当ててきた。

その時、髪の毛がくしゃりと音を立てた気がした。


な、なに、何よ……?!

誰が「いいこ」よ、誰が。

 自分は、しっかりダイキリなんてオーダーしてるくせに!


 よくは知らないがきっと強いカクテルに違いないという気が、何故かした。

 自分ばっかり大人みたいな顔、してくれて……

 そんなことを思いながらも私は、それまで以上に優し気だった彼の仕草に結局、モノも言えずにいる。

 彼はまるで、妹を諭すような()をして私を見ているから……

静かな瞳。

 それはいつもと変わらないのに、普段学校で見せている彼の姿とは180度違うと言って良い彼の言動にただ驚くばかりだ。


 程なく、グラスが目の前に置かれた。

 炭酸の細かな気泡が上がってくるその透明な液体を、ストローで一口飲んでみる。……美味しい。


「少しは酔い、醒めた?」

 ややあって彼が静かに口を開いた。

「うん、だいぶね。でも……」

 まだ半分ほど残っているグラスを見つめながら、私は言葉を続けた。


「私、もっと。酔いたかった……。そして、何もかも忘れてしまうくらい」


 実際そんなことになれば困るのは自分なのに、そんな理性を捨ててしまえば、それが私の本音だった。

 足腰が立たなくなるくらい酔っているのに、気分はまるで浮上しない。

 どんどん沈み込んでいくばかり。

あの時感じていた気分の良さなど、もう影も形も見当たらない。


「馬鹿だな。そんなになるまで飲んだら吐いちまうぞ」


 けれど守屋君、口調が優しい。

 どうして……

 私、涙溢れてきそうよ。

守屋君の肩にそっともたれかかる。

「気分悪い?」

「ううん、そうじゃない。ないけど」

 言おうか言いまいか、一瞬躊躇った後、口にした。


「お願い。もう暫く肩、貸してて……」


 やっぱり、まだ酔っているのかしら。

 こんな台詞がすんなり口を突いて出る。


 けれど守屋君、何も言わずにすっと左手を私の肩にかけた。


 この人、女の子の扱い方が上手いんだ。

 どことなく慣れてる、て感じの。わかる。

 付け焼刃なんかじゃない。何か信じられない。

 学校じゃ全然そんな風には見えないのに。

 まるで、別人。

 どういうつもり?

 一体、何を考えているの……


 この人は私にだけこんなことをしてるんじゃない。

 私だから、こんな風に優しくしてるんじゃない。


 その時。

 何故かはっきりと私はそう感じた。


 理由なんてわからない。

 強いて言えば、「女の勘」とでも言うより他ない思いだった。

なのに、快い感覚が全身を包んでいる。

 彼の手の、躰の温もりを感じて。

気分いい……

 浩太郎君と一緒にいた時と同じ類の感覚かもしれないが、どこかが違うと思う。


 だって。

 これは……


守屋君は自由な右手で、私のグラスの底に残った氷をストローでかき混ぜている。

 私はずっとそれを眺めていた。




***


「純。もう大丈夫なの?」

 その時、どこからかお杏が姿を現した。

「うん。もう平気」

「彼はどうしたのよ?」

「守屋君? 踊ってるわ」

 そう言うと、私はフロアを指さした。


 カウンターで、どのくらいああしていただろう。

 ようやく彼から離れる気になって、彼から身を起こした私を、彼は元いたソファへ連れ帰った。

 そこでも肩を貸してくれようとしたが、私は断った。

 今度こそ大人しくしていると約束すると、彼は再び踊りに行き、私はその姿を眺めながら一人酔いを醒ましていたのだ。


「そ、か。うん。わかった」

「ちょっと、お杏?」

 どこ行くの?と言おうとした時にはもう、お杏はくるりと向きを変えていた。

 そして、お杏が向かった先は、守屋君のところだったのだ。

 お杏が傍に寄ると、彼は踊るのを止めた。

 二人で何かを話している。


 そして、再びお杏は戻ってくると私に言った。「私、ちょっと用事があるから先に出るけど、純の事、守屋君に頼んでおいたから。彼、私ん()まで純、送ってくれるって。どうしたのよ? 今夜はうちに泊まる約束じゃない」

事も無げにそう言うお杏。

「お、お杏はどうするのよ?! 今頃、用事って」

「彼が車でそこまで来てるのよ」

お杏はそれだけ言うと呆気に取られている私に、

「See you!」

なんて言いながら、あっという間に姿を消した。

 まったくあのこは行動するのが本当に素早い!




***


「ほんとに。本当にごめんなさい。今日は」

向き合っているけれど、まともに守屋君の顔を見上げられない。

「ごめんね、ほんとに」

 馬鹿みたいに何度もそう同じ言葉を繰り返す。

 けれど、守屋君は、

「いいよ。気にしなくて」

と、ただ軽く受け流している。


 お杏のマンションの23階のエレベーターの前。

 エントランスのところでいいと言ったのに、エレベーターの中も危ないからと、彼はここまで附いて来てくれた。

「じゃ、今夜はゆっくり休めよ」

「うん……ありがと」

彼がエレベーターに乗った。

 守屋君、行ってしまう!

 何か言わなきゃ。最後に一言。何かもう一度。

 けれど、ああ、でも。

「守屋君!」

声を振り絞って、そう呼んだ。

 私の目を見る。

「おやすみなさい」

 そう言い終わった時に、ドアが閉まった。

 赤いランプが、23……22……と、順に移り変わってゆく。………1。

 それ以上、動く気配がないのを確かめて、私はその場を離れた。







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