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昼下がりの風景

「あーあ、いやんなるわねえ。せっかくの週末、日曜台無しだわ」

「まったく、模試強制されるなんて堪んないわよ」


 昼休み、お弁当を食べ終わってお杏と二人、窓際で喋っている。

「次の日曜なんて期末直前だものね。当分は勉強……てわけですか」

 そう言いながらもお杏は、

「もっとも私はいつも一夜漬けだけど」

と、舌を出した。

 そんなお杏を横目に、私は溜息をつく。


 英語を除けば、お杏の成績は目立って良いということもない。

 しかしお杏は、授業の予習や計画的な試験勉強など一切やらないのだ。

 鞄が重くなるのはヤダと言って、普段はろくすっぽ教科書すら持ち帰ろうとしない。

 それで赤点を取らないのが不思議なくらいなのに、実際は毎回下位ながらも、500人の生徒中、学年100番内の成績を下らないのだから恐れ入る。


 要するに、天才肌なのだ。


 現に、好きで小学生の頃から独学していたという英語の実力は大したもので、中一にして英検二級を取り、高二の現在、既に一級。パールバックを辞書なしで原書で読むという。

 去年の全学年共通単語テストの時には、二番以下は50点も取れていないのに、一年生としては異例の満点を取り、皆の肝を抜いた。

 もし、お杏が人並みに勉強するなら、たちまちトップに躍り出るだろう。


お杏を見ていると、ヘルマン・ヘッセの「車輪の下」を思い出す。

 早熟で型にはまらず自由奔放な天才少年・ハイルナー。

 そして、私は凡庸な主人公・ハンスの立場だ。

 美貌と才気とピアノの腕と。

 裕福な家柄。年上の彼氏……お杏は持っていないものは何もないかのように見える。

 私は嫌が上でも身の程を知る。

 所詮、私は凡人なのだと─────── 


「なーに? 随分と冴えない顔してるのね、おふたりさん」

 どこからともなく、ゆうが現れた。

「あら、ゆうの方がどうかしてるわよ。明日と明後日日曜と、二日も模試だって言うのに」

 口を尖らせて言い返す。

 ほんと苦労のない顔してくれちゃって。

「だって私、模試受けなくていいんだもん」

「なんで?どうしてえ?!」

 得意げなそのゆうの一言で、思わず私もお杏も同時に声を上げた。

「だって明日、男子バレー部、試合なのよね。おかげで公欠取れちゃった」

「あ、そっかあ。ゆう、マネージャー・・・」

「もっとも明日、負けちゃったら、明後日は受けなきゃならなくなるけど」

「勝てそう?」

「もっちろん!それに明後日はウチの学校が試合会場なのよ。せっかく我が校で試合だっていうのに、参加できなかったら屈辱だわ。絶対勝ってもらわなくちゃ!」

 公欠の為にもね……と、ゆうは首をすくめた。

「いいなあ、ゆう」

「まあね。でも、これで結構大変なのよ。部室掃除だなんだって。特に合宿の時なんか、雑用係を通り越してほとんど家政婦のオバサンよ。洗濯、掃除、縫い物、食事の世話……気苦労あるしね」

 そう言いながらも、ゆうの目はちっとも嫌そうじゃない。

「ま、とにかく。おふたかた共、ガンバってね!」

 その一言を残して、実にお気楽な表情で再びゆうはどこかへ行ってしまった。  


「ほーんといいわね。私もマネージャーなっておくべきだったわ」

 お杏は、うんと背伸びしながらそう言った。

 模試受けたくないこともあるけれど、私はふと、それとは全く別のことを、ゆうの話を聞きながら考えていた。

(だん)バレのマネージャー。

 もしなっていれば……

 私、浩太朗君の別の一面を見ることができたんだ、て。


 いつだったか放課後、体育館で練習中の彼を見た。

 遠くから入り口の扉に隠れるようにして見た。

目が悪いから、顔なんて殆ど見えはしなかったけれど、一目でわかった。

 十数人のバレー部員がいる中で、判別出来た。

 背格好で、仕草でわかるんだ。

 見てた、ずっと。

 いつまでも見ていたかった。

 何も考えていなかった。

 ただ、何かが胸に迫って……

 目で追い続けた。

 グレーのユニフォーム姿の浩太朗君を。


もし、マネになっていれば、もっと身近に彼を見ることが出来ただろう。

 彼のユニフォームを洗って、タオルを差し出して。

けれど、そんなことを思う自分が、何か不思議な気がする。

 私はやはり彼のこと好きなんだろうか……

 今更ながらそんなことを考える。

 未だに私は、浩太朗君を想う自分というものに慣れずにいるのだ。

 酷く不自然な気がして……

けれど───────


「まあ、私達は地道に模試、頑張るしかないのよね」


 そのお杏の言葉にハッとした。

 黙って頷く。

 そう、結局はそれしかない。

 やらねばならない。

 逃げてはいけない。

 浩太朗君がバレーの試合を頑張っている間、私は模試を頑張らなきゃいけない。

 私は、私のやるべきことを精一杯、全力投球しなくちゃいけない。


 浩太朗君が頑張っているから───────

 

 なんて。

 彼には関係のないことだけど……

 彼は全く知る由もないだろう。


「とにかく、そういうことよね。二日間やれるだけ、やるだけ」


 吹っ切るようにそう言った。

 試験も恋もなるようになるさ……







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