ある朝の風景
「きゃあ! 舞、可愛い!」
朝、登校してくる生徒達で次第に活気の増してきた教室内で、美結妃の一際甲高い声がした。
振り向くと、俯きながら教室に入ってくる舞の顔を両側から覗き込むようして歩いてくる、圭とゆう。
何、一体どうしたんだろ。
舞よね、あれ。
そうよ、舞……え、あ、あれえ?!
「舞、あてたの?」
「うん……」
恥ずかしそうに目を伏せながら答える舞。
「ね、ね、どこであてたの?」
「幾らだったあ?」
たちまち数人の女子の群れ、舞を取り囲んで。
「舞、前からストレートあてたい、て言ってたもんね」
「すごく綺麗なストレート!可愛くなったあ」
ほんと?ほんとに?!と、縋るように舞が尋ねる。
舞の髪は天然のクセ毛で、毎朝ストレートアイロンをあてていると言っていた。
その手間の割に、全然綺麗なストレートにならないと、いつか嘆くように話していたけれど。
でも、本当にストレートパーマをあててくるとは思わななかった。
「舞、カットした?」
「揃える程度にね。でも……前髪、切り過ぎちゃったあ」
そう言うとまた、おかしくない?と自信なさげに尋ねる舞。
ああ、舞、前髪を気にしてるのね。
道理でさっきからイマイチ浮かない顔してると思ったら……
「おかしくなんかないって。似合うわよ、舞」
笑いながら言ったら、舞がほんの少しだけホッとしたような顔をした。
言われてみれば確かに、ほんの少し短めの気もしたけれど。
そう思いつつ、席へと戻る。
でも私は、髪型のことは絶対に悪く言わないことにしている。
八方美人のような気がしないではないけれど、でも、それが一番いいはず。
とかく女子は髪のことには神経質になる。
傍から見れば気にも留めないようなことでも、本人だけは大問題なのだ。
要は気の持ちよう。
他人からちょっとでもおかしなことを言われれば必要以上に気になるし、逆にお世辞とかわかっていても褒められれば嬉しくもなるし安心する。
……と、私は経験上そう思うのだけど。
どうして高いお金を出して「当たり前」の髪型にしたがるんだろう、というのは私の率直な疑問だが、天パの人の気持ちはやはり切実なんだろうと。
けれど……
どんな髪型をしたって舞は可愛いわ。
舞……くりっとした瞳がいいのよね。
その上、目尻にちょこんとほくろがあって、甘いフェイスとはアンバランスに、そこはかとなく色っぽかったりもして。
でも、小さくて、外見も性格も可愛い彼女。
明るいのよね。
お杏と同じくらい全校男子の注目を浴びながら、全然気取ってなくて……
みんなまだ大騒ぎ。
男子もちらちらと目を遣っているような。
ぐるりと教室を見廻した。
浩太朗君、まだ来ていない……
来てるはずない。まだ八時十六分。
彼、大抵、二十分の始業ギリギリに駆け込んでくる一人。
───────馬鹿みたい
私……舞に嫉妬している。
舞には松川君がいる。
そして、浩太朗君が好きな人というのは舞じゃないことも、確かなはずなのに。
けれどもしかして案外……なんて、ふと思ったりする。
浩太朗君、誰とでも喋るけど、舞と喋る時は一際楽しそう……
舞は魅力的。
仕方がない。
元々のコンプレックスがこういうこと考える時、一挙に増幅する。
だって、暗いんだもの。
益々救われなくなるよ……
ベルが鳴った。
浩太朗君、まだ来ていない。
私はまだ彼のことを引き摺っている。
私は彼に相応しい女の子じゃない、ていう惨めさに打ちひしがれ、無理に彼から目を背けながらも私は、中途半端な想いを胸に残している。
キス事件の衝撃は予想以上に深く、あの日以来、彼と私は気の良いクラスメートから、まったくの他人同士になってしまった。
そのことが私の心に暗い影を落としている。
なんとかもう一度、前のように気軽に言葉を交わしたい。
一緒になって笑いあいたい。
このまま忘れてしまうには切なすぎる……
浩太朗君、大丈夫?
ほら、先生入ってきたわ。
皆が起立する音に紛れて、バタバタと数人、男子がすごい勢いで走り込んでくる。
ハアハアと肩で息をしながら椅子に座り込む。
──────浩太朗君。
何もかもいつも通り。
そうよ、いつも通り。
舞が髪型変えようと、きっと浩太朗君は昨日と変わらない……
そうよ、だから。
前向いて明るく過ごそうね、今日一日も……