第八話 ~明日の予定を決めましょう~
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「ただいまー。というわけで約束通り夕飯は一緒に食べようぜ」
「え、あ、ルートちゃん………?!は、はい」
買い物袋に色を付けてもらった今日の給金で買ってきた食料品を詰め込んで帰宅したのが四時ごろのことであった。
同じ第三外縁にあるとはいえ、無駄に広いのがこの街の特徴だ。歩き回るだけでも割といい運動になるし、それに買い物をするということまで付け加えられればさらに時間が掛かる。
でも、流石ハナさんだ。色々と買い足してそれでもこの程度の時間で済んでいるということ自体が普通はあり得ないので、研究できる時間に調整してくれてさらにバイトの面倒も見てくれている………いや、マジで何か恩返ししないと。
元ではあるが、男としての面目が立たない。
―――と、俺の内心はそこまでにして帰ってきた家を眺めてみると、ものすっごく綺麗になっていた。
うん、掃除が行き届いているな。男の一人暮らし特有のものが乱雑に置かれている光景が気が付けば整頓された宿屋の一室になっている。
お皿などに至っては、まるで飲食店の食器棚のような並べられ方だ。
「あ、えっと。まずはお帰りなさいです、ルートちゃん」
「おう!」
帰ってきたら挨拶をしてくれる人がいるっていうのは、やっぱりいいもんだ。
家は生き物に等しい。どうしたって一人だけの生活だとどこかで留守になりがちになるから、何もいない冷たさを感じてしまう。
でもこうして家にいてくれる人がいれば、冷たかった家もすぐに温かさを取り戻すのだ。いつかはこの感覚も、ヴィヴィに感じてほしいけど。
「ところでルートちゃん、服も買ってきたんですね」
「あー、まあな。バイト先でその服はないだろって言われちゃって」
だがしかし、そうは言われても俺には服の着こなしとかいろいろ分からないので、本当にシンプルな身体にあった白いシャツと黒いパンツだけなのだが。
唯一といってもいい利点としては安いこと。無限に金があるわけでもないし弟子にお金を使って上げたいし、今はこれでいい。
「でも、あの、それ………スパッツです」
「すぱっつ?」
「はい………見せる下着、みたいな」
「え、下着?一応店員さんは服だって言ってくれたけど」
確かにこの下何も履いてないけど、下着と一体化している服って言われてそのまま買ってきちゃったんだよね。
………あれ?これ騙されたのかな?
安いのは事実なので別にいいんだけどね。
「こ、今度一緒に服を選びましょう………!それもそれで可愛いですけど、あの。駄目です、それはだめです」
「だめ?」
「はい………駄目です。でもルートちゃんは知らなくていいです」
「おー、おう?」
若干俺の下半身に目が行っているナフェリアの言葉に首を傾げつつ、とりあえず買い物袋を綺麗になった机の上に置いた。
さてさて、料理を開始するとしようかな。前も言ったが俺の身体は不老不死なので栄養摂取は必要ない、というか植物の光合成に近い形で自動的に栄養が生成されるのだが一緒に食べること自体が大事なんだよ、こういうのは。
師匠と一緒に暮らしていた時もどんなに喧嘩しても食事だけは一緒に食べていたしな。
ちなみに植物に近いというだけで別に光合成しているわけでは無い。不老不死の身体は永久機関だ、心臓やら血液やら諸々が既に人間と同一のものとは言えないので、既存の動植物の生態法則からは逸脱している。
この身体は特に血液は特別性といえるのだが、まあそれはいいか。
「あ、そうだ。明日だけどバイト終わった後に街の外に出るつもりだけど、一緒に来る?」
「街の外、ですか?」
一緒に包丁を握っている隣のナフェリアに一応聞いておく。
「フィールドワークってやつだ。命核解者には研究材料が必要だけど、そのすべてを街の中で調達できるわけじゃないからな」
人によっては街では絶対に手に入らない材料を研究しているために、人の住む街から遠く離れた火山の中で暮らしている命核解者もいると聞く。
そういう人はパトロンもつきにくいので、東にいるという仙人のような生活をしているそうだ。
火山で手に入る物は硫黄を始めとした出回りにくい物質だ。もちろん金属なんかもある。
金鉱石なども手に入るが、ほとんどの命核解者は金よりもそこから得られるエリクシールに興味が移るので結局金鉱石が手に入ってもお金にはならない。こればかりは研究者の性というべきか。
「い、行きます………でも、街の外って………」
「ああ。危険な動植物がたくさんだ」
この世界には様々な動物が生きている。人間よりもずっと巨大で強力な力を持ち、魔術師よりも高度な秘術を操るものすらいる。
俺たち命核解者は自然由来物からエリクシールを摘出するのだが、悠久の時を経てもその手が回っているのは通常的に採掘や森の中から採集できるごく一部の素材に過ぎないのだ。
この街が外壁に覆われているその理由に戦争に備えるため、とあるけれどそういった危険な原生動物に対しての防護壁でもあるというわけだ。
原生動物………いや、動物だけじゃないか。原生生物もまた、この街の戦争相手になり得るってわけである。
「だから無理強いはしない、というか家にいてくれたほうが嬉しいかな」
俺は死んでも生き返るけど、ナフェリアは普通の人間だ。
尻尾を振るうだけで大木をなぎ倒すような生物もいる森に連れていきたくはない。
街の近郊や、街道整備されている周辺は伐採なども行われており原生生物の出現も少ないが、そのため命核解者の研究材料は手に入りにくいのだ。なので自然と、研究材料を集めるときは森の奥へと向かうことになる。危険度が跳ね上がるんだよなあ………奥に行けば行くほどにさ。
ちなみに魔女の森は魔女たちが自警しているため原生生物は少ない。いても殆どが魔女たちによって飼いならされている物である。
本当に長い時を生きている魔女は龍種を従えているというが、一体何をしたらそんなことが出来るのか。
「命核解者は皆さんがやっていること、ですよね」
「うん?まあな、弟子の時期以外命核解者は一人で研究するのが殆どだ。共同研究なんてそうはやらない」
どうせ研究成果を誰かが持ち逃げして崩壊するのが関の山だからである。
かといって疑心暗鬼になりながらの研究ではまともな成果が上がるはずもない。難しいものだよな、まあ命核解者そのものが面倒な人間ばっかりなんだけどな。
「なら………やります………連れていってください!」
「―――分かった。それじゃあ一緒に行こうか」
弟子の意思は尊重しないとな。
とはいえ………連れていくとなれば俺は俺で準備が必要だ。俺自身はともかくとして、ナフェリアを守るための最低限の装備がいる。
今シャツの下につけているベルトに入っている装備だけでは心もとない。
そもそもこれは対人用だからな。原生生物相手だと効果不足だ。いくつかの触媒と万物融解剤、そしてナイフを持っていけばとりあえず足りるかな?
………いや、足りるも何もそれが現在の俺の最大装備なんだけどな!
「んじゃーまー、今日の研究はお休みだ。命核解者の鉄則、フィールドワーク前は必ず睡眠をしっかりととること!眠気は判断能力を低下させるからな」
「わ、分かりました!」
「おう、いい返事だぞー」
なに、ナフェリアならすぐにフィールドワークのコツも掴むさ。
野生の生物を相手にする以上的確な思考と判断が求められるが、その点俺よりもナフェリアは優秀なんだからな。
と、話しながら料理を作っていたら飯も完成したことだし、テーブルについてと。
「いただきます」
「い、いただきます」
両手を合わせて、夕飯にするとしましょうか。