第六話 ~初めての労働!~
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「お嬢ちゃん、こっちにも酒だー!!」
「は、はーい!今お持ちします!?」
「この酒、面白い風味がして美味いんだよなあ………」
「バッカお前、やっぱりビールが最強だろ?」
「ワインもいいぜ?お、嬢ちゃんワイン追加で!」
「ワインですねー!」
「あ、オル………ルルさん、それは私が」
「ありがとうサツキちゃん!」
ああ、なんともこれは目が回るな!
そんなこんなで和装に身を包んだ俺は、サツキちゃんと一緒に店内を駆けまわり給仕係をしていた。
店内に並べられた机にはすでに多くの人が座っており、備え付けの座席では足りないので立ったまま、或いは簡素な携帯用の椅子に座っている人がいるほどの大盛況。それもその筈、このお店は数ある飲食店の中でも、異国のそれもあまり交流のない東の果ての料理が唯一食べられる場所として、第三外縁だけではなくこの街全体を通しての大人気店だったのだから!
ハナさんの伝手を使って仕入れた珍しいお酒なども基本はこのお店でしか取り扱っておらず、一度このお店の料理を食べればここでしか食べることのできないその品物の数々に魅入られ、リピーターになることは請け合いという。
「ハナさんが店に出てるなんて珍しいなぁ、なにかあったのかい?」
「ふふ、ルルちゃんは今日が初めてですから。いろいろと見てあげないといけませんし、その兼ね合いですよ」
「なぁるほど!にしてもあんな別嬪の嬢ちゃんどっからみつけてきたんだよ~?」
「それは企業秘密です♪」
ちなみにルルちゃんというのはこの店で働いている時の俺の偽名である。
いやほら、流石に本名で呼ばれ続けるのは色々と面倒になるしな。一応俺の名前は知っている人間もいるのだ。命核解者と公表はしていないが、それ以外の普通の生活では当然普通の人間と触れ合っていたわけであるし。
「白い着物が良く似合ってるぜ、ルルちゃん?」
「あ、はは………ありがとうございます」
「どう?お店終わった後、俺とデートでもしない?」
「え、遠慮しておきます………」
墨色で描かれた百合の花の模様が施された、白色の和服が揺れる。裾の方は蒼色にグラデーションしていっているそれは、確かにハナさんやサツキちゃんが見立てて着付けてくれたおかげで俺の身体に完璧にマッチしていた。
帯の色は俺の髪と同じ深い翠色だ。なお髪はサツキちゃんからもらった玉簪できっちりと結わえられており、そうだな………それこそ三人並べば髪色や瞳の色こそ違うが姉妹のように見えるかもしれない。
―――と、そんな事実はさて置いて、俺はこうしてここで給仕係をしているわけなんだがどうも厄介なことがさっきから何度も起こっているのである。
「いいじゃんかよ~?な、折角美人なんだから楽しもうぜぇ!」
それが、これだ。
俗にいうナンパってやつなのかね、でも俺は男なんで。というかそもそもヴィヴィという心に決めた女性がいてだな………というわけで応じないようにしているんだがどうも懲りずに何度もナンパされるのだ。
一応俺は雇われの身なのであまり失礼にならないようにしているんだが、もしかしてそのせいで本気で拒絶してるって思われないのか?でもなあ、このハナさんの経営しているお店”花鳥風月”の看板に泥を塗るわけにもいかないし………。
どうしたものかなあ。愛想笑いを振りまきながらそんな風に思考していると、後ろからすっとサツキちゃんが現れた。
「ごめんなさいお客様。当店では従業員への限度の超えた声掛けは遠慮してもらっているんです」
「つれないこと言うなよサツキちゃん~!」
「ふふ。駄目なものは駄目ですよ、お客様」
軽く言いくるめると、俺の手を引いて移動する。
流れるようなその動きや言いくるめ方を見ていると、流石ハナさんの娘さんだよなぁと納得する。
机の上を片付けながら一旦厨房に戻ると、お客さんから見えない場所に行ってからサツキちゃんに「いいですか?」と簡単なお説教を受けてしまった。
「ルルちゃんは無防備すぎます。だからああやって声をかけられるんですよ?」
「無防備………かなあ。一応急に襲われてもいいような心構えはしてるんだけど」
「そうではなくてですね………あの、女性として無防備といいますか………」
「女性として?」
身体全体を横に倒して言葉の意味を探る。
………いや、俺は女の子じゃないしそういう気持ちというか仕草は分からないからなあ。
女性らしくないといえば確かにその通りなんだけど、それと無防備とはどんな関係があるんだろうか。
ようは無駄に男っぽいだけの女ってわけでいいかえれば女性らしさがないだけだろ?だったら寧ろ声をかけられないと思うんだが。
「そうです!ルルちゃん、ちょっと給仕している時の動きを思い出してみてください」
「動きかあ。いや普通に食器持ってオーダー受けて、片づけてまたトレイを置いて………その位だよ?」
「………お客様が箸とかフォークとか落とされた時、そのまま拾ってましたよね」
「え、うん。そりゃ拾うでしょ」
「胸元、ばっちり見られてましたよ?」
「―――え?」
和服の胸元はきっちり閉じられているにせよ、真上から覗けば多少は見えてしまう。給仕仕事で動き回れば帯も緩むし、乱れもするわけだから当然、最初に着付けた時よりもそういった露出は増えているものだが………え、見られてたの?まじで?
「他にも男性のお客さんと距離近いですし」
「ふ、普通に働いてただけなんだけどなあ………?」
いやそりゃあ、元が男ですしちょっと男同士の距離感とかそういうになっちゃっている可能性は高いけど。
それにしたってそこまで無防備すぎとか言われるほどだっただろうか?
「よく考えてみてください、ルルちゃん」
「は、はい」
「とっても可愛い女の子がですね」
「うん」
「無邪気にとても近い距離感で話しかけてきたり、触れ合ったりして来たら男の人としてはどう思いますか?」
「え?えっと………」
ちょっと想像してみる。
ふむふむ、美少女が無邪気に近くに来る、或いは手を握られるという状況か。男としてはそりゃあまあ、嫌な気持ちはしないに決まっているしそれ以上にあの子誘ってみれば乗ってくれるんじゃないかとか、そういう邪な気持ちを抱く可能性だってある………え、つまり俺がそういう状況になってたってことか?
確かに俺の身体は絶世の美少女であるヴィヴィを参考にしたため美少女と称されるのはまあ当たり前だろうけど―――見た目は仕草を超越するのか?!
「違いますよ、ルルちゃん」
「あ、ハナさん」
その場所にハナさんも合流してきた。あれ、今日は俺怒られたり注意されまくってないか?
「今のルルちゃんはとっても男性にとって魅力的に映っているのですが………無防備すぎて獲物のように見られているんです。小さな仕草一つもまた、警戒がないようにしか見えないんです」
「え、獲物?!俺が」
「こほん」
「わ………わたし、が………?」
「ええ」
よくできましたといわんばかりににっこり微笑まれた。
仕事中は俺はルルちゃんなので、俺と自分を称するのは禁じられているんだよな。わたしで一人称を固定しているんだが、どうもなれなくて動揺したりすると素が出てしまう。
それはさておき、無防備な上に無警戒に見える、か。だからいろんな人に声をかけられる………と。
「ルルちゃんはもっと女の子の仕草をするべきです」
「わ、わかりました」
「それは勿論普段から、ですよ?」
「え」
「当たり前です。だってルルちゃん………オルトルートさんは既に女の子になっているんですから」
「う………」
その通りではあるんだけど、実際にそういわれるとちょっと困る。
あくまでも俺は研究と目的の達成のためにこの姿になっただけだ。まあだからといってハナさんのいうことは全て正しいんだが。
過程はどうであれ、俺は女の身体を得ているという事実に変わりはないのである。
でも、あれだ。その、急には無理なので。
「少しずつ、教えていただけるとウレシイデス………」
「ふふ。はい、もちろんです。サツキと一緒に女性の先輩としていろいろと教えてあげますね?」
少し悪戯っぽく笑うとハナさんは俺の額に軽く口づけをすると、背中を優しく押す。
そろそろ仕事に戻らないとだもんな、結構話し込んでしまった。奥の方でおっちゃんがそろそろ料理の置き場がなくなって困り気味だし。
女の子らしく、か。努力してみるかなあ。
簪で結われた髪をなんとなしに弄ると、下駄を履いた足元を見る。歩幅とか、今まで気にしたことなかったな。
和服で大股歩きなんてすればそりゃあ、無警戒とか言われるか。この服装、スリットみたいになるくせに下着はあんなだしな。
ははは………思い出したらスースー感じてきた。これならもう大股歩きとかはしなくて済みそうだ。
「ルルちゃーん!休憩終わりですよー!」
「はーい、今行きます、サツキちゃん!」
とまあ、そんなわけで。心機一転、というのもおかしいが、まあ身体に合わせた生活を少しはしてみようと思ったのである。
確かに、目立つのは困るしな。命核解者は戦闘にも戦争にも慣れているわけでは無いのだ、目立ちすぎて師匠みたいに転々と拠点を移す生活になっては色々と台無しである。それにあまり要領が良くない俺は、移動しながら研究とかできる気がしないし。
………ふう、学ばせてもらうとしましょう。女の子ってやつを。童貞だった俺が女の子の何たるかを、女性の身体になってから知ることになるとは変な話だなぁ、などと思いもするけどな。
さて、じゃあ仕事に戻るか。いろいろあったが今日のメインはそっちだしな!
頬に両手を当てると、軽やかにホールへと戻る。残りのバイト時間も頑張るとします。