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第六十一話 ~見分~




***




窓の上を雑巾が滑る。反射した風景が、その中に映る人々が、俺の視界に間接的に入ってくる。

うむ、俺の見た目が麗しいものであるという自覚は、ある。

なにせこの身体は俺の初恋相手を模したものなのだから、そりゃ当然美人だし、綺麗である。翠の髪はエプロンドレスとしっかりとマッチしているし、スタイルも整えてあるのでそのドレスの短い裾も、長い足をきちんと強調する、魅力ある服装へと変えている。

だがしかし………というより、だからこそというべきか………。


「………見るなよなぁ………」


視線が集まってしょうがないんだよなぁ、と。

王の笏にて業務を行う貴族たちは選りすぐりの優秀な人材であり、選ばれている以上は人数というものは絞られている。だが、一つの巨大な都市を運営するにはある程度のマンパワーは必須であり、それを確保するために王の笏の貴族たちの数を一定比率以上に減らすことは不可能である。

つまり、だ。廊下を歩いているだけで様々な貴族とすれ違う程度には、この王の笏の中に貴族たちが存在しているわけである。


「あー、うん。死ぬほどうっぜぇ」


人が掃除している横をチラチラを視線を向けつつ歩いていく貴族たちに対して、思わずそうぼやいた。もちろん声が聞こえてしまうようなミスは犯さないものの、心の中だけで収められない程度には俺の忍耐力は限界を迎えていた。

元々、俺は貴族というものが嫌いである。今回の標的であるOBのように、かつて敵対した存在―――即ち錬金術師が、古き王国から爵位を賜った存在であるが故に。

………まあ、まだ花を渡されていないだけマシというべきか。

唾を付けるのが夜這いの直前だけ、という事はあり得ない。気に入った女性がいたとしても、身体が空いていなかったら単純に時間を無駄にするので、そうならないように予め花を渡しておき、身に付けさせておくことで今日はその女性は予約しましたよ、と周りの貴族に知らせるわけだ。

ここは娼館かよおい。


「よい、しょ………」


それにしても、王の笏の窓というのはとにかく大きい。横にも縦にも長いため、普通に仕事をするだけで重労働だ。さらにはそんな窓が大量に存在しているのだから、ただ掃除をするだけでもとても時間がかかる。

OBを探すという本題を達成するためには王の笏の中をなるべくたくさん移動する必要があるため、そう言った観点ではこの掃除は有益なのだが、普通に疲れるんだよなぁこれ。

因みに、現在時点で既にOBの痕跡はいたるところに存在している。死者の眼球、つまりは死者の記憶。より細かく言えば五感情報を認識することのできる目で王の笏を見聞すれば、OBが我が物顔でこの王の笏の中を出歩いていたことが予測できた。

よくもまあ、己の欲望のためだけに手を血に染めたような奴が、人々を管理し、街を守るこの中枢の中で何も思わずにいられるとも思うが、錬金術師なんてそんなものなのかもしれない。

少なくとも、俺が知っている錬金術師は全員糞である。性格は悪いし人格は破綻しているのだ。


「貴族が来たぞ。お前の下半身に随分と目を向けているようだ」

「マジですか」


髪の内側で羽を休めている………という表現があっているのかは分からないが………師匠が、俺にそう知らせてくれた。

窓の反射を利用して背後を見れば、成程確かに一人の貴族が接近しているのが分かる。懐に手を入れ、花を取り出そうとしているのも見えた。

死者の眼球で貴族を見て―――シロだ、あのはげちゃびんは只のおっさんである。ということで、よし。逃げよう。

掃除用具を持ち上げると、全速力でそこから離脱した。


「あ、ちょっと?!!?」


貴族が不意を突かれて声を上げるが知ったことではない。そのまま貴族から発見されないところまで非難すると、相変わらず鳥の姿のままの師匠が面白半分に呟いた。


「なんだ、一度抱かれてみればいいだろうに。それも経験だぞ」

「死んだほうがましです!」


いや、俺は死ねないけどな?物理的に。






***





などという事が何度が続き、気が付けば夜。

マジで王の笏の貴族共は猿しかいねぇんですかね。いろんな奴らが接近してきやがるのでその度に逃走を繰り返し、後半は殆どマラソン状態になっていた。たまに女性貴族もやってくるのも意味が分からん。いや………まあ、ライフェンブラーは師匠と同じで両刀だし、個人の趣味嗜好にとやかく言うつもりはないが、俺を巻き込まないでくれという話である。

俺には初恋の相手がいるので。


「ふわぁ~………」


欠伸を一つ。さて、夜は夜でも深夜ではないのが残念な所だ。つまるところ、仕事はまだ続く。

王の笏の中であっても、夜は寝る時間であるというのは原則だ。だが、解決しなければならない案件等があれば夜を徹して会議等を進めるという事も間々あることである。

その場合、侍女の仕事は夜食を配膳したり、或いは作ったりと様々だ。王の笏の貴族の仕事が長引けば、その分侍女の仕事も増える。場合によってはその後に夜伽を行うこともあるので、結局寝れないという場合もあるそうだ。

侍女は無数にいるので一人くらい休んでても何も言われないが、多くの侍女にとって雑務を行う場所というのは自信をアピールする場であるため、休みたくはないらしい。

ここで見初められることは俺にとっては幸福ではないが、他の人にとっては幸福な場合もあるという事だろう。それもまた、個人の幸福追求の方法の差でしかないので、細かく言う事でもない。

そんなことを考えつつ、ガラガラと音を鳴らすキッチンワゴンを押していると、大きな扉の前へ到達する。建物内で最も荘厳な装飾が施された扉があるここは、俺たちがライフェンブラーに見つかって最初にやってきたあの大議事堂だ。


「失礼します」


三度、ノックをして扉を開ける。中から漂うのは煙草の匂い。視線をぐるりと回せば、貴族たちが大量に席に座っているのが見えた。


「万麗華の栄養剤か………使いどころに悩む品物だな」

「栄養剤というよりは土地の改造剤に近い。しかし、量はあまり取れていない以上、能率を意識しなければ………」

「重要な穀物の栽培に限るべきだろう。以前命核解者が品種改良した麦があったな」

「あれは駄目だ、味が悪い」


………題材に挙がっているのは俺が渡した万麗華か。

万能栄養剤、土地を豊饒なる神の胎内に作り変えるとまで揶揄されるそれも、無限に量がある訳ではない。そしていくら強力な原生生物から作り出された薬剤であっても、俺の身体のように永遠に消えることのない不老不死ではない以上、やがて効果は切れる。

どうすれば最も街の利益になるのか。それをしっかりと吟味する必要があるのだ。


「おっと、いけないいけない」


貴族たちの姿など見ている場合ではなかった。いや、貴族の仕事を見るのは俺の仕事でもあるんだが………より正確に言おう。死者の眼球で貴族たちを全員確認するのが俺の仕事だ。

死体を継ぎ接ぎして人間を作ろうとしているやつのことだ、やろうと思えば変装のために貴族一人を始末して、その皮を被ることもできるだろう。警戒するに越したことは無い。


「水で薄めた葡萄酒です。脳を回すための簡素な菓子もお持ち致しました」

「ん、ご苦労―――おや、君は」

「ではええそれでは」


お酌をしつつ、確認して、離れる。口説かれないように高速で。

そしてキッチンワゴンの中身がなくなればそれを補充し、再び確認作業を行う―――全てを確認し終わったとき、深夜二時を回っていた。


「ふぅ………」

「お疲れ様、オルちゃん。今日はもう上がっていいわよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「貴族様たちはまだ続けるようですけどね」

「そうみたいですね、あはは………」


この口調慣れないなおい。

多分、口の端が少しひきつっているがまあ、問題はないだろう。

それにしてもオルちゃんかぁ。ライフェンブラーのやつ、適当な名前で突っ込みやがったな?

今も大議事堂で仕事中のライフェンブラーの方に視線を向けると、まあいいかと首を振った。

さて、現在議事堂に集まった貴族の中にOBは居ないことは確認した。その顔も全部覚えた。声や振る舞いも、記憶済み。

今日は寝て、また明日から尻尾を掴むために肉体労働に励むとしようか。

………そんなことを考えつつ。身体をぐいっと伸ばすと、俺は寮へと向かっていった。








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[一言] 神回避やな
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