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第五話 ~ドレッシングルームでの攻防!~




***



昨日貰った地図を頼りに第三外縁の”猫の休息”へと向かって見る。この”猫の休息”という場所は他の外縁と行き来するための大門の近くにある大広間だ。

知っての通りこのフェツフグオルという街はいくつもの外縁と呼ばれる円形の街が複数個密集して成り立っている街だが、街と街の間には壁があり、そして門があるのである。

壁の高さは内縁に近づけば近づくほど高くなるのだが、第三外縁程度であれば大体家ほどの高さでしかない。

ちなみに壁自体は命核解者の技術を応用して作られているため、物理的破壊は困難である。こういう所が戦争に備えて作られているということを理解させるよな。

旧第六外縁は例外的に、最も外側であったが故に都市の盾としての巨大な壁があったようであるが、今ではその影もなくすっかりと崩壊している。

と、話が随分と飛んでしまったな。

そういうわけで外縁には他の外縁とを結ぶ大門があるわけなのだが、街というものの性質的に門の近くは人通りが多く、それ故に様々な店が乱立するのである。

同じ街である以上は他の街でいう所の土産物の店などは少ないのだが、その代わりに最も多く軒を構えるのは数多の飲食店だ。

ハナさんのお店もまた、その例にもれず飲食店のようで。この街では珍しい、異国情緒に溢れた木造の建物であった。

木の格子に紙が貼られた横開きの扉に、暖簾と言ったか………旗のような、垂れ幕のようなものがつっかえ棒で取り付けられている店構え。俺の訪れる時間を予測していたのか、既に和服に身を包んだハナさんが外で俺を待っていてくれた。


「ふふ、ようこそおいでくださいました、オルトルートさん」

「いや、こちらこそ。今日はよろしくお願いします」


予定時間より少し早めに来たのだがそれすら理解されていたらしい。挨拶を返すと、扉の前に置かれた準備中という看板に目をやった。


「やっぱり飲食店系のお店なんですね。なにやればいいでしょうか、厨房ですか?」


一応料理なら少しは出来るが、まあまずはあれだよな。えっと、そう皿洗い!

バイトの鉄則、下っ端からスタートってやつだ、うんうんちょっと面白そうである。

胸元あたりまである自身の髪を適当に後ろで縛ると、すっかり厨房担当するつもりでハナさんの次の言葉を待っていたのだが、にっこりと笑ったハナさんは淑やかな口調のままで、


「いいえ。違いますよオルトルートさん」


と、否定の言葉を発したのであった。

………うん?あれ、おかしいな。否定されたぞ。

ちょっと困惑していると、黒を基調とした素材の上に水の模様が描かれている和服の袖から見える、白魚のような指が俺の手を優しく掴んでお店の中へと引き込んだ。

ぴしゃりと音を立ててきっちりと閉まった扉の内側は、深い焦げ茶色の机がいくつか並んでいる簡素な内装であった。

しかし、小さな木………盆栽だったか………が並んでいたり花が生けられていたりと内装も外装と同じように異国情緒に溢れていた。

窓も円形の窓に木の格子が嵌められていたりと、より正確な言葉で表すならば質素ではあるがあまりに華美ではないという感じだろうか。

事実装飾の数々は多量にあるというわけでは無い。ただただ、配置が絶妙なのだ。

お店の奥にはカウンターがあり、厨房が見えるようになっていた。そこでは頬に切り傷のあるガタイの良いおっちゃんが焜炉の前で鍋やフライパンを振るって調理をしていた。


「こちらです、すでに用意はしていますから」

「え、用意って………?」


厨房の中の扉を通ると、さらにお店のバックヤードへと通される。

命核解者の技術によって冷蔵保存されている食材が置いてある倉庫や休憩室を通り過ぎていくと、最後に辿りついたのはドレッシングルームだった。

男女に分けられているその部屋を、迷いなく女性の方へと案内される………ってちょっと待った!!


「ハナさん、待って俺は男!女性の方に入るのはまずいでしょ!」

「何を言っているのですか、オルトルートさん。今の貴女は可愛い女の子なんです、男性の更衣室に通せるわけがないでしょう?」

「いや、可愛い女の子姿だっていうのはまあ分かるけど!」

「初恋の女性の姿ですものね、ふふ。でしたら尚更に男性の前に姿を晒すのはよろしくないのでは?」

「そ………う、ですけど………」


駄目だ、そもそもハナさん相手に口で勝てるわけがなかった。


「………初恋相手は大事ですもの、ね。ですけれど、もう少しだけ貴女は周りに目を向けてもいいかもしれませんよ?」

「え、それってどういう………」

「なんでもありませんよ、ふふ。では納得していただいたことですし、まずは―――着替えましょうね」

「は、はあ」


決して納得したわけでは無いけれど、確かにヴィヴィの身体を他の男の前に晒していいのかと言えば答えは否、否、否である。

正確にはヴィヴィの身体をイメージして作った、よく似ているだけの身体だけどだからこそ、いろんな意味で恥ずかしいしな!

ところで周りに目を向けるというのはどういうことだろうか。うーむ、分からない。


「あ、いらっしゃいオルトルートさん!」

「サツキちゃん。今日はよろしくね」

「は、はい!ふふふ、オルトルートさんと一緒に働けるなんて嬉しいです!」


ドレッシングルームに入ると、中には相変わらず綺麗な蒼い瞳をしたサツキちゃんが待っていた。


「………ところでなんですけど、その服は………?」

「え?いつも通りの服だけど、どうかした?」

「………あの、性別にあった服とかは揃えてないんですか?」

「あはは、ないよないない、別に着れればいいからなー」


俺のそんな言葉を聞くとがっくりと肩を落としたサツキちゃん。何故に?

隣のハナさんも少しばかり苦笑しているようであった。


「………さ、ではオルトルートさん」

「はい」

「その服を脱いでください」

「あ、分かりました」


着替えって言ってたもんな、ということで紐を緩めると纏っている服を適当に脱いだ。

脱いだ服はハナさんが手早く回収して綺麗に畳んでくれていた。立ったまま綺麗に服をたたむのって難しいと思うんだけどなぁ。

全部脱ぎ終わって下着姿になると、親子二人の挙動が凍り付いているのが分かった。


「オルトルートさん」


流石に身を守る装備は外せないのでベルトを調整しようとしていると、抑揚の少ない声でハナさんが俺の名前を呼んだ。

そちらに顔を向けると、笑顔のままぐいっと顔が近づいてきた―――って近い近い!ただでさえ美人な女性だというのにこんな間近に来られてしまっては心拍数が爆上がりしてしまう!


「体に合った下着は、どうしたのですか?」

「下着………?いや、別にいらないかなって………」

「そんなわけないでしょう?上に至っては着けてすらいませんよね」


これは、俺なんか怒られてないか?


「私たちのような和服ならば下着を付けられない場合もあるでしょう。ですがオルトルートさんは普通の服を着ています。なのに下着をこんな雑にするとは何事ですか?」

「あ、え、ごめんなさい」

「………まあ、今は良いでしょう。サツキ、裾よけと襦袢を持ってきてください」

「うん、お母さん」


よく分からないが、とりあえずは落ち着いたらしい。一旦保留になっただけな気もするが。

サツキちゃんに指示を出したハナさんは、ドレッシングルームの横にある木製の物入れ………確か異国の箪笥とかいうものだったか………の引き出しを開けると、前腕全体を覆う大きさの巨大な籠手のようなものを取り出した。


「装備はこちらに移して頂けますか?」

「―――まさかこのベルトの代わりを作ってくれたんですか?!」


俺のみを守るための道具の数々は腰のベルトに装着されている。

ベルトには小さな鞄のようになっている場所やフラスコや試験管を取り付ける箇所があり、薬品や研究成果の道具類をそうやって持ち運べるようにしているのである。

ハナさんが持ってきてくれたものはそのベルトにある機能がそっくりそのまま腕に移されており、日常的に使ってもいいであろう程の完成度の高さだった。


「簡素なものではありますが、オルトルートさんに何かあってはサツキも悲しみますから」

「ありがとうございます!」


お礼を言うとベルトを外して試験管や鞄の中に収められている石などを籠手へと収納する。

手は自由に動き、動きは束縛しない………凄い、なんという扱いやすさ!


「お母さん持ってきたよ」

「助かります、サツキ。では―――」


籠手を眺めて浮足立っていると、白い服のようなものを持ったハナさんが笑みを深めて信じられない言葉を発した。


「下着も脱いでくださいますか?」


ぴきり。擬音として表すならそんな音だろうか。

籠手を眺める姿勢のまま、俺の身体は有名な研究成果である冷凍液につけられたかのように停止する。


「これは肌襦袢と裾よけというものです。私の国の下着ですね」

「………上はともかく、下はもうそれ何も履いてないのと変わらないのでは?」

「ふふ、ふふ、ふふ。そんな下着よりはましですよ、オルトルートさん」


そんな下着呼ばわりされてしまったが、これでもまだズボンのようなものにはなっているのだ。

ハナさんが持ってきた裾よけ………あれ、ただ腰に巻き付けるだけだよな、そんなの下から覗かれたらもろ秘部丸見えだよな!?

………あれ?もしかして何だけど、今和服を着ているハナさんとサツキちゃんってもしかしてノーパン………っておいおいおい、恩人とその娘さんにそんなことを考えてはいけないだろ俺の馬鹿!


「さあ、早くしてください。そろそろお店の開店時間です、少しばかり覚えてもらうこともありますからあまりここで時間を浪費することは出来ません」

「いやいやいや待ってくださいって!というかなんでその二つを着る必要があるんですか!」

「和服を着て貰うからですよ」

「ちょ、ええええ?!!?!」


着替えって、和服に着替えさせるつもりだったのか!?

確かにヴィヴィに和服を着て貰う妄想なんかをしたことはあったけど、あくまでもそれは”ヴィヴィが”の話。

如何に女の子の身体に変わったからと言って俺自身がそれを着ることになるなんて欠片も想定していない!というかお洒落とかする気もなかった!何故って、そりゃあ俺は男だから!!

無意識に後退する俺と、距離は取らせないとばかりに近づくハナさん。


「サツキ、着替えを手伝って上げてください」

「………わ、分かった!」

「ま、ちょッ!?」


ハナさん譲りの滑らかな挙動で俺の背後へと回り込んだサツキちゃんが俺の下着の紐を解く。もともとが男物を無理やり付けていたものだ、それだけですとんと小さな音を立てて落下してしまう。

かといって二回りほども年下の少女に乱暴することも出来る筈がなく………そもそも腕力も足りてないんだが………サツキちゃんになすがままにされる。

落ちた下着を拾って上にあげようとしたら、サツキちゃんが俺の背中を指先でつつつ、となぞり始めた。

身体に微弱な痺れが走り、手の力が抜けて掴んでいた下着が再び落下してしまった………あの、目の前のハナさんに全部見られてるんですけどッ?!


「う、うわぁ………凄い滑らかな肌です………身体も未成熟だけど均整がとれてて、それにすっごくいい匂い」

「ひゃうん?!ちょ、ちょっと待ってサツキちゃん、首筋に息吹きかけないで………力が抜けるから………!」

「お尻も柔らかくて、あ。意外と安産体型なんですね」

「うぅ、んっぁ?!」


指先が臀部を優しく、触れるか触れないかの強さで摩られて今度完全に力が抜けてしまった俺は、サツキちゃんにもたれかかるような態勢で倒れ込んでしまった。でも体格的には前ほどの差がないため、倒れ込んでも普通に支えられてしまった。

形としては腰が砕けて内股になっていて、傍から見れば元男であるとわかる人間なんて誰もいないであろう格好。う、恥ずかしすぎるだろこれ………。

そしてその姿勢が崩れた隙にハナさんが俺のぶかぶかの下着を足から取り去ってしまった。


「あらあら、オルトルートさん顔真っ赤ですよ。とても………色っぽいです」

「~~~~!!!」


へ、変なことを言わないでください!?

しかも耳元へ囁きかけながらの言葉だ。ますますへたり込んでしまった俺に、もうこれ以上抵抗する手立ても力もなかった。

サツキちゃんに支えてもらいながら立つと、ハナさんが慣れた手つきで異国の下着を俺に纏わせる。

若干透けた素材が身体を包むが、そのあれだ。女性は見せるのに抵抗がある上半身の部位は色合い的に見えてしまっているので、かなり羞恥を煽られる。


「どうですか?きつくないですか?」

「スースーします………」

「ふふ―――我慢してください」


………意外と、ハナさんってSっ気があるんだよなぁ、昔から。

白い素材の上から胸元を抑えると、溜息を吐いて座り込む。まあ、分かってたけどね。

俺はハナさんには頭が上がらないし、この人は俺より何枚も上手なんだ、抵抗したところで抵抗しきることなんてできる筈もない。

諦めて為すがままにされるのが一番心への被害が小さいんだろうなぁ。

ハナさんを見上げると、小さな苦笑を浮かべつつ恥ずかしさで顔を赤くしながらこれだけは言っておかないとと声を発した。


「………優しくしてください、ね………?」


―――なぜか、その後二人はとっても俺に優しく接してくれたのだが、なんでだろう。

女の子の心というものはよくわからないなぁ。








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