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第五十七話 ~壮麗門を超えて~



「じゃあ、手筈通りに―――任せた、ナフェリア」

「は、はい………行きます………!!」


壮麗門近く、人通りのない裏道。

暗い影落ちるその道の中、俺の言葉に頷いたナフェリアが深く息を吸う。そして一瞬だけ、彼女の体表に紋様が浮かび上がった。

これこそが魔術の発露だ。全ての魔術師は、魔術という現象を己の腕を振るう事と同じように為して見せる。当たり前だ、魔術師たちにとっては瞬きすること、呼吸することと魔術を扱うことは同一なのだから。

俺には感知できない力がナフェリアの身体を駆け巡り、循環する。不可視の力によって、物理現象や法則を捻じ曲げる力が生み出される。


「優れた魔術師は、強力な魔術を扱う際に身体に刻まれた紋様が体外に浮き出ることがある。我々非魔術師が魔法陣と呼ぶものだな。実際は臓器が体外に出ている状態に近いわけであり、想像するような円形の模様が描かれることは少ないが、それだけの複雑精緻な魔術神経を備えているという証拠でもある。君もきっと、その境地に至るだろう」


魔術の効果範囲内に収まっている師匠が、解説するように語る。

魔力を大量に流し込んだ場合、術式神経である紋様が浮き出ることがあるというのは説明した通りだが、その紋様が身体に収まらないほど複雑で、長く、細かい場合魔術の発動時に肉体の外に逸脱するのだ。

術式神経を魔力が循環し、その結果によって現象を引き起こすのが魔術である以上、効果の大きなものや種類の様々な魔術を扱うことが出来る魔術師の紋様はそれだけ長大なのである。

継承式の術式神経は代々の成長率が乏しいが、個人で持つ術式神経はその世代の中で才覚によってどこまでも伸ばすことが出来る。長く生き、鍛練を続けた魔術師が強いのはそれ故だ。

さて。とはいえ今回の魔術は、ただ単に―――師匠の姿を別のものに変えるだけという、非常にシンプルな術式である。しかも古くからある解呪不可能な呪いのようなものではなく、術式を掛けられた側の任意で解けてしまえる簡素なもの。故に、変容は一瞬で終わった。


「………ほう、喋れはするのか。いい術式だ、オルトルート。そしてよくやった、ナフェリア少女」

「い、いえ………」

「見た目の変容は物質の作り替え―――俺たち命核解者の領分に近いですからね。知識が被っているから付属の効果も付けられる。理解こそが発明の礎ってのは何でも変わりません」


問題はそれだけ頑張っても、俺本体だけでは魔術が使えないことだが。魔術に関してはもう、才能が欠如していたらどうしようもないんだよなぁ………先天的な要素が強すぎる。

それにしても、だ。白い小鳥の姿になった師匠というのは、どうにも強い違和感が生じるなこれ。


「この翼は本物の鳥準拠か?」

「そりゃあ勿論です。一応命核解者の端くれですよ?鳥の解剖やら研究やらはしています」

「ならば飛べるわけだ。うむ、実に良い」

「普通は本物の鳥と構造一緒だからって急に飛べないんですよ、それ………まあいいや。ナフェリア、よくやったな!!」


普通に飛び始めた師匠は放っておく。この人、普通に頭が良すぎる。

少し背伸びをして、肩で息をしているナフェリアの頭に手を伸ばして俺の胸元に持ってくると、そのまま撫でまわす。疲れているのは初めて魔術を使用したためだろう、魔力を使うというのはとにかく疲労感が発生するものだとは知識として知っている。勿論、魔術を使い続け、魔力の精製、循環や術式神経の励起に慣れてくれば疲労感は軽減されるらしいが、そもそもとしていきなりぶっつけ本番で魔術を成功させるという事実自体が有り得ないことである。

天才ってのはこれだからなぁ、凡人の努力なんてものを意識もせずに乗り越えて見せる。本当に………興奮する。


「今はまだ疲れるだろうけどな、そのうち自在に術式効果を使えるようになるからな!!」

「………頑張って、訓練、します………」

「おう!!―――俺よりも適した先生も、来るはずだから。大丈夫だ」

「………?」


首を傾げるナフェリアに淡く微笑みかけると、改めて壮麗門の方角を仰ぎ見る。

この都市において最も強固で、最も高い最後の砦。フェツフグオルという街の頭脳を守護する、読んで字のごとくの要塞だ。

………まあ、あくまでも要塞とは物理的な衝撃しか防げないのだが。


「それじゃあ、行こうか。俺も少しだけ………まあ、演技ってやつをしないとだな」


この性格、口調のまま第一外縁に侵入するわけには行かない。慣れてはいないが、露呈しないための手段は講じないとな。

折角、弟子に魔術を使ってもらったのに師匠のせいでその苦労が水の泡になってしまっては、合わせる顔がなくなっちゃうだろ?





***






「初めまして。私は見ての通り商人―――単刀直入に言うけど、第一外縁の首脳陣、貴族たちに用があるの。どいてくれるかしら」


翠の髪を短く縛り、フードの中へ。体には獣の革のローブを纏う。手元には中型サイズのトランクと、括り付けられた鍵の開いている鳥籠。

この全て、当たり前のように命核解者の技能を用いて加工した製品だ。

原点に錬金術師としての形態を持つ命核解者にとって、本質を追求しない物質の単純な構造変換、加工というのは当然持ち合わせる技能なのである。全部溶かしてエリクシールを取り出すだけが命核解者じゃないのだ。


「この娘は私の弟子。いい才能を持つわ。まあ、貴方たちにとってはどうでもいいことだけど。さあ、どいて。私たちを中に入れなさい」

「………なんなんだ、この娘たち………」

「あのなぁ。第一外縁、壮麗門の中っていうのはこの街を支える重鎮たちの領域なんだ、素性の知れない人間を入れられるわけないだろう?」

「この街の貧困を解決する手段を持っているとしても?」

「………具体的に聞こうか」


壮麗門となれば、こうして門番がいるものだ。しかも他の外縁接続門とは違い、壮麗門に詰める衛視たちは皆がエリートと呼ばれる、その実力を見込まれて働くことが許されている存在である。

目を細めつつ、俺たちの前に立つそんな二人のエリート衛視の胸元を確認した。

―――胸元に光る金色のバッジ。あれは緊急事態が起こった際に騒音を発し、仲間を呼ぶ警報装置だ。着用者の心音と連動しており、死亡等の重大事件が起こった際には自動で発動、そうでなくとも任意に音を発せられる便利な道具である。

内部に込められた二種類の溶液が混ざることで音を発するという構造だが、その溶液の仕切りの仕掛けに、振動を繊細に感知する”鉄髭鯰”の感知髭が用いられているのだ。微細な振動や異常な振動を事細かに計測可能な素材を使用しているからこその性能であり、それと同時に阿呆程高い道具である。

優秀な彼らは元の姿の俺や師匠の容姿は頭に入っているだろう。バレれば即座にあのバッジを使われ、俺たちは強行突破に頼らざるを得なくなる。ここはきっちりと、プレゼンテーションを成功させないとな。


「このフェツフグオルより遠く離れた外縁都市、ヘントルクトール。その街にかつて、とある強力な原生生物が来襲したのを知っているかしら。もう十年以上前のことだけど」

「………いや。ヘントルクトールなんて、六百キロ以上離れた遥か彼方じゃないか、そんな街とは交流がない。第一、深部の森に近い外縁都市は一夜にして滅びることも往々にある、一々把握などしていられない」

「まったく、情報の遅い事。まあいいわ―――原生生物の名は、”万麗華”。地中の養分を吸い、どこまでも咲き誇り続ける巨大花」

「”万麗華”だって?!厄災レベルの大怪物じゃないか!!!」


………”万麗華”。

俺の身体のベース(・・・)を構築する要素の一つでもある、無尽に咲き続ける怪物花。

血でも水でも、溶岩ですら。液体であればそのほぼ全てを取り込み、養分に変換できる特殊な根と、太陽から得られるエネルギーを糧に五枚の葉をどこまでも伸ばし続ける、成長しきれば街一つと同じ大きさを持つようになる強力な原生生物である。

成長した葉からは花が咲き誇り、己の種の媒介者を呼び寄せるというのは通常の植物と同じなのだが、この万麗華の恐るべきところは植物自身が持つ強靭な再生能力である。

葉の一本、根の一本が残っていればたちどころに成長し、元の巨大な体躯を取り戻す強靭な生命。万麗華の根が張ればその地は人が住めなくなると言わしめる、新緑の化身。

………この再生能力、エリクシールとして取り出して植物に組み込めば、さてどうなるだろうか。


「その”万麗華”を用いた薬剤があるわ。詳しくは企業秘密。だけど、見逃す手はないわよね」

「―――いいだろう、入れ。だが、監視は付けさせてもらう」

「勿論。好きにしなさい」


―――こうして、まずは壮麗門の内側へと入ることに成功した。

まだ気は抜けない。こいつらはどうにもなるが、ライフェンブラーと出会う事だけは避けなければならない。あいつの頭の回転は天才的だ、見つかれば即座に看破されるからな。

厄介なことだが、まあ頑張るしかないだろう、凡人としてはな。

いや、それにしてもこの口調………ヴィヴィの物真似なんだけど、疲れますね?



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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィヴィちゃんて偉そうな言葉遣いしてるんだなぁ
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