第五十一話 ~フェツフグオルの弱点~
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第二外縁、仮宿。
三人で泊まり込んだ小さな部屋の中で、俺たちは顔を突き合わせると会議を行う。
「という訳で!師匠にはちょいと変装をしてもらいます。………変装っていうか、変化?」
まあ、当然のことであるが姿かたちで師匠だとわかってしまっては困るので、かなりの改変をすることになる。そうなるとただの変装というわけには行かなくなるのが難しいところだが、不可能ではない。
「私の姿を大幅に変えれば中に入れるわけか」
「はい。ライフェンブラーにはバレると思いますけど、第一外縁って街の中心なので意外と広いですし、基本的に王の笏―――議事堂に籠っているので、会うことはないかな、と」
「………そうだな」
………相変わらずライフェンブラーに会いたくはないらしい。
どう接していいのかわからないんだろう、お互いに。師匠とライフェンブラーの二人にはちょっとした問題がある。それは俺が弟子として師匠に鍛えられて暫くしてから知ったことではあるが、俺がどうこうできる問題でもない気がするのだ。俺は、ほら。立ち位置が師匠寄りだからな。
「えっと、それよりも………第一外縁に、入るための理由………聞いても、いいです、か?」
「あー、それなー。ま、単純なことだよ。この街に足りていないものを提供できる立場だと示してやればいい」
ぴんっと一つ指を立てて、ナフェリアに視線を向ける。
「さて。じゃあ、この街に足りていないもの、この街が欲しがっているもの。何か分かるか、ナフェリア」
「………足りていない、もの………」
―――フェツフグオルの街は自己完結型の都市である。
アーコロジーとも呼ばれる、都市の内部で食料を生産し、物資を生み出し、人が生まれ、労働し、そして死ぬ。始まりから終わりまで、完結した都市である………と、多くの人間は錯覚している。
実際はそんなことはないのだ。正確に言えばフェツフグオルは自己完結都市を目指している段階であり、人口が今よりもずっと少なかった都市の黎明期ならばともかく、これだけ人口が肥大化した現状では如何に命核解者の技術を用いようともすべての人口の食料を、土地を、衣服を賄うだけの資源など手に入れようがない。
ましてやこの世界の自然環境というのは人間に厳しく、森林は伐採を続けなければ簡単に都市を飲み込み、他の都市や国家とつながる街道だって侵食してしまう。ただ街の中に引きこもるというのは難しいのだ。
「俺たちが口にしている麦。或いは米。そして塩。これらは一体どこから来ていると思う?」
「街の外、商人たちによる………物流、ですか………?」
「そうだ。フェツフグオルは商人がいなければ成り立たない都市であるってことを前提においてくれ。………じゃあ、なんでこの都市は商人が必要なのか、そこを考えるんだ」
毎日、この街には危険な街道を抜け都市から都市へ、そして都市から国家へと歩みを続ける行商人が一定以上訪れる。彼らは多くの先人たちが残した道を使い、物資を都市へ高値で売り付け、秘境たる深部の森の最前線に聳える都市群から秘境の素材を手に入れると、それを内地へと持ち帰り再び高く売るのだ。
そもそも、この世界に乱立する城郭都市とは国と呼ばれる広大な土地から離れ、人間の踏み入ることの難しい森林の付近に佇む拠点のようなものをさす。その領域を拡大する森林を切り裂いて作られた街道の中に立つこのフェツフグオルや国家の辺境、人間と危険な原生生物たちとの狭間に立つ街など種類こそあるものの、人類未踏領域近くにある人類の最前線であることに変わりはない。
………危険な立地と貧困する物資。けれど、これにはメリットもある。
一つ、世界の神秘を探る命核解者たちが研究に訪れるため、世界の果てでありながら最も早く発展や技術の恩恵を受けられるという事。場合によっては都市だけで独り占めすることだってできる。
そして、もう一つ。城郭都市には高度な自治権が認められており、国家に属する場合も殆ど税金などを国に対しては治める必要がないということ。これらは街に対して支払った税がそのまま市民の生活の補強に使われることを意味する。
何故そんな権利があるのかといえば、単純に国家が軍隊を率いたとしても城郭都市を攻め滅ぼすのは難しいからだ。城郭都市は構造上引きこもり―――籠城戦に強い都市であり、尚且つ危険な森林の中に大軍を置くという事は危険な原生生物やその原生生物が持つ未知の病原菌などに貴重な兵士を貪られる可能性がある。攻め落とすのも管理するのも難しいため、国家からしてみれば勝手にやってくれ、けれど俺達とも仲良くやろうぜ、という現状に落ち着いているのである。
その仲良くやる手段の一つが物流という訳だ。
「商人が来る………彼らが来るのは、物が売れるから………食料品が売れるから………」
需要と供給の問題だ。
ひっきりなしに商人が訪れる場所というのは、国家であれば普通に存在する。例えば多くの街道が交わる交易の要衝や、海からの物資が数多く流れる広大な港など。
けれど、それらは国だからこそ存在する場所なのだ。都市という限られた資源しか持たず、基本的に都市から隣の都市か、都市から近隣の国家という限られた発展性しか持たないこの辺境に膨大な量の商人が訪れるだけのメリットはないのである。しかも命の危険も人類領域に比べると跳ね上がるし。
こんな条件でありながらも都市に行商人がやってくるのは、それだけこの街に物資が足りておらず、非常に高値で物が、特に食料品が売れるからなのだ。
「街は常に食糧不足………新たに食べ物の調達手段を提供すれば………いや、提供できるというだけで………取引の材料に、なる………ですか?」
「そういうことだ」
ナフェリアの考察に深く頷く。
さて、因みにこの場合の食料の調達手段というのは幾つかある訳で。一つが単純にこのフェツフグオルの街の中で育てられる植物の構造を弄り、生産効率を上げることで食料の自給率を高めようという手段だ。年一回しか収穫できない作物の収穫量を倍に増やしたり、年二回収穫できるようにしたりといったものだな。これは俺の研究からすればかなり情報を提供しやすい。無限に肉体が再生する不老不死だ、そのあたりの研究は済ませている。
もう一つが―――この都市と国家間を繋ぐ街道の保全と整備をより盤石にするという手段。
というのも、この都市にて食料品が高く売れる理由の一つに、行商人の危険手当というものがあるのだ。
整備が届いておらず、いつ原生生物が飛び出してくるのか分からない街道を進む行商人に対して都市が渡す特別報酬というやつだな。こうでもしないと、都市から行商人が撤退する可能性がある。そうなると都市の内部は泥沼の食料戦争になってしまうので、都市が市民から吸い上げた税金をそういう名目で渡しているわけだな。じゃあ危険な街道とは違う、国家から直通できる安全な道を開拓すればその手当を払う必要がなくなって、お金浮くよね。そうすれば値段も下がって都市の負担減るよねっていうのが街道新設の魂胆である。まあ、生きやすくなれば往来する数も増えるしな。そして数が増えれば自然と競合で値段が下がるのである。
とはいえ、だ。ぶっちゃけ街道に関しては俺が出来ることはない。そのため、俺が取る手段は前者である。
「シュフェリアの黄金塔があったときは、訪れる行商人の数も多く、それにより値段も安かったがな。塔が崩れて以降、フェツフグオルに訪れる商人の数も少なくなり、伴って値段が上がったのだ」
「安心安全の象徴でしたからね、あれがなくなったことでフェツフグオルの外部イメージ自体がかなり衰えたって感じです」
沈みかけの泥船に投資するもの好きはいない、という事だ。
という訳で、用事の方はどうにでもできる。ここで生物の大型化と大量生産用の論文を書き連ね、構造指示書を作ってしまえば王の笏側は俺たちを第一外縁に引き入れるしかないから。
当然、自分の行った研究内容はすべて頭の中にぶち込んである。ここで用意するのは紙だけで十分。
―――それよりも重要なのは、師匠の変装だ。
「それで、どうするんだ」
「………はい。師匠の変装の手段ですが」
じっと、ナフェリアの瞳を射抜く。
「構想は出来ました。だけど、実行手段が俺には無いので―――ナフェリアに作って貰おうかと思います」
いや、より正確に言えば。
ナフェリアしか、出来ないのだ。
「頼む、やってくれるか。ナフェリア?」




