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第四話 ~弟子と一緒に寝ることになりました~




***




「うおぉっ!気が付けばこんな時間になっていた………」

「うう、ん………」


研究に没頭してしまうのは俺の悪い癖だ。才能に乏しい俺は時間をかけないと研究を進めることが難しいから、どうしても研究が長時間に及んでしまうのである。

天才に限りなく近いといっても天才ではない俺は、結局ずば抜けた才能というものは持ち合わせていない。

俺があるのはただ、根性と絶対に折れない信念だけだった。

しかし、だ。如何に愛によるものとはいえ、その二つだけで才能に追いつくのは中々に大変なのである。

―――才能、か。

ランタンの灯りを落としながら研究机に突っ伏してしまったナフェリアの顔を見る。

研究という作業になれていないからだろう、随分と疲れが溜まっており片づけを始めるころには舟を漕いでいたので、楽にしてていいよと言っておいたのだ。

研究机の上のものは先に優先して片付け、代わりに枕代わりの布を置いておいたので顔に痕が付くようなことはないと思うが、それはそれとしてどうにかして寝室に運ばないといけないな。


「これだけ疲れるほど、研究になれていない筈なのにナフェリアは随分と理解が速かったな」


単純に理解力が高いということもあるだろう、しかしそれだけでは説明できないほどの吸収能力を以てナフェリアは研究初日のちょっとしたこの時間だけで、一人でも研究を始められるほどの知識を身に付けた。

もちろん放っておけば重大な事故を起こすこともあるだろうから目を離すことはないにせよ、普通の命核解者の見習いならば一人で研究を行えるようになるには一年近くの歳月がかかるというのに、それを一日ですらない短時間に短縮して見せた。………これはまさに才能だ。

研究時に使う道具、薬品、それらの危険性や効能に単純な基礎的な触媒の扱い等々。口で説明するだけでは本来全てを覚えるのは不可能だ。より確実に教えるために、師は弟子に実演を交えながらの教育を施す。

口でも教え、実際にやることでも教えて見せるのだ。

逆にいえばそれだけの工程を踏むからこそ、一人前の研究を行えるまでに一年もの時間が掛かるというわけである。


「知識だけから全を見通す………いや、逆か?」

「う………ん、姉………さ………あれ、ルートちゃん………?あ、私」

「あ、起きた?見ての通りもう終わりだ、これから寝室に運ぼうと思ってたんだが」

「い、いえ自分で行けます」

「そう?………じゃあ一緒に行こうか」

「は、はい!」


まだ寝落ちのせいで着たままの白衣と保護具を外すと、綺麗に畳んでナフェリアは研究机の上に置いた。うーん育ちがいい。

それにしても姉さんか。俺を認識する前に呟いたその言葉、少々うなされた様な表情から察するに良くない思い出によって構成されているようだが。

恐らく理由も話さずに命核解者になりたいと、そう言った訳に繋がることなのだろうが………ま、無駄な詮索はしないさ。人間だれしも秘密の一つや二つあるものだしな。俺だって元男だし。


「足元暗いからな、注意してくれ」

「分かりました」


日焼けを知らないナフェリアの白い手を取ると、誘導する。俺の身体も少女の物であり小さい筈なのだがナフェリアの手もなかなかだ。何よりも細い。

ちゃんとご飯を食べていたのか心配だな、これ。

早く金を稼いでなるべく良い物をたくさん食べさせてあげよう。弟子だからな、先生としてきちんとそういったところまで見守るべきだろう。少なくとも俺は師匠に最初の頃はかなり面倒を見てもらった。

あの人は放浪癖があるにせよ、意外に面倒見がいい。そもそも放浪するのも優秀過ぎるが故の逃避行だしな。不老の達成というのはそれだけ偉大なことであり厄介なことなのである。………いや、旅行好きなのは事実だが。

そんな訳で階段を上がり、地下室から出る。隠し階段を元通りに戻すと、いつもの居住スペースへと帰ってきた。


「ベッド一つしかないから使っていいぞー」

「え、でもルートちゃんは………?」

「床でいいよ、気にしないしな」


というか今までも研究に付かれて地下室の床にぶっ倒れて寝ていたことや車椅子から転げ落ちてそのまま気絶して夜を明かした事とか割と多いため、本当に今更である。

ベッドは毎日使うものであったため、ヴィヴィが来たら新しく買い直そうとは思っていたが、その前に弟子を取ることになるとは思わなかったのでかなりボロボロなままだ。いや最低限干したりしているし………いや干してもらっているし、の間違いである………寝れないほど汚いわけでは無い。寧ろ清潔な方だろう。

ちなみに干してくれているのはハナさんだったりサツキちゃんだったりだ。いつも助かってます、はい。


「………一緒に、寝ましょう」

「え?」

「家主で先生であるルートちゃんを床で寝させるわけにはいきません………ルートちゃんがベッドを使うか、それでなければ一緒に寝るのが当たり前というものです………!」

「お、おう?」


上のこの居住スペースはまだランタンが付いているので、その橙色の薄い光に照らされたナフェリアが今日一番の強い目つきで俺の手を引っ張っていた。いや力自体は弱々しいけどな。

うーむ、というかこれ最初の時点で俺がベッドで寝ることはないって看破されてるよな。妥協案を先に提示してきているあたり、すでに俺の性格というか行動が理解されてしまっている気がする。


「分かった、んじゃ………んじゃあー………いや、でもなぁ」


一瞬納得しかけてぐぬぬと己の精神を引き留める。あくまでもナフェリアは俺の外見を見て、俺が生粋の女の子だと思って言っている筈なんだよな。

そうなると実は元男であり精神的にはまだまだ男である俺が一緒に寝るというのは、ナフェリアを騙すようなことなのではないだろうか。

………有り体に言って詐欺では、と思わなくもないのである。

少々考えてからやっぱり断ろうと顔を上げると、ナフェリアの表情がものすごく嬉しそうに輝いていた。

先に「分かった」と言ってしまったためだろうが、いやこれどうしようか。

無理か、ああ無理だな!元童貞現処女の俺にこの状況でナフェリアの表情を曇らせずに丸く話を収めさせる技術は存在しないのである!悲しいね!

ということで。結局今日は俺たち二人で一つのベッドで眠ることになりました。

余談であるのだが俺は寝るときに下着だけで寝るタイプであった。下だけつけてりゃいいだろと思っていたタイプだった。

男だからな!シャツとか別にいらないよなーとか思っていた結果である。しかし、だぞ。この身体になってからそのせいでとある問題点が発生したことに気が付いたのである。

―――寝間着が、ない。

昼間つけていた下着は男物を紐で縛って無理やり装着していたので、当然今の状況では使えないしな!

はい、なので俺は今全裸で寝ております。後ろには同じく服を着ていないナフェリアが。ナフェリアも寝間着持っていなかったからね、でもそもそもが裸で寝ることに特に抵抗がない様子だった。


「………感触が。胸がやべぇ………」


小声で思わず呟く。いや、だってナフェリアって存在感薄いのにそれでも視線が向いてしまうほどの大きな胸をお持ちなのですよ、俺やヴィヴィの数倍以上の胸の大きさなわけですよ。あ、ちなみに若干俺の方がヴィヴィよりも胸などが大きい。まあどうでもいい話ではあるんだが。

それよりも、だ。うん背中が包まれてる。大きなマシュマロに包まれてる。時たま背中に、胸の突起物が当たる感覚もあって、これはもう全然眠れない。


「くそう、なんか股の下の方ジンジンするし………」


なんだろうなこの感覚、男特有のあれとは違う感じだ。まあもうついてないんですけどね。

自分で捨てといてあれだが、未練はたらたらである。

完全に抱きしめられていて抜け出すのも難しいし。眠らなくても死にはしない身体ではあるが、疲労というものはやはり蓄積する以上、身体を休めるのは大事なので眠りたいには眠りたいんだけどな。

もぞもぞと動いてみると、ナフェリアが小さく声を上げて身体を動かした。


「姉さん………お父………様………返し、て………」


滓かに、そして掠れた声が後ろで響き、数滴の雫が俺の何も纏っていない背中に垂れた。

翡翠色の髪に顔を埋めているナフェリアは、まるで縋るように。或いは何かを追いかけるかのように俺の身体を強く抱きしめていた。

困ったな、女の子の泣き顔は苦手なんだ。

抱きしめられたまま身体を反転させると、瞳の端に雫が溜まっているナフェリアの顔を俺自身の胸へと埋める。


「大丈夫だ、大丈夫。俺がいる」

「………ぅん」


そうして空色の髪を撫でていると、いつしか俺自身も眠くなってきて。気が付いたら朝になっていたのであった。





***





「おはようございます………」

「おー、おはよ」


寝室から小さく顔を出したのはナフェリア。俺の方が先に起きたので調理を始めていたのだ。

慣れないことをした次の日くらいはゆっくり休んでないとな、身体を壊す原因になる。

精神に蓄積した疲労というものは中々簡単には落ちないのだ、命核解者の研究はどちらかと言えば肉体よりも精神を削るので、眠るという動作は大事なんだぜ。


「よく寝れた?」

「は、はい。………ベッドからルートちゃんとは違う匂いがしたのが不思議でしたけど、ルートちゃんにはお父様がいるのですか?」

「え?いや、いないけど………も、貰い物だからさぁ!」


ああその匂いは多分この身体になる前の俺の匂いですねぇ!とりあえず誤魔化しておこう!

当然肉体が変容すれば体の中にある汗腺なども変容する。前の身体とヴィヴィの身体を基礎構造の一つに取り入れたこの不老不死の肉体ではそもそもの匂い自体が違うのだ。

基礎構造に取り入れただけなのでヴィヴィとも匂いは違うんだけどな。いろいろと取り込ませているわけだし。


「そうなんですね………」

「く、臭かったかな」

「いえ………ちょっと、懐かしい匂いでした」

「お、おう。ならよかった、かな?」


何にせよ嫌だ臭いとか言われなくて助かった。中身は四十五歳の中年のおっさんだからな、前の身体からも加齢臭とか出ていた可能性は大いにあった。せめて異臭になっていなくて良かったと思う。

さてと。調理も終わったのでエプロンを外すと、フライパンを持ち上げる。


「ナイフとかの食器、そこの棚にあるから取ってくれるか?」

「は、はい。分かりました」


ナフェリアにお願いしてナイフとフォークは出してもらう。まあ我が家はバリアフリー設計なので食事用テーブルのすぐ近くに食器棚があるんだけどな。場所を覚えてもらいたかったし、ちょうどいいだろう。

お皿やら諸々を綺麗に並べたナフェリアの前に、料理を出す。林檎のパイだけどな、料理というには少々甘いがあまり材料がなかったのである。

昨日の夜は生で食べたから、今日は火を通してアレンジだ。


「あれ、ルートちゃんの分は?」

「俺はこれからバイトなんだ。もう食べちゃった―――悪いな、一人で食べさせることになっちまって。夕食は一緒に食べよう」

「え、バイトですか………?な、なら私も………!」

「弟子は研究に集中しなさい。先生からの命令です。………ま、なんだ。食べ終わったら少し家の掃除とかしてくれると嬉しい。地下室はまだ入らないでくれ、一人だけで研究は流石に危ない」

「わかり………ました」

「おう。いい子いい子。軽くでいいからな、掃除とか終わったら眠っててくれ。また夜には研究だし、英気を養うのは大事だぜ?」

「………はい!」


夜と同じように、ナフェリアの頭を撫でると準備を始める。

向かう先は第三外縁、俺のバイト先である”猫の休息(ハングリー・キャット)”の店の一つだ。

バイト………働くなんて今までほとんど体験してこなかったこと、実は少しだけ楽しみでもある。弟子を育てたりと、不変の存在である不老不死の肉体を手に入れてからもこんなに新しい事に恵まれるとは、俺はついてるぜ。

最低限の、身を守るための装備を外からは見えないように、男の頃からの使いまわしであるぶかぶかの服の内側に収納するとサンダルを履いて扉を開けた。


「行ってきます」

「い、行ってらっしゃいです、ルートちゃん」


このやり取りは、新鮮だな。

気分が良いぜ、それを面にも出して小さく笑うと、俺は歩きはじめた。

今日はいい日になりそうだ。







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