第四十話 ~簡易防衛機構~
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「待った、ストップ」
「………は、はい」
第六外縁残骸付近。
このあたりになると殆どが瓦礫だらけになっており、明確に建物と呼べるものは殆ど存在しなくなってくる。だからといって高さを持つ建物がないわけでは無く、かつては建物だったのだろうと思わせる程度に形を留めた残骸も数多く存在していた。
大抵の場合、その残骸には第五外縁の淵際にすら住むことのできない孤児や浮浪者が集まっているのだが―――今はその影は見えない。
「師匠、このあたり、何かありますよね」
「そうだな。ふむ、原理は調べないと分からないが、感知式のトラップだろう」
片眼鏡を装着し、レバーを下げる。
レンズ越しの世界にはぼんやりと膜が張っているのが分かるが、それだけだ。それ以上の走査は今の俺の子の装備では出来そうにない。恐らくは研究の産物による罠であり、解除方法は当人しか知らないタイプのものだと思われる。
………命核解者はそういう罠を設置していることが多いんだよなぁ。それもその筈、研究内容が外に流出しないようにと気を配るのが命核解者であり、そしてその研究内容は知られていないからこそ、絶対的な防御手段として作用する。
秘密を守るために秘密の手段を使うのは矛盾しているかもしれないが、解除の難しさで考えればその保安性は抜群だ。なにせ、対応できるのは近い研究をしているものしかいない。
「ナフェリア。何か見えるか?」
「………はい。これは、風のような………なにか、です」
「そっか。………そう、か」
ナフェリアの瞳の奥底をゆっくりと見つめた。淡く、燐光を奥底に沈める彼女の瞳を。
まあ、この娘が特別な才能を持つことは最早疑いがない。気にする必要もないからな、本題に目線を戻そう。
「このトラップの厄介な点は、全球型で覆われていることだろうな。解除しない限りは必ず踏み込んだことが露呈する。オルトルート、お前ならばどうする」
「―――ま、どう攻めてもバレるなら、正々堂々と真っ直ぐに、ですかね」
「ふむ。五十点だが、場合によっては最適解だ。好きにするがいい」
「了解です」
百点満点の答えなんてものはない。故に師匠の場合、五十点あればやり方次第で百点になり得ると判断し、好きにやれと手法を任せてくれる。
………昔は何かあっても、例えばどんなに実験を失敗しても、探索でミスをやらかしても、師匠が最後はどうにかしてくれた。今だって、本当に危ない時は師匠が助けてくれるだろう―――だが。
もう、俺にも弟子がいるのだ。甘えてはいられないし、頭を使わないなんてもってのほかである。
「ナフェリア、何かあったらすぐに渡した道具を使うんだぞ」
「………はいっ………!」
「よし」
………心の準備は問題なし。さて、それじゃあ一気呵成に攻め込むとしますかね!
片眼鏡を装着したまま、膜の内側へ入る。
身体を舐めるような感触が覆った後、鼻の奥に嫌な臭いが広がった。
「成程、早速か。………敵襲!」
「ああ。それよりオルトルート。毒系の罠ではなさそうか」
「感知だけみたいです!ただ………内臓を裂いてその中に入ったような感覚がします」
「ほう」
師匠は俺の報告を聞いて納得したような表情を浮かべていた。
さて、師匠は自分の身は自分で守るだろう。俺より強いし、手を出しても足手纏いである。なので、俺がやるべきことは敵を行動不能にしつつナフェリアを守ること、これだ。
用意してきた奥の手はまだ使わない。あれは回数制限があるため、敵の詳細が判別できていない状態では容易に使えない………それに、恐らくはそこまで強力な敵は出てこない筈だ。
何故って、答えは簡単。
「アアアアアアァァァアアアアア!!!」
「ギャギャギャギャギャギャギャ―――!!!!!!!!」
「屍鬼か。らしいじゃないか」
「どちらかといえばゾンビじゃないですかね!」
まあ、死へと向かい、朽ち果てる九相図研究から派生したならばこういう、知能が低く使いやすいものを最初の防衛手段として用いているだろうと推理できたからだ。
嫌な臭いの正体は、瓦礫の中にこいつらが潜んでいたから。人肉が腐り、蛆の集っている死体が歩き回っていればそりゃあ匂いも蔓延する。
「ただ、数が多い………」
目視できるだけで四十程度はいるだろうか。
―――この周辺に居た浮浪者を纏めて殺してゾンビに作り替えたな?
「なんて………ことを………」
「ナフェリア、目を閉じててもいい」
「………いいえ。視ます。視ないと、駄目です」
「そうか。………はは、優しいな、ナフェリアは」
少なくとも動く死体となったあれらは最早人とは呼べず、少女が見るには見た目も厳しいだろうに。それでもゾンビが肉塊へと還るのを己の目で見るというのは、明確な優しさである。
死を看取る。そうされるのは、死者としては幸福だろう。ゾンビとして作りかえられ、人として見送られる………きっと、ナフェリアの視界では彼らは幸福に消えることが出来る筈だ。
「オルトルート。数体は動きを拘束しておけ。あとで調べる」
「分かりました」
師匠の方はものすごく現実的だ。こういうのも慣れっこだもんなぁ、この人は。
そして簡単に調べるといってしまうあたり、才能である………と、俺も早いところ自分の仕事をするとしますか。
ベルトから小瓶を取り出す。そしてそれを人体の構造と機能を無視して高速で移動してくるゾンビに向けて放り投げた。
投げられた小瓶は二つ。それはゾンビの眼前でぶつかり、小さな音を立てて割れる。そうして発生するのは、内部に収められた薬品同士の混合だ。
鍵と錠の関係性によって発生した現象―――それは、凍結だった。混合薬品に触れたものが一瞬にして熱を失い、物言わぬ氷像へと姿を変える。
「三体、確保です」
「よくやった。私の方で回収しておこう」
「お願いします!」
師匠の腕に白銀のブレスレットが浮かび上がる。それはさらに小さなブレスレットや指輪を不可視の力によって動かし、自在腕として機能した。
―――師匠、アリストテレスの簡易武装の一つ。その名も”自在磁力の万能腕”。指の本数も腕の数も、そして長さも自由に変動させることが可能な、磁力を動力源とする腕を生成する武装である。厳密にいえば腕の数と機能は、あの腕輪や指輪のように見える磁性連結リングの数によって左右されるのでどこでも何十本もの腕を生やせるわけでは無いにせよ、あれの操作性は非常に高く、人間の指先では絶対に届かないような狭く細い場所でも問題なく仕事をして見せる。
逆に力がいる場面でも大活躍だ。今も、俺が凍らせたゾンビ三体をひっつかんで運搬していた。
よし、後は全部掃除してオッケーだな!
「簡素な薬品………道具でも、ゾンビ程度には遅れはとらない!」
なにせ、俺の方がコストが高い。要は金と素材が上なのだから。
ゾンビたちの中心に躍り出て、地面に小瓶の中の液体を零す。その液体にさらに小瓶から落とした液体を二滴程度かければ、驚くことに地面に垂れた最初の液体が一瞬にして姿を消した。
「ニ―――ク………!!!!!!!!」
「ク、ウ!!!!クククククウウウウウウ!!!!!」
「残念だが、食われてはやれないんだわ。代わりに静かに眠ってくれ」
ゾンビたちが俺に向かって一斉に飛び込む、その瞬間。
勢い良く後退すると、その中央に俺が用いる中で最も小さな小瓶を一つ、放り投げた。鋭くゾンビの振るう爪のど真ん中に辿りついた小瓶は、ゾンビへと変化したことによって怪力になったゾンビの腕によって破壊され、中身を零した。
直後―――燃え盛る炎となって、集団のゾンビを火だるまにして灰へと返す。
「融解剤三種類による複合現象だ。ま、これくらいなら懐も痛まない」
残ったやつらは全部、その火で燃えた。というかそういう風に立ち回っていた。あのタイミングで全部のゾンビが一斉に俺に突っ込んでくるように、な。
………この歩法、立ち回りは随分と昔に学んだ技術だけど、これくらいならまだ出来る。
「………お疲れ様でした、先生………」
「ああ。ナフェリア、少し休もうか」
胸を押さえる彼女に向かって、そういう。ナフェリアは迷う仕草をすると、頷いて。
「は、い………さっきの、やつ。解説も、お願いします………」
そう言ったのだった。
ああ、うん。良い弟子に、良い命核解者になるな、この娘は。ちゃんと前と真実を見ることが出来ているから。
「もちろんだ。ちゃんと、教えるよ」




