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第三話 ~弟子に研究を教えよう~




***



「つーことで夕飯も済んだことだし、ちょっとだけ命核解者の研究………錬金を始めるとしようか」

「は、はい………!」


昼間見た時と変わらず清楚で礼儀正しい座り方をしているナフェリアが、気合を入れたように答える。

うんうん、良いことだぜそういう、やる気があるっていう感じ。

やっぱり本人にやる気があるかどうかっていうのは、やり通す意思の強さに直結するのだ。出来るだけやる気はあった方が良い。

ほら、あれだよ。子供がやりたくないことを親が無理矢理やらせても長続きしないじゃんかよ、そういうことだ。

ちなみに今いる場所は最初にナフェリアを案内した表ではなく、隠し扉の奥、というか隠し階段だから実際は下か。まあそこにある地下室だ。

俺の今の身体が安置されていた場所ね。遺体みたいないい方したけど魂ないと実際遺体みたいなものだし。

魂なくとも動く存在も魔術師の不可思議や命核解者の研究によって作り出せるけどな。


「さて、じゃあこれを見てくれ。あとこれも」


手元で弄んでいた石を軽く跳ねさせ、落ちてきたものをキャッチ。暇だったもんで。特に意味はないんだぜ。

この石は午前中に市場で買ってきたものだ。ちょうどいいから今回の研究に使うとしよう。

逆の手には試験管に入った乳白色の液体が握られている。こっちにも注目して貰わないとな。


「この石が研究材料だ。んでもってこっちが―――あ、クイズ形式の方が良いか。こほん」


ちょっと咳ばらいをしましてと。


「この左手の試験管に入っている液体の名前は、なんというかわかるか、ナフェリア?」

「え、えっと。万物融解剤、ですよね?」

「よーしその通り!大正解だぞー!」


俺は弟子はほめて伸ばすタイプなのでナフェリアの頭を胸元に抱きしめてあげた。

空色の髪がくしゃくしゃにならない程度に撫でてもあげる。やっぱ長所を伸ばすことが大事だよな、命核解者たるものは。


「そう、万物融解剤だ。じゃあこの万物融解剤にいくつかの種類があることを知っているか?」

「種類です………か?すいません」

「ま、そうだよな。こればっかりは弟子入りしないと分かんないことだし仕方ない」


蓋の閉められた試験管をくるくる回してうんうんと頷く。

尚試験管を回す意味は特にない。あと余談であるのだが、命核解者はとある理由によってほぼ全員が投擲技術が非常に高かったりする。俺も例にもれず………いや例にもれた命核解者なんだけど、その部分だけは例にもれていないのである。


「まず、一番大きな括りとしてのものが二種類だ。一つがこの手に握られているこれ、生命探求用の万物融解剤」

「命核解者の全て………ですね」

「その通り!生命を研究するために命核解者はこの生物探求用の万物融解剤の成分調整にそれこそ定命の命を懸けている。だからこそこれを解析、解明されると今までの研究全てが他人に奪われちゃうってことだ」


流石に手に入ったからと言ってすぐさま研究されたりということはないけどな。

命核解者は慎重な人間が多いからこの生命探求用の万物融解剤すら世に出したくないってだけで、これだけから研究の全てを解析することは案外難しい。

それよりも致命的なのが、研究ノートを奪われることだ。これは万物融解剤を鍵のかかったものとした場合、その合いかぎになり得るもの。

万物融解剤を垂らすことによって文字が浮き出るような最低限の仕掛けは施してあったとしても、生命探求用の万物融解剤よりも秘密が漏れる可能性は高い。

このノートだけは普通、弟子にすら見せないものである。まあ俺は師匠には見せようとしちゃったけどな。

普通はやらない。やってはいけないことである。


「もう一つは性質発現用の万物融解剤。研究成果を武装とした場合、その武装を起動させたりする際に使うものだ」


他には生命探求用で溶かして摘出したエリクシールがどんな性質を秘めているのか確かめるためにも使用する。

例えば火竜の鱗から摘出したエリクシールは複数の性質を顕現させるのだが、この性質発現用の万物融解剤の成分を調整することによって発火、耐火、熱の蓄積等の様々な使い方をすることが出来る。

とはいえ、この性質発現用にもまた種類があるのがややこしいところなんだけどな。


「………それも、成分を解析されたら駄目、なんですよね?」

「お、良いところに目を付けたな。そうなんだ、この性質発現用の万物融解剤の成分もまた、何の研究をしているか解析された場合露呈しちゃうんだよなー」


ナフェリアの頭の回転は中々に良いな。あまり多くは語っていないにもかかわらず、性質発現用もまた守秘しなければらない類いの薬品だということを理解している。


「だから性質発現用もまた、必要な時にしか作らない。じゃあここでの疑問は―――」

「命核解者が戦う時に使う薬品はなんなのか………ですね?」

「そうだ。まー、実際あれもまた万物融解剤なんだけど」


含まれている成分が全く違うのである。


「これらの万物融解剤は製造の工程は同じなんだが、過程が違う。生命探求用は一番最後まで万物融解剤の性質を高めたものだから溶かすことに特化してる。で、性質発現用はその一歩手前で取り出してるからただ溶かすのではなく性質を発現………ようは性質だけ(・・)を物質から溶かしているわけだな」


そう、どれだけ性質発現用といったところで万物融解剤は万物融解剤に変わりはない。結局できることは溶かすことだけなのだ。

ただ過程の途中で取り出せば、その溶かす性質すら変容するってだけの話。

………で、最後の万物融解剤は過程の中のどこで取り出すかというとだけどな?


「最後の万物融解剤は性質発現用の亜種である、現象発生用だ。前者二つが研究のために様々な成分を溶かしたものだとするならば、これは決まったものだけしか溶かせないし現象も生み出せない。鍵と錠の関係性に近いわけだな。実際に武装として使われるのはこっちね」

「融解剤そのものを解析されても、何もわからないというわけ、ですか?」

「まー溶け込ませてある成分は流石に長い間研究されればばれるだろうけど、研究用の二つに比べればばれたところで特に問題ない成分しか使ってないってわけだ」


命核解者は研究成果を武装とする………が、その武器から己の研究が露呈してしまうような間抜さんはあんまりいない。

特にばれても問題ない先のない研究や研究の途上も途上の成果を転用しているだけなのである。

俺のこの身体だって、万物融解剤を使ってもエリクシールが摘出できないという最低限のプロテクトをかけてあるほどだしな。

………武器なあ、武器かあ。俺も武器がないと危険かなあ。

不老不死の肉体と言えど、所詮はそれだけだ。女の子の肉体であるため根本的に非力だし。

実は不老不死の研究の際に偶然見つけ、一つ考え付いた武装はあるのだが、不老不死というテーマに辿りつくことはなさそうだった研究だったため非常に深くまでは探求してなくて止まってるんだよな。

今度引っ張り出してみるか。


「………えと、では………命核解者の万物融解剤は、”生命探求用”と”性質発現用”、それから”現象発生用”の三種類ということです、か?」

「いやー?それに加えて単純に何の成分も調整していない………は語弊か。殆ど無調整の単純な万物融解剤の四種類だ」


研究を始めたばかりの命核解者にとって武器となるのはそのほぼ無調整の万物融解剤だからな。

無名な命核解者が襲われることは少ないだろうけど、有名な人の弟子になった場合なんかは弟子同士で潰しあいとかもあるらしいし。

命核解者には二つの巨大な派閥があるけど、派閥の創設者の家系の弟子なんかは相当、そういう黒い話があるらしい。

一族として長い間同じテーマを研究することも多いのが命核解者だ。長く続けば続くほど、しがらみなんかも増えていくって寸法だな。怖い怖い。


「と、そんな四種類を教えたところで実際にやってみるか。やっぱり実際の実験こそが一番勉強になるからな!」

「は………はい!!」


よし、いい返事だ。ということで地下室の奥から白衣とゴーグル、片眼鏡に手袋を持ってくる。


「じゃ、これ着てくれ」

「えと、ルートちゃん、これは?」

「実験着だ。万物融解剤が跳ねたら………特に成分調整してないやつなんかがはねたら肌なんて簡単に解けるぜ?ナフェリアの綺麗な肌が傷ついたら勿体ないからなー」

「う、うう………はい。ありがとうございます………」


全部万物融解剤に対して強い抵抗を持つ物質を溶かし込んで作ってある、錬金成果の実験道具だ。

何でも溶かす液体とはいえ、原液で万物を完全に溶かすことは難しい。いや、溶かせないわけでは無くて溶けにくいだけでずっと放置しておけば溶けちゃうんだけどな?

ちなみに、調合して成分を変えればそういった溶けにくい筈の物質でも簡単に溶かせるようにもできてしまう。

万物融解剤に抵抗があるからといって、絶対的な防具になり得ないのでこれらの実験着を戦闘に使うことはお勧めしない。


「うんうん、似合ってるな。俺のお下がりだけどな」

「お下がり、にしては大きいような………?」

「あー、うん。まあ………」


前の身体の、という注釈がつくからさ。

もちろん俺は俺で、この身体に合ったサイズの実験着兼普段着兼防具を作成している。

ついでに言うとそれは二着ある。もちろんヴィヴィ用だぜ。

………裸白衣とかいいよな。ヴィヴィにやってもらおうかな。いや冷たい目で見られるかな………?


「ルートちゃん?」

「いや、こほん。なんでもないぜ?あと一応実験中は俺のことは先生と呼ぶように!」


師匠と呼ばれると師匠と混ざるので敢えて先生呼びである。


「分かりました………先生」

「おお、なんか新鮮だ………」


俺が先生呼びされる日が来るとは………なんか感慨深い。

ほわほわした気分のまま椅子に座り、まずは石を木製の机の上に置く。この机の上のクロスもまた万物融解剤に抵抗がある。

横の差立てから錬金皿を取り出して、その上に石を移動させると俺もゴーグルをつけた。


「気化した万物融解剤に目が触れると溶けることもあるからな。ゴーグルは忘れずに、だ」

「は、はい!」


俺は溶けたところで再生するけど、痛いのは嫌だからな。

当然つけるぜ。


「万物融解剤の成分調整は錬金釜を使って行うんだが、今はこの石がどんなものかわからないからな。単純に石を溶かすような成分にしてみた」


乳白色の液体を興味深そうに見つめるナフェリアに笑いかけつつ、机の横にかかっているハンマーを取り出して石を叩いた。


「く、砕いちゃうんですか?」

「同じもので構成されていれば砕いても取り出せるエリクシールは同じものだからな。これ一つだけに万物融解剤をかけると全部溶けちゃうだろ?そうすると一回しか研究できない」


でも、こうして砕いてやればその破片からエリクシールを取り出せばいいので研究回数が増えるわけだ。

もちろん取り出せるエリクシールも減るが、どちらにしてもエリクシール事態の性質が分からなければ使用用途も不明なのでまずは知ることの方が大事なのである。

砕ききったものも、あとで錬金釜を使えば纏めて一つのエリクシールとして取り出せるしな。

いやー、錬金釜って偉大だ。あれがないと俺たち命核解者は何もできないからなあ。


「研究回数が大事、なんですね。―――そっか、結果が理解されてないと過程の使い道がない、から」

「………へえ?」

「命核解者の研究は………結果を無数に積み重ねて、過程を見つけて………新しい物を、生み出す………?」

「ま、そういうことだ。地味に命核解者の行動理念を言語化したのは初めてかもだけどな」


不老不死へ至るために、様々な生物、物質の性質を解明することは確かに生命の過去を遡る―――過程を再発見していることと言い換えてもいいだろう。

―――ナフェリアの深い海の色の瞳を眺める。きらきらと輝く瞳の奥を。

頭を軽く掻いて首を振ってから、さて実験に戻るとしようか。とにかくわかることは、この子には才能があるってことだ。なら、先生として伸ばしてやらないとな。

才能のない命核解者である俺だが、成功者ではあるからな。ノウハウは教えるさ。


「じゃ、かけるぞー」

「わ、わかりました………」


生命探求用の万物融解剤が入った試験管の蓋を開け、液体を石の破片の上に垂らす。

魔女の森で見つかったという石だが、はてさてどんなものが見つかるのか―――ん?


「んー??」

「せ、先生?どうしました?」

「全部溶けちゃった………」

「………えと、そうなるとどういうことなんでしょう、か?」

「えーと、なあ」


ゴーグルを外して背もたれに寄りかかった。これはもう脱力するしかないぜ。


「ただの石。なーんにも価値のない、その辺の石ころだー………」


形だけが変わっているだけ。せめて何かの化石とか生物の胆石とかなら使い道もあるだろうけどなあ。

片眼鏡を掛けて、石の破片に注目する。横の螺子を弄ってレンズを伸ばすと、石をじっと見つめた。

うん、これ花崗岩だわ。何の変哲もない石だわ。

誰かが丁寧に削った後がある………落とし物ってことかな。或いは石段とかのものが落ちてただけか。魔女の森で見つかったっていうのもあんまり信憑性が薄れてきたぞ?


「―――まあよくあることなんだけどな、こういうのって」

「え、ええ………そうなんですか?」

「そうなんですよ。命核解者の実験は根気が大事だからな。ま、仕方ない。これは片づけて別の触媒の研究をしようか」

「あ、はい………分かりました!」


ナフェリアに命核解者の研究の基礎的な部分を説明できただけでもマシと考えましょう。

今度は万物融解剤の作り方とかも教えないとな。

弟子とはいえ、そのレシピはオリジナルなものにならなければならない。もちろん手助けはするけどな?

時計を見てまだ寝るまで時間があるのを確認すると、地下室の棚から触媒を持ってくる。

もう少しだけ、弟子に命核解者の研究………古くから伝わる名で呼べば錬金術(・・・)と呼ばれるそれを教えるとしましょうか。





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