第三十四話 ~弟子のナフェリアは家出少女~
「時間時間っと………俺たちはいつも時間に追われてるなぁ」
命核解者というものは大抵がそういうものだ。研究するには時間が掛かり、道具や素材集めにも時間が掛かり、金を稼ぐのにも時間が掛かる。
無限の命を手にした俺や不老である師匠でも、研究その物に駆ける時間というのは削減のしようがなく、こうして切羽詰まったような状況に陥ると時間が足りないと嘆くわけである。
車輪の付いた椅子の背もたれに勢いよく凭れ掛かり、移動した椅子に逆らわず、慣性で机から遠ざかる。
予測と対策、命核解者のすることなんてのはどんな状況でもその程度だ。その程度に収めていなければ、この世には存在していられない。
それを超え、道を踏み外せば―――今回のように狩り取られるのだから。
地下室の棚を見て、そこにある素材の数々を確かめる。武装は命を預けるものなればこそ、信頼性が求められる。故に時間をかけて、満足のいくものを作ろうとしているわけで、その為に素材も厳選しているのだが………。
「ちょっと葛藤するけどな、まあ背に腹は代えられないってやつか………」
椅子から立ち上がると、棚の中にある素材を手に取り、加工を始める。
………深く、丁寧に抽出した辰砂のエリクシール。即ち、固形化させた水銀。それを小さな小瓶に収め、現象を発生させるための発現液も用意した。
なに、手間がかかるだけでこれはまた集めることも出来る。俺以外の命と違って替えは利かないってわけじゃないのだ。
「あとは………」
気になる点の解消を。いや、それが致命にならないための対策を、か。
―――ああ、魂の灯火を無より生み出すことは出来ない。篝火へと、或いはやがて太陽の炉心へと為すには必ず、火を着ける必要があるのだ。
かつて人類に火を齎した偉大なる炎と叡智の神の如く。遠き明けに現れる金の星より飛来した、光与えし天使の如く………灯火を持つ者の存在、影が。
命は帰らない。蘇ることはあり得ない。亡くせば消える、俺の初恋の少女は死からは免れたが、代わりに永遠に眠り続けることを選択した。永遠の生を終わらせるために、死と等しい眠りを選んだ。
二度と、そんなことをさせるものか、特に俺の目の前では絶対に起こさせない。
手の届く範囲は小さくとも、その範囲にどのような災厄も降り注がせるものか。
そう思い、そっと肌にナイフを入れた。
***
「ルートちゃん………体調、悪いんですか………?」
「あー、いや………すぐ治るよ」
さて、時間はすぐに進み翌日。
ナフェリアと並んで食事の用意をしていると、顔をじっと見られてそんな風に言われてしまった。
うーん。最近のナフェリア、どんどんいろんなことを学習して、理解している。家事だってもう多くのことが出来るようになっているし、こうして顔を見られただけで体調がどんな感じなのかを看破されている。
………師匠も同じような、いうなれば”眼”を持っているけど、案の定というべきかなぁ。
「体調、優れないなら………や、休んでいてください………!私、家事の残り、やりますから………!」
「え、でもまだ包丁の使い方は慣れてないだろ?」
いや俺もそこまで慣れているわけじゃないんだけどね?
金欠&一人暮らしだったのである程度は使えるが、如何せんこの身体になる前までは車椅子生活だ。こう、力の入れ方が違うんだよな。俺の場合は別に手を切ろうが、なんなら指を切り落とそうが再生するから問題ないんだけど、ナフェリアはもちろん傷になる。
少女の手に傷をつけるのも論外だし、そもそも一回り以上年下の少女に家事を全て任せるというもの年上としてどうかと思うしな。
「大丈夫………です………!」
「おおう、張り切ってる………じゃ、任せてもいいか?」
「はい………!」
はい。結局勢いというか熱意に押され、任せることになりました。
………体調悪いのは事実だしなぁ、風邪とかいう言うのじゃないけど。大体は研究のせいである、命核解者の性ってやつだ。
「俺は今のうちに師匠を起こしてくるよ」
「………アリス師匠、朝弱いんです………ね」
「気が向いた時に気の済むまで寝るタイプだよ、あの人は」
代わりに研究に没頭するときは寝る暇も惜しんで研究し続ける。このあたり、生活能力が皆無である所以でもあるわけだが。
なにせ完全に寝に入り始めると起こすか脅威が迫らない限りはずっと寝続けるのだ。道具か武装かは分からないが、寝続けても身体が弱る心配もないようで、酷い時には一か月以上寝っぱなしなこともある。
師匠の生活リズムの向上も弟子の役目なので、この家にいる限りはちゃんと生活させるが。
「師匠、起きてくださ………あー、もう、また服を脱ぎ散らかして………」
「………あー………」
「寝言で寝ぼけてる………」
完全に目をつぶって寝息を立てたまま、起き抜けの言葉を発しないでください。
そこかしこに転がっている服を片付けて、最近どんどん知識が増えてきた女性ものの服や下着を新しく用意し、寝っ転がったままの師匠に着せながら身体を揺する。
「朝ですよ、ご飯できますよ」
「………うー………」
「早くしないと冷めますよー」
「ぬー………」
―――全然起きねぇなこの師匠。
仕方ない、最終手段だ………師匠の身体を横向きにして、耳元に口を近づける。
そして、耳の穴に息を吹き込んだ。
「ふぅ~………」
「―――っぅぬぁッ」
声にならない声を無理やり引き出したような悲鳴の後、ベッドを揺らす勢いで師匠が飛び起きる。
俺が耳に息を吹きかけた右耳を押さえながら周りを見渡すと、俺の姿を発見して瞳を三白眼っぽく変形させた。
「あ、おはようございます師匠」
「殺す」
「なんでですか起きない師匠が悪い………ちょ、武装を取り出すな、刺すな!?」
「我が至宝、コルヌスの樹木の槍を受けるがいい」
「寝室で暴れるなー!しかもとんでもない武装を取り出すなー!」
突き刺した物質の構成を自在に作り変えることが出来るという、アリストテレスの伝説の武具が一つ、コルヌスの樹木の槍。
実際に突き刺されたことは無いのでそれが本当のことなのかは、弟子である俺でもわからないが、人間だろうがどんな堅牢な要塞だろうが、物理的に干渉出来るものであればこの槍の前では紙と同じという。
耳に息を吹きかけられたことに対する意趣返しとしてはあまりにもオーバーキル過ぎると思いませんか!
「ルートちゃん、アリス師匠………あの、ご飯………出来てます………」
「ああ、ナフェリアか。こいつを殺したらすぐ行く」
「殺意少しは押さえてくださいね?!」
―――というか俺は死なないんですけどね。
そして、ぐさぐさと背中に槍を刺された後、ようやく俺たちは朝食を取り始めたのだった。
………伝説?あ、はい。事実でした。俺の場合は自動的に治るから問題にはならないけどね。
便利といえば便利なんだよな、不老不死………。
***
「えっと………それで………お願いが、あるのですが………」
朝食終了後、三人でお茶を飲んでいるとおずおずといった感じでナフェリアがそう切り出す。
「どうしたの?」
「今日の、捜索………ちょっとだけ、お休みを頂いても………よろしいでしょうか」
「そりゃもちろん。無理やら無茶やらしてもあんまり意味ないからな。………問題ないですよね、師匠?」
「ああ。相手の研究も完成は近いだろうが、それでも今日明日というわけでもあるまい。一日くらい休んでも大勢に影響は出ない」
「それ言うなら俺も昨日は休んでたんですけどね」
バイトという名の労働なので、サボりではないけど。
「あ、ありがとうございます………」
「おう。というか、何か用事?俺に手伝えることある?」
「………あの、えっと………、その」
普段以上に言葉を詰まらせるナフェリア。
自然に彼女が何を話すのか、ゆっくりと待つ。
「そろそろ、ですね………一度―――家出から、戻ろうかと」
「………家出?」
「はい………私、命核解者になるために、その………家出してきているので………正式に、家の人に許可を貰わないと………」
「あー、うん」
そんな気はしてた。
親御さんのこととか一切話さないし、家族について唯一解っているのは姉がいることだけ。それも寝言で知っただけである。
これだけ頑なに家族を隠すのは、何かしらの理由があるんだろうなぁとは考えていた。
「………もし、先生が良いのでしたら、ついて来てもらえると………その、説明が………」
「勿論。俺もナフェリアっていう才能ある弟子を手放すのは惜しいからな。ついていくよ」
「………あ、ありがとうございます!」
と。そんなわけで、捜索をするつもりであった今日だけど、急遽予定を変更して、ナフェリアの実家に行くことになったのだった。




