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第三十三話 ~思案と術~


「はい、ルルちゃん。これが今日の分のお給金です」

「ありがとうございま………重くないですか?」


バイトも終わった夕刻時。

ハナさんから今日の分のお給金を貰っていると、その重さに疑問を感じた。

多分、普通に貰うよりも遥かに多い額が、この牛革をなめした袋の中に収められている。普通の働きだけでこれほどは貰えないだろう。

首を傾げて聞いてみれば、


「いえいえ。これでいいんです。研究の足しにしてください―――何か、あるのですよね」

「………まあ」


と。どうやら俺の内心の諸々はお見通しらしい。

仕事の途中で偶然出会ってしまった、あの奇妙な二人組に関してやはり引き摺っていたのかもしれないな。きちんとお金を貰ってやっている仕事なのに、気を散らしてしまっているのは申し訳ない限りだが。

それでも、お金というのは大事で、研究をするならば………さらに言えば素早くその成果に辿りつきたいのであれば、いくらあっても足りないのが現状だ。

お世話になり続けている現状からは未だに抜け出せないことに情けなさも感じるけど、それでも今回に関しては素直に受け取る。


「助かります。本当に」

「ふふ。ルルちゃん、いえ………オルトルートさん。私たちを、この街を―――ちゃんと、守ってくださいね」

「ええと、街、に関しては分かりませんが」


ハナさんを見上げて、しっかりとその眼を見つめる。


「お二人は必ず。この身に代えても、守りますよ」


どうせ死を知らない身だ。いくらでも盾にはなれる。


「もう。身に代えちゃだめですよ、ルルちゃん。まだまだ教えることはたくさんあるんですから」

「大丈夫だよ、死ぬわけじゃないから。俺は戻ってくるし、サツキちゃんとハナさんの盾になる。矛盾はしてないだろ?」


店の中でテーブルを拭く等、店じまいの後片付けを行っていたサツキちゃんが出てきて、俺のその言葉にぷんすか起こる。可愛いなぁ、流石ハナさんの娘さん。

その感情のまま、少し背伸びをすると、サツキちゃんの頭を撫でた。ゆっくり、掌で包み込むように。


「あ………えへへ」

「ふふ。いいですね、こうしてみると子供がもう一人………サツキに姉が出来たようで、楽しい気持ちになります」

「姉………んー。じゃあ、お母さんって呼んだ方が良いですか、ハナさん?」

「あら。―――是非、それでお願いします」

「え?マジで………」


冗談のつもりだったんだけどなぁ。

断ろうかと思ったけど、静かにこっちを見つめるハナさんの表情は真剣だった。マジと書いて真剣と読むほどに、真摯極まりない表情を浮かべていた。

お母さん、かぁ。そんなの、呼んだこともない。初めて発する言葉だ。

俺には肉親と呼べるものはいない。今も昔もである。

故に、ちょっとその言葉は面映ゆいものがある………けど。


「ハナお母、さん………あ、やっぱ今の無し滅茶苦茶恥ずかしい!」

「うふふ………うふふふふ………」


照れくさくて思わず手で顔を覆う。

初めてそんな風に呼んだけど、そもそも知り合いの女性にお母さんと呼びかけるっていう状況自体が恥ずかしい。見た目的には大して違和感はないだろうけど、それはそれ。

………良い年したおっさんが言っていい言葉ではないよなぁ………。

それこそ、実の親ならともかく。


「ああ、いいですね………いつもその呼び方でもよいのですよ、うふふ」

「あー………まあ、喜んで貰えたならよかったデス………」


いつもその呼び方するのは、双方にとってあらぬ誤解を生みそうなので遠慮させていただきますが。

ま、恩返しになるとは思わないが、偶にだったらこんな風に呼んでもいいかもしれない。

新鮮な体験であるのは事実だからな、それに喜んで貰えてるし。


「………お母さん………ずるい………」

「あら。ごめんなさいね、サツキ。つい」

「むぅぅぅ………」


何事かむくれているサツキちゃんをちょっとだけ揶揄う様に微笑みかけると、一歩後ろに下がったハナさんが深く腰を曲げた。


「それでは。今日もまた、お手伝いありがとうございました」

「こちらこそ、働かせていただいてありがとうございました」


同じように、腰を折る。

慌てた様子でサツキちゃんもお礼の言葉を上げると、顔を上げて笑った。


「また、お待ちしてますね、オルトルートさん!」





***





「さて、と………」


バイト終了後、家の地下室へと戻ってくると、どうしたものかと思案を重ねる。

………ふとした偶然の邂逅だったが、疑わしき存在を確認できたことは大きい。懐から小さな袋を取り出すと、その中に収められている金貨を確認した。

これはハナさんからのお給金ではない。あのウィスクムという少女を連れていた男が渡してきたそれである。


「一応確認したけど、指紋はなし、どこの誰が持っていたかなんて完全に理解は不可能ときた」


指紋があれば、どういう経路で誰に行きわたったのか、命核解者ならば調べることが出来る。指に刻まれた紋様、指紋の発生時期、形、経過時間等々を薬品で浮かび上がらせればいいだけだ。

だが、これはあの男の指紋どころか金貨に付着していた全ての指紋が存在しない。完全に対策されている。

金貨の偽造というわけでもなさそうなので、追い立てられることを警戒しての策だろう。

因みに、この街では………いや、国家やら世界といった大規模な分類に至るまで、金貨というものは限りなく純金に近いもので作られている。

その理由は命核解者による偽造を防ぐためだ。完全なる黄金の錬成はまだ命核解者が辿りついていない領域であり、故に純金ならば命核解者でも作り出したりすることは出来ないというわけである。

………半端に合金にしていた街は、命核解者が偽造しまくるせいで貨幣価値が消滅し、街自体が滅んでしまったというので、我ながら命核解者もろくでなしばかりだよなぁと思う。


「ま。それはいいか………」


指紋がなくても連中を追いかける術はある。

それよりも、問題にするべきはあのウィスクムという女性についてである。


「九相図研究………死の研究」


死より出でる、生きながらにして死んでいるモノ。

………まだ、あの研究は完成していないと見える。実をいえば、冥界旅行という伝説に代表されるように、生者は一時的に死ぬことで冥界へと行き来するということはあり得ない話ではないのだ。

だが、本当に死ねば冥府から戻ってこれず、仮初の死者は掟を破れば冥界から追放される。

死者は冥府の底へ、生者は地上を這いまわる―――これこそが世の真理だ。

あの少女はまだ生まれたばかり。死者を継ぎ合わせて作られた、新人類の卵だ。

魂はなく、生者でも死者でもない。肉体を滅ぼせば容易に死者へと戻り、生者として生ける器官を受け付ければすぐさま死に絶える、弱き者。

けれど、あれは怪物の幼体に他ならない。きっと、あの研究の果てにあるのは不老不死とはまた違う、ナニカだ。


「あの男がOBだと仮定して、男が大きく行動を起こさない理由。そして少女を連れまわしていたことを考えれば、恐らくは」


魂の育成を行っている。

肉体と魂はセットである。切っても切り離せないものであり、通常は他人の身体に他人の魂を放り込んでも理論崩壊して魂が消滅してしまう。

俺の場合は、この肉体には俺の一部も籠められているからという理由と、賢者の石を大盤振る舞いしているからということで、ようやく安定して魂の転移が行えたが、これはまさしく例外中の例外というものである。

魂の転移は不可能―――そして魂なくば、OBの研究が完成しえないとなれば、次に起こす行動は、作り上げた肉体に魂を宿させることだ。魂の育成とはそういうことである。


「とすれば、相手は相当魂に関しての研究を行っているか」


九相図の死者研究へと移る前に、恐らくは長い年月をかけての魂魄錬成実験か、或いは魂の摘出実験を行っている。

死体の継ぎ接ぎだけでは説明のつかない高度な理論立て、着実な足並みはそれを嫌でも浮かび上がらせた。


「………ん、」


一つ、気になることが出来たけど………それは一旦置いておこう。

確実にわかっていることは、今の手持ちの道具ではOB討伐は難しそうだ、という点である。

しかし、あの研究の完成はそう遠いものじゃない―――予定している武装作成は間に合わない。ならば、手持ちの道具を武装作成の研究と組み合わせ、使える手札を増やす。これが最適解だろう。

一人きりでの集中した思案をそうして終えると、息を吐いてから片眼鏡を目元に落とした。

追いかける術の作成にしろ、手札の増強にしろ………やることは、多いなぁ。そしてやることが多ければ出費もかさむ。

―――本当にハナさんには、何でもかんでもお見通しらしい。




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[一言] ハナお母さんさすが
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