第三十一話 ~再びのバイト~
***
「いらっしゃいませ!」
さて。
飛んで翌日、俺は師匠とナフェリアを家に残し、バイトにやってきていた。
まあこちらから雇わせてくださいといったようなものであるわけだし、流石にOB捜索があるからといってこっちをないがしろにするわけにはいかないんだよなぁ、と。
そういうことで、何日かぶりのバイト生活を行っているのでした。あ、今日も服は和服だよ。この和服の独特な着方とか感覚にちょっとだけ着慣れてきたのが怖い。
「ルルちゃん、着物が着崩れてるよ」
「え、本当だ………」
「ふふ。ルルちゃんはまだまだ細かい所作に気を配るまでは言ってませんからね、仕方ないでしょう。サツキ、直してあげなさい。もちろん後ろで、ですよ?」
「はーい、お母さん!」
あれよあれよという間に背中をサツキちゃんに押され、バックヤードへと連れられてしまった。
いいのかなぁ、めちゃくちゃ忙しいわけじゃないけど、今店の中にいる店員ってハナさんとサツキちゃんと俺だけだ。そして、ハナさんは調理場兼任である。
傷のあるおっちゃんだけじゃ流石に手が足りないからなー………。
「えーと、俺たち抜けて人数的に大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、すぐ戻りますし、それにあのくらいの人数だったらお母さん一人で簡単に対処できます。昔は調理配膳接客に会計までお母さんだけでやっていたんですから」
「手際よすぎじゃない?」
命核解者の才能すらありそうだな、ハナさん。
物事の整理能力が高い方が研究は良く進むから。あ、俺?俺はそういうの苦手だ、研究纏めたファイルだって管理適当だし。
「それよりも、です!オル………ルルちゃん、今直すのでじっとしていてください!」
「了解です、サツキ先生!」
「先生………ふふふ、いいですねそれっ!」
冗談交じりに言った言葉だけど、サツキちゃんには好評だったらしい。ま、実際のところ先生だしなぁ………バイト自体初めてな訳で、ハナさんとサツキちゃん二人から学ぶことは非常に多いのだ。
着物の直し方だってそう。そもそも俺は一人じゃ和服を着ることが出来ない。
「よく見れば帯も緩んでますね。一緒に直しちゃいます」
「うん、頼んだ」
「―――わ、ルルちゃん、やっぱり腰細いですね………スレンダーですけど、くびれ凄い………」
「そうなのかー」
「え、えっと………もっと自分の身体に興味持ってくださいね?どんな服が似合うかとか、まずは自分を知ってからなんですから」
「いや、まだまだお洒落な服っていうのは難しくてさ。まあ、その通りなんだろうけど」
服の感性はもしかしたら師匠に似たのかもしれないなぁ。服を着れない程じゃないけど、お洒落に気を配ったことは無い。
あと、自分の身体っていうか差異があるにせよ造形のベースはヴィヴィである。ヴィヴィの頭身が整っていたから今の俺の身体もくびれがあるだけなのだと思う。
「でも、帯が崩れる理由が解りました。くびれを消さないとですね」
「え?太った方が良い?」
「そういうわけじゃないです!………和服は、くびれがあると綺麗に見えないんですよ。お母さんもくびれがすごいので、お腹にタオルを巻いて和服が筒状になるように整えています」
「………へぇ、そうなんだ。確かに、ハナさんの和服姿は俺と違って綺麗だもんな」
「ルルちゃんが綺麗じゃないってことではないんですけどね。でも、崩れやすくなっちゃいますし………ちょっと失礼します」
流れるように帯が解かれると、何枚かの布を脱がされて、肌着だけになる。
うーん、流石に肌着だけになるとかなりすーすーするなぁ。
まあしょうがないんだけど、皆和服の時はこんな感触を味わっているってなると、ハナさんの故郷の人たちはある意味凄い。なんでずっと下着付けないでいられるんだろうか。
「―――あ、あの………?オルトルートさん………え、っと………」
「う?サツキちゃん、どうかした?」
「下着………履いてないんですか?!」
「そういうものじゃないのか?ハナさんがそう言ってたぞ」
「え、ちょっとお母さん!?」
首を傾げて、顔を真っ赤にしたサツキちゃんの方を見る。
そう。今日は和服を着せてくれたのはハナさんなのだが、その際に身に付けていた下着は全て脱いである。「そういうものなんですよ」って言ってたし、和服イコール下着付けない、というか肌襦袢で全部の下着を兼ねているんだと思っていたけど………あれ?
このサツキちゃんの反応見るに、もしかして―――違う?
「えっと、でも、だな………ぜ、前回も下着は、着けてなかった、ぞ?」
「前回はオルトルートさんの下着があまりにも余りだったからです!今日のは普通の下着だったんですよね?!」
「普通、だとは思う」
勧められるがまま適当に買ったものなのでよく分からないんだけどな。
まあきちんと女性店員さんが選んでくれたものだ、そこまで変なものではないと思う。
「履いて!ください!ブラもつけて!!」
「そ、そうするとものすっごく時間かかる気がするけど………」
「オルトルートさんの裸体を誰かに見せることになるより!何百倍も!マシです!!」
「わ、わかった………」
なんでか分からないけどサツキちゃんの圧が凄い。
頷くと、割り当てられているロッカーを開き、下着を取り出したが―――それを見たサツキちゃんがまた眼を見開いているのが見えた。
「………もしかして、俺のやつ………なんか、変ですか」
「だ、大胆です………」
両手で目を覆いだしているが、指の隙間から見てるようである。覆う必要ない気がするけどその仕草が可愛いからいいか。
はい、ところで俺が取り出した下着は、黒のレースがあしらわれた奴である。
”最近は黒が流行りなんですよ、そしてこういう形状のものがお客様にはお似合いです!!!”
とのことだったわけだが………うん、騙されてんなこれ。
「紐だ………すけすけだ………ふわぁ………」
「ちょ、ちょっとサツキちゃん!?」
「うう………オルトルートさんが大人の服装を………うう………」
「ちょー!?ハ、ハナさん!!へるぷ!!助けてー?!」
へなへなと倒れ込んだサツキちゃんを抱えると、思わず叫ぶ。だって、今の俺の姿って全裸に布を巻いただけみたいなものだし!流石にこれでバックヤードから外に出たらただの変質者だ。
店の看板に泥を塗るわけにはいかないし………と迷っていると、扉がゆっくりと開いた。
「あらあら。サツキにはまだ早かったようですね。せっかくのチャンスだったのですが………」
「ハナさん?」
「奪う時は素早く、鮮烈にと常日頃から教えていますが、ふふ………サツキもまだ甘いです。チャンスを見つけられないとは」
「えーっと?」
「いえ。なんでもないのですよ、ルルちゃん―――さあ、下着をつけて戻りましょうか、ふふ」
「は、ハイ………」
―――よく分からないけど、この状況はハナさんがある程度予測していたものらしい。
うん。朝一の俺の着付けからこんなことまで考えつきますかね、普通………本当に、先を視る力という点においてハナさんには敵わないなぁ。
「あ、それとですね。もしも命核解者としての重要な仕事があるのでしたら、連絡さえくれればそちらを優先してくれていいのですよ?あくまでもこれはバイトですから、本業の障りになってはいけません」
「でも、一応こっちも仕事を貰っているわけですし」
気付けをされていると、ハナさんがそう言ってくれたが、それでも。
俺は手伝うべきだと思った。まだまだ迷惑をかけっぱなしだけど、少しでも恩を返したいからな。
………だが、見上げた俺の唇にハナさんのしなやかな人差し指が置かれて、囁かれる。
「命核解者様の仕事もまた、世のためなんですから。とはいえずっとそちらに専念というのも、サツキが寂しがるので困りますけれど。無理はしない範囲で手伝いに来てください―――これくらいのことは貸しにもならないのですから。私は、初めてあなたに出会った時からあなたを助けると決めているんですよ、知っていますよね」
「………はい。本当に、ありがとうございます」
「ふふ。ええ………むぎゅ~ってしてあげます」
「え、ちょ、むぅ―――」
ハナさんの豊満な胸の中に包まれ、頭を撫でられる。やばい、すっごく落ち着く。心音が心地いい。
傍から見れば相当に変態な気もする………って、今の俺は女児の姿だから、精々がいい子いい子されてるように見えるだけか。
だったら、いいか。ちょっとだけ、頭を預けよう。
「ずっと、あなたは頑張り続けていたんですから。一つ、集大成を迎えたと思ったらまた新しいことを抱え込んで………少しは休んでいいんですよ。彼女だって、それを望むはずです」
「………どうでしょう、ね。ヴィヴィはほら、俺には冷たいですから」
「まあ。ふふ、それはどうでしょうね」
少しだけそうしていると、どちらともなく離れて気付けが終わる。
ハナさんは呻いているサツキちゃんの額の上に水に濡らしたタオルを置くと毛布を被せて、店へと戻る。
俺も、それに続いた。
「出来るときに出来ることを。無理はしない。それが大事ですよ、ルルちゃん」
「分かりました………ハナさん」
帯を整え、髪に触れる。
翠のそれを優しく払うと、仕事に戻った。さて、その優しさに報いるためにまずは、しっかり働きますか。
まずはお店の従業員として恥ずかしくないように、気を付けて振る舞うとしよう。そう決めて、お盆を取った。




