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第三十話 ~家に帰りましょう~


決意も新たに、喫茶店を後にすると、とりあえず今日の捜索は完全に終了だ。

根を詰めても碌なことになりはしない。これは研究でもいえることだけどな。

人間の集中が持続する時間なんてたかが知れている。学校の授業の一時限の間中すら続かない程に、人間の集中力というものはすぐ切れてしまう。

訓練した人間でも、命を賭した修行でもしない限りは一時間程度が関の山だろう。命核解者もまた、一日中集中力を持続させられる人間は稀だ。

師匠とかヴィヴィは、その稀な人間の一種だけどな。天才と凡人を一緒にしちゃいけない。

なお、ナフェリアもその気がありますね、はい。一般人なの俺だけかい。


「家に………帰るんです、よね………?」

「そうだぜー。飯も食べたし、今この場で調べられることも少ないし―――やることもあるから、な」

「やること、ですか………?」

「ああ。ま、何の策もなしに危険な相手に突っ込むってのも流石にな」


そもそも、俺は過去の経験から無策での突貫というのはあんまり好きではない。

やるならば事前の準備を完璧に。勝つ前に勝っているのが当たり前、とまではいわないが、一か八かの賭けに出るっていうのは論外だ。

不老不死だとしても、喪うものはある。俺自身ではなく、俺に関係するものは、欠ければ決して蘇らないのだ。


「先生の研究………視られるんですね?」

「俺の研究なんて、師匠とかに比べれば大したことないけどなあ。地味だし」

「進みが遅いからな。秀才故だ」

「………師匠みたいに直感で世界の真理を読み取れないので………」

「なに、悪いことじゃない。思考を重ねる人間というのは世に一定数必要だ。世界は天才だけではなく、天才の思考を世に普遍的に伝える秀才がいるからこそ成り立っているのだ。発想を構造に変換する力、というべきかな」

「そういうものですかね?俺からすれば、理解力の未熟さに唇を噛むばかりですけど」


頭の後ろで手を組んで歩きながらそんなことを言っていると、師匠が苦笑していた。


「未熟ではない。それだけは私が保証する。お前は真理に辿りついた―――誇れ、その偉業を」

「………、はーい」


背中を優しく叩かれてしまった。照れるなぁ、まったく。

三人分の足音は、やがて外縁を区切る境界門へ。知っての通り、この門は内縁に向かう程に高く、強固になっているうえに、門の位置は別の外縁に向かうたびに通り抜けた箇所とは真反対に設置されているため、ただ歩いていくには恐ろしく遠い。防犯上の観点から、列車などもない。

だが、行きでも使った辻馬車は常に客を求めて境界門の周囲に停車しているので、ナーフ銀貨を人数分払い、それを使用することにする。いや、行動費が支給されているのはありがたい。


「狭い」

「文句言わないでください、師匠」

「………わ、私は、むしろ………好きです………」

「あー。オルトルートに抱きつけるからか」

「………はい………」


おー、懐かれるのは悪きはしないぜ。一応は四人乗りだという(御者の談)狭い馬車で、三人横並びで座り、揺られること数十分。いや、四人乗りで一列席って明らかに四人分じゃないよね。その分安かったからそんな気はしてたけどさ!

………あ、ちなみに俺が中心にいます。ナフェリアが俺の腕を抱えているけれど、度々際どい所に当たっていてちょっと恥ずかしい。ナフェリア自身は気にしていないようだから、俺が突っ込むのもなんか違う気がして言えないけどさ。


「で。何の研究をするつもりなんだ」

「え、ここで言います?人いるのに?」

「空気遮断をしている。密偵の心配はない」

「………さっすがー」


音は基本的に、空気がなければ伝わらないため師匠が言うように空気を一定空間内にとどめ、動かないように固定化すればそれが他者に伝わる心配はない。読唇術に関しても、馬車の中では外部の目が届かないため問題ないだろう。


「お前のことだ、ただの武装ではないだろう」

「ええ。ちょっと変わり種を。俺は師匠みたいな高クオリティの武装をたくさん持つのは頭のスペック的に出来ないので、ヴィヴィみたいな超性能の武装を数個持つ感じで行こうかなって」

「単体多局面対応武装は難易度が高いぞ。それこそ天才の領域だ」

「分かってます。けど、案はあります」

「………ほう?」


師匠に対し、爪で指先を切る様子を見せる。

玉のような血が一瞬現れ、そして傷口は再生して血も本当の小さな煙を上げながら蒸発して消えた。


「俺には、これがあります。この身体もあります―――全局面に対応できる武装も、つくれるかなって」

「………今回は間に合わん。試作を運用できるように調整しておけ」

「あはは、分かりました」


―――師匠には敵わないなぁ。

これだけで、俺が何を作ろうとしているのは分かってしまったんだから。

隣のナフェリアはまだ、不思議そうな顔をしていた。けど、この子も命核解者としての才能は本物だ、きっとすぐに俺の実力なんて追い越すだろう。


「師匠からの選別だ。お前の悲願の成就祝いに、とっておきの素材を分けてやる。無駄遣いするなよ?」

「本当ですか?やった、ありがとうございます」

「あの眠り姫も………さっさと起こせよ」

「―――そう、ですね」


未だ朽ちることのない魔力の鎧に守られたヴィヴィ。

思い人、俺の初恋の人。

手を出すことすらできない無敵の鎧を通り抜けて彼女を助ける方法を、どうにかして見つけないとな。


「先生………家が、近づいてきました」

「お?ほんとだ―――よし、かえろかえろー」

「ところで今日の飯はなんだ、オルトルート」

「え?あ。買い物しないとじゃん」


………今日の夜は、そうだなぁ。カレーにでもしようか





***




幾つものスパイスを使った本格カレーを出した夕食後。

俺は地下室に籠り、研究を行っていた。俺自身の研究っていうのは久々かもな。ナフェリアに教えるってのあったけど。

ただ普段と違うのは、それを見ている人がいるってことだろうか。


「ナフェリアは分かるんですけど、なんで師匠まで?俺の研究なんて今更でしょ」

「偶には弟子の研究も見てみないとな。どこまで進化しているのか気になるだろう」

「あんまり進化なんてしてないですよ………」

「そうだな。だが、教えた基本を忠実に守っているのは嬉しいぞ」

「あ………そっか………先生に研究を教えたのは、アリス師匠ですもんね………」

「ああ。ま、私の教えは分かり難いと評判だ。素直にオルトルートに教えてもらえ」

「そう………なんですか?」

「一般人からすればね。ナフェリアはどうだろう。意外と合うかもな」


そのかわりに性格は歪むだろうから勧めることはないだろうけどな。


「おい、誰の性格が悪いって?」

「そこまで言ってないです」


だから心の中を読まないで。

―――さて。雑談をしながらも、手は止めていない。頭もな。

今回使っているのは辰砂だ。赤い鉱石………その内側に神秘なる鉱物を含む物体。

前の探索で拾ってきたやつである。師匠から素材貰えるのは嬉しいけど、その前に色々と調整はしておかないとだからな。

ぶっつけ本番で使えるわけないって。師匠の持ってる素材って伝説級のものばかりだから、並の研究よりも取り返しのつかないものになっているのである。

オリハルコンとかアダマンタイトとか、横文字だけでかっこいい上にやばいってわかるものがぽんぽん出てくるんだもん、普通に引くわ。原初の黄金とか出てきた時は最早倒れた。

まあ、そもそもとしてどんな素材を貰えるかも分からないし、自分の考えを実現させることを優先しないとな。

………辰砂に生命探求用の万物融解剤を振りかける。調整は既に終わっているため、素直に溶解反応が発生し、辰砂からお目当てのものが抽出された。


「水銀………」


ナフェリアのつぶやきに頷く。

辰砂は水銀の材料だ。万物融解剤を使わなくても、科学的手法で取り出すことも出来る。面倒だけど。

………これは不老不死研究の代表格、錬丹術について研究していた時に考えた武装、その材料の一つだ。

勿論、ここに更なる性質を加えてようやく形になる予定ものだが………ああ、師匠の顔を見れば、既に何を加えればいいのかまで理解していそうな表情を浮かべていた。


「成程な。やはり、発想は悪くない。もっと詰める必要はあるだろうが」

「………ですよねぇ。これだけだとまだ性質が不足してて」


他に溶けださせた性質を水銀に溶かし、武装を試作する。

羽ペンの先を頬に当てて、その組合わせを吟味したが―――あー、やっぱり足りない。俺の考えている武装にはあと一歩、柔軟さが不足していた。

でも、まあ。今回のOB討伐で使える程度の武器………道具は作れるかな。とりあえずはそちらメインで構成してみよう。作っているうちに、何か思いつくかもだし。


「………先生の研究………ゆっくりだけど、確実………すごく、参考になるなぁ………」


そうして、夜は研究と主に明けていく。

それと共に、”冥府の医師”の影は、街の中を覆い始めていた。

誰にも知られず、静かに、緩やかに―――宛ら、迫りくる死のように………。










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― 新着の感想 ―
[一言] 原初の黄金 なんかすごそう どんな武装ができるのか、楽しみだなぁ 今日もナフェリアが可愛い
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