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第二話 ~街角の弟子志願少女~

「うーむ、血液でも調べてみるかなぁ」


研究を考えながら、俺の住処、第三外縁へと向かう最中、人混みから変な話が聞こえてきた。

どうやら、幽霊が出たとかいう話のようだが……。

ま、眉唾に決まってるよな。

幽霊なんてこの世にいないし?だから怖くなんてないし?


「あの…もし?」

「うわっはいぃ?!」


唐突に後ろから声をかけられて、心臓が飛び出るほど驚いた……変なこと考えていたせいだ、うん。

でも大丈夫、俺心臓が飛び出ても死なないからさ!

声の方を振り向くと、薄い空色の髪をした、なんていうか……存在感が希薄な少女がいた。

背丈は俺よりも少々高いくらい。

なによりも目を引くのは、大きな胸だなー……いいものをお持ちで!

スタイル抜群、そして美人……なのに、なんで存在感希薄なのだろうね。


「あの……あなたは、命核解者様でしょうか……?」

「え?ああ、まあ」


なんでわかったんだろうか。


「あの………!!」

「はい?!」

「その、私を………弟子にしてください!!」

「……………ええー?」


唐突に、街中で弟子にしてくださいと頼み込んできた少女。

名を、ナフェリアという。




***




「えっと、散らかってるけど、どうぞ」

「お…お邪魔します」


そそー、そんな表現が似合う歩き方だった。

いや、くつろいでくれていいんだぜ?

適当に椅子を取り出すと、持ってきてナフェリアの前に置いた。

俺は床に直座りである。

いつか来るヴィヴィとの甘い生活のためにも、もう一つくらい椅子を買い足しておかないとな……。


「あ、ありがとうございます。失礼します」


礼儀正しい子だな。

しかも、作法がなってる。

椅子への座り方が、なんていうか……淑女(レディ)だった。

無駄なく、堅くなく、淀みなく。

ひざ裏を椅子に近づけてから、浅く座り込み、やや横に足を流す。

手はそれと同時に太ももの上に置く。

うーん、きれいである。

なんか、お嬢様みたいだな。


「で、聞きたいんだけどさ。なんで命核解者になりたいんだ?」


――――命核解者になるのには、特別な資質はいらない。

解析して、まとめ、実験する。

俺たちはそれを何度も何度も繰り返すのが、仕事なんだ。

血筋などの、才能が必要な魔術とは違うのである。

しかし、それゆえに、命核解者となって成功するものは多くない。

才能がなくても始められるというのは、才能が開花しないままに一生を無駄にしてしまうという可能性も秘めているのだ。


「その………目的は、話せなくて……でも、どうしてもなりたいんです!」

「大変だぞー?」

「それでも!……あの、それでも、なりたいんです……」


大声を出したことを恥じたかのように、もう一度小さく、しかし聞こえるという声で続きを話すナフェリア。

なんか、理由がありそうだな。

………そう言うことなら。


「いいよ。弟子にしてあげよう!あ、でもあれな。俺別に天才に近いだけで天才ではないし、命核解者であるっていう公表してないから、お金とかはないよ?」

「大丈夫です!……はれ?命核解者だって公表してないんですか?」

「うん」


だから、なんでこの娘は俺が命核解者だってわかったのか不思議だったんだもの。

普通、名が売れてる命核解者なら、顔も知られているから弟子志願に行くのも分かるけど、俺みたいに知られてないのに弟子志願なんて、普通はおかしい。

きっと、理由が絡んでくるんだろうけど―――深くは聞くまい。

俺だって、秘密の一つや二つある……とおもうし。


「でも、もっと有名な命核解者の人を訪ねなかったのは何でなんだ?」

「あの………」


あら、黙っちゃった。

うーむ、なんか、入り組んでんだなぁ。


「まあいいか。よし、じゃあ――――」

「じゃあ?」

「飯にしますか」




***




テーブルに集まったナフェリアが、思わずといった感じで言葉をこぼした。


「………え、これがご飯…ですか?」

「おう。……ま…まあ、人によってはご飯じゃないかもしれない」


今日のメニューを見てみよう。

パンの切れ端。

もはや味が薄まって水みたいなスープ。

水。


「……金、ないんだ」


借金している&研究機材の確保で稼いだなけなしの金も飛んでしまう――結果、食料を減らすわけですよ。

まあ、もう俺は不老不死だし?

飯は食わなくても、死にはしない。


「まあ、そういうことで、どうぞ」

「あれ、えと……師匠?の分は」

「師匠なんてむず痒いなー……オルトルートでいいぞ」

「呼び捨てなんて、そんな……あ、じゃあルートちゃんでいいですか?」

「ちゃ……んだと……」

「え?」

「あ、うん。ルートでいい……だけど、ちゃんはやめてくれ」

「すいません…馴れ馴れしかったですよね……」


あ、昏い雰囲気になりそうな予感。


「ああーやっぱルートちゃんでいいよ!うん!さあ、ご飯を食べよう!」

「ありがとうございます、ルートちゃん!……あの、ルートちゃんの分は…?」

「俺はいらん。どうぞ」


これからは食費を削ろうかと思ってたが、二人に増えるからな、うーん……。

バイトでもした方がいいのだろうか……。


「え…でも」

「それより、ナフェリア。住む場所とか、どうするんだ?」

「えと…大丈夫です、なんとかしますから」

「んー……何とかするってことは、当てがないのか」

「あ…!いえ、本当になんとかなるので!」

「じゃ、バイト決定だな、うん」

「ふえ?」


身長の差のせいで、若干背伸びをして、ナフェリアの頭を撫でる。


「――――え?」

「よ…よしよし、じゃ、ここに住んじゃいなよ!ということで、ちょっと俺出てくるなー」


頭を撫でられることに慣れていないんだろうか、かなりびっくりした様子のナフェリア。

いやだっただろうか……なんか、気まずくなって、家を出ることにした。

………バイト先、探すかなー。




***




「バイトー。バイト―。ばいとー。……やっべぇ、全然当てがねぇ」


そもそも、四十五年生きてきて……あ、ここに住んだのは十五の時だから、三十年間か。

三十年間の間、足が不自由なのもあってまともに運動なんてできなかったわけで。

運動が主なバイトができるわけないんだよな。

ということで、事前知識ゼロである。

どこ行けば働けるんだろう………。

こういう場合は、知ってそうな相手に聞くしかないな。

ということで、二つ隣の家に向かった。


「ハナさーん、いる?」


実は、俺の暮らしている家は借家なのである。

好き勝手に内装弄ってるし、しまいには地下室まで制作してるけども、ちゃんと元の持ち主がいるのです。

それがハナさん。ハナ=ジッチヴェール

……弄っていいって、許可貰ってるからね?!

さすがに俺も無許可でいじくりまわしたりはしない。

そして、ハナさんは、俺が命核解者だっていうことを知っている数少ない人の一人である。


「はーい、ごめんね、今お母さん出てて―――って、どちら様ですか?」

「ありゃ、サツキちゃん。そっか、ハナさん出てんのか」


ハナさんは、異国の和服というものを愛用している、妙齢の美人さんだ。

なんでも、俺は見たこともない、極東出身だそう。

船に乗って、商売をしてるうちに、十年前に亡くなった旦那さんに出会って、結婚、ここに落ち着いたのだという。

おっとりしていて、静かだが、やるときはやるという人なんだぜ。

年齢は俺の一つ上のはずだが、あまりにもきれいなので、二十歳は若く見える。

命核解者の道具でも使ってんじゃないのかっていうくらいの若々しさである。

そして、その一人娘が、いま目の前にいるサツキちゃんだ。

ハナさんは、真っ黒な黒髪に、黒色の瞳だけど、ハーフのサツキちゃんは、お母さんのハナさんと同じく、髪こそ黒だけど、瞳は青色なのである。おそろいの和服を着ていて、目の色とのコントラストがとても美しい。

活発そうな十五歳の少女で、成長期の真っ盛りの彼女は、まだ今の俺より背丈は小さい。

ハナさん見る限り、そこまで大きくはならないだろうなぁ、背は。

……胸はわかんないけど。


「……えーと?………え、もしかして……オルトルートさん?」

「おう、そうだぞー。見た目変わってて驚いたか?」

「見た目どころか性別まで変わってるんですけど?!」

「それにしても、よくわかったなぁ、俺だなんて」

「……その玉簪、私があげたものだもん」

「ああ、そっか、そうだったな」


今俺の髪に付けられている飾り。

玉簪というらしいそれは、七年くらい前に、サツキちゃんからもらったものだ。

翡翠によってつくられている、一本の棒の端に、渦巻きの模様の入った玉がついている。

髪飾りだとは聞いていたが、当然当時男の俺には付けられなかったので、首飾りとして使っていたのだ。

今は普通に髪にさしてるけどな。

ただ、付け方わかんなかったから、頭の上の方にさしてあるだけだ。


「あら?オルトルートさんじゃないですか。どうしましたか」

「あ、ハナさん」


って、ハナさんも俺がわかるのな。

さすがです。


「お母さん……あの」

「よしよし、サツキ。あとで話聞いてあげますからね。ところでオルトルートさん、どうしましたか?」

「あー、実はですね。一人弟子を取りまして……お金を稼ぐために、バイトでもしようかと」


なんでこの姿になったのか、聞いてこないのはすごくありがたい。

地味に俺の研究結果はすごいものだし、ばれたらめんどくさいことになるよなぁ。

そんなことまで考えているハナさんは、さすがです。

いや、本当にいろんな意味で頭が上がらない相手なんだよ、理由はいずれ話すけど。


「なるべく稼げるところがいいんですけど……当てありますか?」

「そうですねぇ……大変でも、いいんですよね?」

「ええ。あー、ただ……あまり時間を圧迫されるのは」

「ふふ、そうでしたね。では、こんな感じでどうでしょうか」


ハナさん愛用の、和服の袖から出てきたのは、革の装丁の手帳。

そこに羽ペンでスラスラ書き連ねられた文字は、給料明細だった。

……え、この労働時間でこのお金?!

五時間の働きで、一万ナーフ!

普通のバイトだと、時給八百ナーフほどだから、時給換算すると、平均の二倍という、破格の値段である。

ごくりと、つばを飲み込む音が、大きく聞こえた……。


「……それだけ、大変な仕事であるってことですね?」

「はい。よろしいですか?」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「はい~。では、明日、ここまで来てくださいね」


ハナさんは超達筆で絵もうまい。

ここから、目的地までの道のりを示した絵をすらっと描くと、ピリリと破って、俺に渡してくれた。


「では、また明日(・・・・)

「はい!……また明日?」


まあいいか。

場所を確認するために、紙を見る。


「あれ、この場所って……」


第三外縁の、外食関係の店が多く集まる場所、通称猫の休息(ハングリー・キャット)

働く場所は、飲食系なのか。

紙を服のポケットの中にしまって、市場に向かうことにした。

―――食料もだが、研究材料も手に入れないとな。




***




「おくさん、聞きましたか?また幽霊の目撃があったんですって」

「怖いわねぇ。命核解者様の実験ならまだいいのですけど」

「でも、たまに迷惑かかってくるときもあるじゃない?」

「魔女が襲ってくるのに比べたらねぇ……」

「あぁ、確かに」


幽霊――そっか、命核解者の実験の可能性もあるのか。

ただ、不老不死を最終目標としている命核解者が、それと対極の幽霊、死霊の研究をするっていうのは考えづらいんだけどな。

そういうのは、魔術を使う魔術師の方が得意そうだし、好きそうだ。

ちなみに、魔女っていうのは、魔術師の中でも大きな力を持っていて、普通の人間と敵対している人たちのこと。

女の子だけしか生まれなくて、女の子だけで暮らしている。

寿命がすごく長くて、魔術を使うから、数は少ないのにとても強いのだ。

たびたび略奪とか、男をさらいに襲撃しに来るから、警戒が必要なのである。

そんな魔女と同じくらい、何をしでかすのか全くわかんないのも命核解者の特徴だし、いろいろこっちにも警戒しとかないとな。

巻き込まれちゃたまらない。


「おじさん、この林檎とパンと、あとこの………変わった石ちょうだい」

「お、お嬢ちゃんお目が高いねぇ。この石、実は魔女の森で見つかったもんなんだよ!」

「……売れてないみたいだけどな」

「気にするなよ……まあ、サービスってことで、安くしとくからよ」

「ま、それならいいぜ」


チャリンとナーフのコインを渡して、今日の夕食の予定の林檎とパンを複数、魔女の住んでいる魔女の森から見つかったらしい石を受け取った。

石は、もちろん触媒に使用する予定だ。

……まあ、何が取れるかなんて、わからないけどなー。

さて、じゃあ家に帰りますかね。





***   




「うわーん、お母さん!オルトルートさんが、女の子になっちゃったよー!」

「よしよし、いい娘だから泣き止んでください」


困りましたね……。

娘のサツキは、昔からオルトルートさんのことが好きでしたから……男の人じゃなくなったことで、恋愛できないって思ってしまっているのでしょうね。

さらに、一人弟子をとったという言葉も、聞いていたのでしょう。


「サツキさん、いいですか?」

「う…うん」

「女の子同士でもいいではないですか。愛に、貴賤はありませんよ」

「……そうなの?」

「もちろんです」

「でも、弟子とったって……その人の方が、私よりも多くオルトルートさんと居られるってことなんだよ……」


確かに、その通りですね。

今は、オルトルートさんの意識は、ヴィヴィさんという方に強く向いているようですがこの先何があるか分からないのです。


「安心してください、お母さん、手は打ちましたから」

「ぐす……ほんと?」

「はい。ですから、泣き止んでください。……そろそろ、ご飯にしましょうか」

「うん!」


ふふ、本当にかわいい娘です。

私の宝物、どうか幸せに生きてほしいものです。



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