第二十四話 ~”アウト・オブ・バウンズ”について~
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「う………ううー………」
「ははは………まだ駄目そうだな」
銭湯に存在している休憩場所にナフェリアを移し、座布団を布団、俺の膝を枕にして寝かせること十分程度。
まだまだナフェリアの顔は赤く、のぼせているのが見て取れた。
あんまり長時間は入ってないはずなんだけどな。温度が高いから慣れないとのぼせやすいっていうのは確かにあるが。
―――ま、それよりも、だ。
気にするべきことは他に在るよな、と思いつつ、隣で牛乳を飲んでいる師匠へと視線を向けた。
「ん、なんだ?」
「いえ、相変わらずお風呂上りに服着ないんですね、と」
「着方が分からん」
はい出ました、師匠の生活能力の無さ!
この人はこういう人なんだよ、この前再会したときに布を身体に巻き付けていただけなのは着方が分からないからってだけなんだよ!
研究だけに明け暮れ、他の全てを削って………いや、違うか。使える時間と能力全てをつぎ込むほど研究に熱中しているのがアリストテレスという人物である。
まあ、弟子である俺はそんな師匠の生活面倒を見るのも仕事でして。いや、前までの俺は足が動かなかった分できないことも多いし、少なくとも得意ではないんだけどな。
得意だったらハナさんやサツキちゃんから料理教えて貰ったりしない。あの二人見てればわかるけど、料理上手な人って自分で料理発明するからなぁ。
冷蔵庫の中に入っているものを見て即興で作れるもの思いついたり。家事スキルの次元の違いを実感しました、と。まあそんな話はさておいて。
ナフェリアを仰いでいた団扇を隣に置き、師匠に向かって両手を広げる。
「ししょー、早く」
「ああ」
小柄な、と言っても今となっては俺とあまり変わりはない師匠の身体が俺に寄りかかる。正面からだとナフェリアにぶつかるので肩の方に寄りかかられている感じだ。腰を捻っているけど若さゆえに問題なしである。うん、若い身体っていいね。
団扇の代わりにタオルを手に取ると、師匠の髪を優しく拭き取る。
「お前の拭き方は相変わらず上手だな。丁寧で割と好きだぞ」
「………何回も拭かされてれば上達もしますよ」
丁寧と速度を両立させることが出来るのも絶対数が多いためだ。まあ、内弟子時代の日課みたいなところあったからな。
師匠、日によっては一日に数回お風呂入るし、その度に拭いてれば、ねえ?
「声の聞こえる位置は違うがな。といってもこれはこれで………ふ、胸のクッションでいい感じだ………」
「ちょ、頭動かさないでくださいって!くすぐったいでしょ!」
「感じているのか?」
「いい加減セクハラで訴えますよこのやろう」
意図的に危ないところ周辺を擦るのをやめてください。
「………で、聞いてもいいんですか。なんで戻ってきたのか」
ふわふわという擬音が似合う感じで師匠の髪の水滴をしっかりと拭き取り、浴衣を着せながら静かにそう問いかける。
命核解者は効率厨、その中でも無限の寿命でありながら常に研究のため時間に追われている師匠が、わざわざ俺の元に手伝いを乞いに来るその理由。
あまりナフェリアに聞かせられない話の可能性もあるし、意識が朦朧としている今のうちに俺だけで聞いてしまった方が良いだろう。
「ん。一つはただ拠点を移動させようと思っただけだ。まあ引っ越しだな」
「師匠の家、何が在るか分からないんで引っ越し手伝いは無理ですよ?」
「今のお前なら死んでも問題ないだろ、手伝えバカ弟子」
「人の不老不死を、危険を探る便利な道具扱いにしないでください………」
痛いには痛いんだから。
ちなみに師匠の家は移動式だ。著名な命核解者ということで人に狙われやすいという性質上、いつでもすぐに逃げられるように研究所でもある家ごとコンパクトに持ち運べるようになっているのだが、残念なことに生活能力がなくて散らかり放題の家は不用意に中に入ると非常に危険なのである。
なにせ爆発物とか普通に転がっているからね。本人は何故か散らかり放題の家の中でも絶対にそういうものは踏まないし、必要なものは引っ張りだせるんだけど、多分師匠と一番付き合いの長い俺でもそうはいかない。頭の中どうなっているんだろうね、この人。覗いたら覗いたで正気喪いそうだけどさ。
「で、もう一つは?」
「危険研究の排除だ。この街に”アウト・オブ・バウンズ”が発生したみたいでな」
「………俺のことではなく?」
「不老不死研究は命核解者にとって自然なことだ。危険研究には該当せん。君が不老不死に到達したことがばれたら色々と問題だろうがな」
―――師匠は命核解者同士として話をするとき、俺のことを君と呼称する。
ちょっと距離すら感じるその呼称に切り替わったのは、”アウト・オブ・バウンズ”という単語が登場したせいだろう。
ゴルフとかそういうスポーツでも使われるOB、その正式名称であるこの用語は俺たち命核解者からすると、狂気に落ちた危険な研究を繰り返す命核解者の事を指す。
アウト・オブ・バウンズは直訳すると”境界の外側”、或いは”埒外”という意味だ。本来人の世のためにある命核解者の研究が、人の世界に仇なすようになると、その研究をしていたものはこの”アウト・オブ・バウンズ”に指定され、討伐対象となる。
これは多くの場合、命核解者が迫害されないようにするために不穏分子を自らの手で粛清する自浄作用な訳だが、これも指定方法が微妙で危険な研究をしていてもそれが明確に人の目に触れなければセーフとか、グレーゾーンを攻めまくりなものなのである。
逆にいえば指定されたということは、相当あくどいことを隠しもせずにしているパターンということなんだけど、稀に命核解者の管理団体が気に入らない命核解者を指定することもあるので、”アウト・オブ・バウンズ”の指定を鵜呑みにするわけにもいかないんだよな。
かくいう師匠自身もこの”アウト・オブ・バウンズ”に指定されたことが何度もある。全部返り討ちだけどな、この人の場合。
命核解者の管理団体との軋轢とか、そもそも管理団体とはとか、他に説明しないといけないことは色々とあるんだが、それよりも気になることがある。それは、
「珍しいですね、師匠が”アウト・オブ・バウンズ”の排除を行うなんて。いつも指定される側ですし、そもそも師匠は管理団体に研究者登録していないじゃないですか」
「登録してない野良の命核解者なのは君も同じだろうが。………古い知り合いに泣きつかれてな。どうやら並の人間では手に余る相手らしい」
「へー、ふーん。師匠に古い知り合いなんて居たんですね。ちょっと意外でした」
「なんだ嫉妬か」
「まあちょっと。一番師匠のこと知ってるの、俺だと思ってたんで」
「………ふ。間違ってはいない。知り合いではあるが、弟子ではない。お前は私にとって唯一無二だよ」
「………はーい」
手が伸ばされ、師匠の指が俺の頬を摘まんでいた。唯一無二とか言って貰えると、嬉しい。
「さて、本題に戻るとしようか。対象の研究はどうやら死者の復活やら死人の操作やらに関係するようでな。遺体まで漁り始めたということで流石に管理団体が待ったをかけたが、それも無視。暴走して姿をくらましたそうだ」
「で、ようやく発見した潜伏先がこのフェツフグオルだったと?」
「その通り」
「………ちなみに、その命核解者が指定喰らったのって何年前ですか?」
「十年以上前だ。研究の完成が近いのだろう、最近になって動きが活発になってな。それによって見つけることが出来たらしい」
「十年かあ。………今じゃもう、不老不死っていう本題からは随分と離れてそうですけどね」
「暴走当時から本題はどこかに消えていた。ま、指定喰らう命核解者なんてそんな奴らばかりだな。私の場合はしっかり不老不死研究していたのに指定されたが」
「管理団体と仲、悪いですもんねぇ」
多分に師匠の性格問題もあっただろうけど、もっと性格が歪んでいる人間は命核解者には多いのでなんともいえない。
結局は人間の感情で決まってしまうことも多いのだ。
「で。弟子よ、手伝ってくれるのか」
「そりゃもちろん。手伝いますよ、俺はあなたの弟子ですから」
………恩義もたくさんあることだし、な。
「じゃ、そういうことでよろしく。引っ越し終わるまではお前の家に住むがいいな」
「あ、はい。………はい?」
………あれ、俺の家にまた居候が増えるの?まじで?
本当に、そして相変わらず。嵐のような人だよな、このアリストテレスという俺のお師匠様は。
布団とか予備あったかなぁ、などということを考えつつ、とりあえずまだのぼせているナフェリアの看病を続けたのであった。




