第一話 ~そうだ、ヴィヴィに会いに行こう~
「とぅ、やぁ、せぃ………まぁ、女の身体じゃこんなものだよな」
それでも前の身体よりはしっかり動けているけど。
体が動くって素晴らしい。
「うーむ、できることなら筋骨隆々のイケメンになりたかったぜ」
しかし、それはできない相談であった。
不老不死の研究の際に、材料にした生物はいろいろいたが………そのほとんどが、メスの方が寿命が長かった。
それに目をつけ、不老不死との親和性の高さは女の方が高いのではないだろうかと思い研究したのだが、果たしてその結果はやはり、というものだった。
紅き海月や、原始植物性動物などの形質を万物融解剤で溶かし、取り出して加工してみても、男では会わずに崩壊してしまうのだ。
それに比べて女では内部形質―――精的にもしっかりと結合し、その寿命や肉体の寿命を大いに増やして見せたのである。
万物融解剤は俺のように魂のみを摘出することもできるが、だいたいの使い道は生物の特性を摘出することに使用される。
生物の死骸などに成分を調整して溶かすことで、エリクシールと呼ばれる生命の欠片を手に入れ、それを加工することで真理に近づこうとしているのだ。
もちろん、抽出される欠片の純度や、何が摘出されるかは万物融解剤の成分と量によって全く変わるので、命核解者たちはこぞってその調整をしているのだが。
「このままヴィヴィにあって、「あなたなんて……オルトじゃない……」なんて言われたらどうしよう?!」
きっと立ち直れないよ!
……いや、そうなってしまっても変わらずに愛していますといい続けるだけだな。
愛が重いとか言わないでほしい。
30年の妄執とか言ったやつ誰だ。
「さて、じゃあ……行くところは一つか」
動ける体をせっかく手に入れたのだから。
向かう場所はただ一つである。
今は付き添う人もいらないからな。
***
俺が暮らしているのは、フェツフグオルという街だ。
この街の特徴は、とにかくでかいということと、街全体の構造が丸いということである。
まず、内縁という、街の大事な建物などが密集した中心街があって、その周りに第一外縁という区がある。
その次は、さらにその第一外縁の周りをぐるっと囲むように第二外縁があり……という風に第五外縁まであるのである。
なんでも戦闘に備えた形だとかなんとか。
この丸い街の外縁は、そのまま直結して貧富の階級に繋がっている。
もちろん、中心に近いほうが金持ちである。
第一外縁は、第四外縁、第五外縁に住んでいる人たちからひそかに貴族外縁と呼ばれているほど、金持ちが住んでいる。
ただ、そのカースト制のようなこの街の住処にとらわれない人間もいる。
まあ、命核解者なんだけどな。
命核解者はパトロンがいてもいなくても、好きな場所に住めるのである。
なぜかといえば、命核解者が研究者だから、としか言えないな。
ほら、研究の素材が取れる場所に住んでないとまともに研究とかできないじゃん。
……そういえば、体を変える前に不老不死以外の研究をーの件があったが、あれは実際正しくて正しくない。
本質的には、命核解者はみな不老不死の研究をしているのだ。
ただ、その不老不死に至る道筋が違うだけであって。
例えば師匠、アリストテレスの場合。
師匠は不老の研究で知られるが、正確には”存在及び形質の劣化抑制による結果的な不老不死”の研究をしていた。
どういうことかといえば、肉体などの崩壊を、何かしらの手段で起こらないようにしてしまえば、それは結果的に不老不死に至るのではないかという研究なわけだ。
結果、どんなに頑張っても外部的要因による劣化を防ぐことはできず、不老までしか再現できなかったから、今では研究テーマを変えているようだけどね。
そうすると、俺は命核解者としては外道といえるらしい。
不老不死に至るためのテーマを持たず、不老不死そのものをテーマとしている命核解者はいないそうだしな。
俺の場合速度と確実性を重視した結果だからな……。
まあ、なかなかデメリットもあるから、困っているといえば困っているのだけど。
命核解者は、襲われることもあって。
そして、それを撃退するのは自らの研究なのだ。
研究したものは、たとえ不老不死に繋がらなくても確かな武器となる。
賢者の石が、世界的に有名になったように。
命核解者は研究を重ね、生物の特性を抜き出し、武器とする。
俺にはそれがない。
ただ、ヴィヴィと愛し合うために一心不乱に不老不死を目指して研究を駆け抜けた俺には、不老不死以外の研究結果はないのだ。
「……ここは変わらないな」
相変わらずのがれき具合。
向かった場所は、第五外縁の、さらに周り。
今では失われた、第六外縁、その最後の建築物である、”シュフェリアの黄金塔”と呼ばれたところであった。
その黄金塔は、すでに破壊され、朽ちてしまっているんだけど。
黒く灰をかぶったがれきに当たらないように移動し、目当てのものを見つける。
「や。元気か?すでに十か月ぶりだけど、お前も変わらないな………ヴィヴィ」
半透明の壁に守られた、眠り姫……その傍らに座り込む。
ヴィヴィ本人も天才的な命核解者で、その研究テーマは”魔法を介した人と魔法を融合させることによる不老不死化”の研究。
その中で、ヴィヴィが見つけた特性に、魔法を操る動物から抜き出した、干渉を無力化する魔法の使用法があった。
この半透明の壁は、その特性によるものなのだ。
龍騎の鎧、と称されるドラゴンから抜き出された特性……それは、圧倒的な年月や衝撃すら防ぐ。
「この壁があるってことは、まだまだ絶望したままってことなんだもんな。………絶対に、生きてるって素晴らしいって言わせてやるぜ?」
なぁヴィヴィ。
お前がいないと、俺はいつまでたっても死にたがりのままなんだよな。
だって、お前がいないとこのセカイに居る意味なんてないわけだし。
「さってと!研究に戻るかー。ヴィヴィ、すぐに、たたき起こしてやるからな」
じゃあ、まず研究テーマからだよな。
……候補は二つしかないが。
一つ、子作り。
だがまあこれは、ヴィヴィがいないとできないのでパスだ。
結果、実際的にはこの一つになる。
それは、生命の根源。
なんで、生命が生まれたのか。そして、それが一切の疑問を挟まずに、善きことなんだってことを、証明して見せる。
これしかないに決まってるよな。
生命に絶望したのだったら、それを何百倍も上回る命の素晴らしさで上書きするんだ。
ついでに、ヴィヴィを守れるようにいろいろ武器を造ってしまうぜ。
なんて一石二鳥だろう。
いや、あれだけどな、武器作りもちゃんと本命だけどな?
「まあ、まずは………」
師匠を探そう。
何をするにしても、聞かなければ始まらないのだ。
そして、質問するにはとてもいい相手がいるのだから、使わない手はないよな。
師匠、アリストテレス……何処にいるのか見当もつかないけど……つるぺたぺったんこっていえばきっと出てくるはずだ!
「やーいつるぺたぺったんごほっ―――?!」
痛い?!何か飛んできた!!
後頭部に直撃したそれを見てみると、何の変哲もない石だった。
いやいや、石投げちゃダメだろ、死ぬって。
………あ、俺不老不死なんだった。
「し、師匠……珍しいですね、街にいるなんて」
「ここは第六外縁だろう、街とは呼べん。そして誰がぺったんこだ」
ショートカットの、銀髪。
同じく銀色の右目と、金色の左目。
日焼けを知らない真っ白な肌に、ストールが緩く、大雑把に巻き付けられている。
師匠に会うときは、いつもあの美しいオッドアイと肌の白さに目を奪われる。
うん、それはともかくとしてちゃんと服着ようね師匠。
ストールは服ではないのだが……ストールだけを巻き付けてるってどういうこっちゃ。
「っていうか、よく俺だってわかりましたね」
「っふ…」
「これが師弟の絆ってやつ――」
「そこに埋もれてるホムンクルスに会いに行くやつなど一人しか知らぬ」
「あ、はい………」
そこはかっこよく師匠だからなっていても罰は当たらないと思うなーおれ。
「にしても、ほうほう……これが不老不死の完成系か………」
「じ、じろじろ見ないでくださいよ……」
スッと細められた、蛇のような視線にさらされ、少しばかり寒気が走る。
これだ、これがアリストテレスだ。
生命の探求にのみ明け暮れる、正真正銘の命核解者だ。
「若返り……形質保存……胎児の心臓もか?いろいろ混ざっている気がするが」
「まぁ、いろいろなものからエリクシール取り出して調合しましたからね。最後の方は何から取り出したのか覚えていませんし」
家に帰ればファイルにまとめてあるのだが……。
もちろん、ただのファイルじゃないんだぜ。
独自に調合した万物融解剤をたらすと、文字が浮き出るという特別な品なのだ。
……命核解者なら普通に作るんですがね。
「女の姿なのは成分の辻褄合わせというところか」
「おお、さすが師匠」
見るだけでわかるとは。
「しかし、本質まではわからんか……理由はわかっても答えがわからないのではな」
「あ、俺の研究見てみま―――ひゃん?!」
「それにしてもよくつくられた肉体だ」
「いや……師匠?どこ触ってんですか」
「胸とま○こだが」
「女の子がそんな事堂々と言うんじゃない!!って、そうじゃなく、いやそうなんだけども?!」
「何をそんなに驚いておる。学術的興味というやつに決まっているだろうが。未通女でもあるまいし」
「俺童貞だよ!いや、未通女だよ!処女だよ?!」
何せそういう風に作ったからな!
そしてこの師匠は本気で学術的興味のためにいってるからたちが悪い……いや、たちがいいのか?
「ぜひ姿を隅々見せてもらいたいものだが……」
「ぜひ遠慮します……」
かつて、生命の探求のためにのみ結婚したことがある師匠、アリストテレス。
何をされるか分かったものではない……。
いや、いい人なんですよ?
「で、君の研究を見せてもらうという件だが」
「あ、どうしますか?」
「遠慮させてもらう。不老不死の、生命の真理の探求というものはな――――自分の命を捧げて極限まで探求するからこそ楽しいのだ!」
……まったく、これだよ。
完全に生命の真理、神秘に憑りつかれた人。
まあ、素晴らしいことだと思うし、俺も人のことは言えないんだが。
不老不死は嫌だったが、生命を研究するのは楽しかったんだし。
「で、ぺ……ぺた……ぺぺぺ……ごほん。私を呼ぶということは、何か聞きたいことがあったんだろう?」
「どんだけぺったんこって言いたくないんだって、痛い!すごく痛い?!やめて死んじゃうぅ………」
腹パンからの首絞めはダメだって……あぁ、やばいこれ……。
「ぐふ……し、死ぬかと思った……」
「不死身だろう?」
「生き返るだけです……痛いんです……」
「うむ、まあすまんな。さすがに腹はだめだったか」
「そうですよ」
「生理が来なくなるものな」
「そ……そうです……ね?」
あれ、俺の身体って生理くんの?
それそれで嫌なような……ヴィヴィの子供だったら作ってもいいけど、俺もヴィヴィも女型なわけなんだよな。
「って、そうだ。生命の根源の研究ってどうすればいいですかね」
「根源?そんなもの子作りすればいいだろ」
「俺男!」
「体は女だぞ」
「それが嫌なんだよ!」
男と性行為とか、ぞっとする……。
「そうか?私はどちらも行けるぞ」
「さすが両刃刀ですね」
ははは―、もうこの人普通の人類の恋愛常識が通用しないなー。
俺は薔薇ではないので、男は恋愛対象外だ。
「ふむ、まあ、動植物を育ててみればいいのではないか。あとは、そうだな……見当もつかないが、全ての生命の系譜を辿るとか、か」
「系譜」
………すべての生命は、ただ一つの命が分化して生まれたものだといわれている。
高名な命核解者たちが探求した結果、そこまでは辿り着けているのだ。
しかし、何故生命が生まれたのか、それらがどのように変容し人類になったのか……まだそれは解き明かされていない。
そうだよな、生命の素晴らしさを教えてやるんだ、じゃあその原初の生命の誕生の秘密でも解き明かしてやるか!
「ありがと師匠!いろいろ研究してみる!」
「ああ。………あ、私もそろそろ街に戻るから」
何を用いて研究するか―――それで頭がいっぱいだった俺は師匠の後半の言葉が一切耳に入らないまま、家へと一直線に向かっていった。
ヴィヴィ、待ってろよ!
これでも俺は師匠に天才に近いって言われてんだ、すぐに目を覚まさせてやるぜ!
もう少しでヒロイン登場しますから!




