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第十三話 ~”脳食い”との接敵!~



差し入れた手に掴んだものは二つ。小さなナイフと、試験管だ。

そもそも”脳食い”を始めとする危険度の高い原生生物には、余程鍛錬を積んだ騎士や武闘家など戦うことに命を捧げた人間しか致命傷を与えられない。

俺みたいな本職じゃない人間では、例え剣を持ったところで甲殻に阻まれて傷一つつかないだろう。

………だが。俺たちは命核解者だ。

不老不死研究のために己の人生どころか家系すら捧げる大馬鹿者ども。その副産物として作り出した道具は、一流の武芸者にも匹敵する。

俺はまだ専門的な武器は持っていないが、それでも初歩の初歩の自衛手段はきちんと確保している。ナイフと試験官は、その自衛のための道具なのである。


「いいか、耳を澄ませろ。鼻もきちんと利かせるんだ………”脳食い”は行動の際に音が出る。しっかりと警戒していればいきなり脳に管を刺されて即死ってことは免れることが出来る」

「は、はい………!!」


”脳食い”は見た目としては蜘蛛と巻貝が混ざったような姿をしているのが特徴だ。全身が硬い殻に覆われており、蜘蛛の腹に当たる部分は特殊な金属質の皮膚によって守られている。

そういった体の材質から、移動するときには若干ではあるが、鋼鉄が擦れるような音がするため、微調整のため細かく身体を動かし、こちらに狙いを定めている時には必ず音が聞こえるというわけだ。

捕食器官の管を射出するときも気体が高圧で噴き出るプシュッという音がするため、反応は出来る。実際に避けられるかどうかは別としてな。

―――まあ、もしもどうしようもない状況で”脳食い”に出会ってしまったのならば、諦めて脳を差し出すのがおすすめだ。全身の体液を強制的に吸ってしまう”脳食い”の捕食は巨大な注射針で血液を抜き取っているに等しいため、酷い激痛がする。だが、脳に打ち込まれた場合だけは麻薬物質が痛みを快楽へと変じさせるため、何の痛みもなく、身体が動かなくなったころには安らかに死ぬことができるのだ。

………なお、頭のおかしい命核解者はその麻薬物質を研究材料として得るためにわざわざ”脳食い”を倒しにやってきたりもするが、本当に馬鹿だよな、俺たちって。


「五感を全部使え。原生生物によっては目でしかとらえられない奴もいれば、逆に嗅覚や聴覚でしか察知できない奴らもいる。先手必勝、先に痕跡を見つけたやつが生き残るのがこの深部の森なんだ」


なんなら五感全部使っても察知不可で見つかれば即死待ったなしの原生生物なんかもいるが、それは例外中の例外。

基本は人類から見れば規格外と言えるが、自然というシステムの中に納まっているのが原生生物である。自然に則って動いていれば、理不尽に死ぬことはない。


「あの、ところで………先生?」

「ん?なんだ、ナフェリア」

「もしも、”脳食い”を先に見つけたらですね、どうしたらいいんでしょうか………?」

「成程。うんうん、良い質問だ」


今のナフェリアには戦う武器もない。そもそも不必要な素材を刈り取るために不作為に殺すのはあまり良い事でもない。

つまり、もしも危険な原生生物に出会ったのならば、取る選択肢は一つだけ。


「全力でその場から逃げる、それだけだぜ?」

「そ、そうなん、ですね………では、あの、先生。―――逃げましょうっ?!」


ナフェリアが大きな声でそう叫ぶ。そして、キィン………そんな小さな音が生じた。

それを俺の耳がとらえた瞬間、全力でしゃがむ。その直後、鋭い針の付いた黒い管が俺の頭があった場所を通り過ぎ、慣性によって伸び切った後に巨大樹の上へと回収されていく。


「ルートちゃん、大丈夫ですかっ?!」

「先生なー?ああ、大丈夫だよ。別に”脳食い”とやり合うのは初めてじゃない」


ははは、なにせこの身体になる前までは改造した車椅子であのチューブ攻撃よけていたんだからな!

我ながらよくそんな危ないことしてたよな、とは思うけどどうしてもこの身体を作るための研究材料、及び構築素材を得るために森に入る必要があったのだから仕方がない。

もちろんその時も脱兎のごとく逃げたため、退治はしていないが。武器ないし、倒せないよ?


「………今回の”脳食い”はしつこいな。まさかついてくるとは」

「そ、そう、なん、です、か………!?」

「無理して話さなくていいぞー、転ばないようにな」


さて、”脳食い”が獲物を追いかけるということは、相当の期間餌を捕食していなかったということだろう。危険な原生生物の筆頭である”脳食い”だが、縄張りからは動かない性質を持つため、危険度は高いが人類への脅威度はそこまででもない。近づかなければいいだけだし、こうやって先手を防げば逃げられるからだ。

だが、こいつらは人間一人で一年は持つ燃費の良さだ。死に物狂いで俺たちを追いかけるなんて、あまりないと思うのだが。


「ふ、はぁ………はぁ………!」


横を見れば息も絶え絶えなナフェリアが。俺もまだ走りなれていないため疲れてはいるが、そこは不老不死の肉体だ、体力は多いし回復も早い。いやまあそれは置いといて。

ナフェリアの最初の接敵、対応は間違いなく及第点だろう。しっかりと”脳食い”の先制攻撃を読みより、一緒に居た俺に危険を報告してから距離を取った。

本当ならこの危ない”脳食い”からは遠ざかって、素材回収のついでに危険度、脅威度の低い他の原生生物を相手にしようと思ってたんだけど、この調子じゃ無理そうだ。


「よし、ナフェリア!あの巨大樹の陰に隠れて!」

「は、はい………!」

「よし、いい返事!隠れたか?隠れたら………俺の戦闘を観察!」

「かんさつ、観察、ですか?」

「そう!これからナフェリア自身もやることになる、命核解者ならではの戦い方ってやつだ」


ま、細かい戦闘の方法はちょっとばかり企業秘密になるけどな。不老不死、つまるところの命核解者の最終目標をぽんっと渡してしまうのは意欲をなくす行為だからな。

師匠に対してはちょっと別。あの人は既に不老だし………というか、俺の目標を知って少しだけ研究手伝ってくれたりしてたから、その恩返しもあったのだ。結局要らないって言われたが。


「いや、それはどうでもいいな!」


金属が擦れるような音がどんどん近くなり、頭上を見上げれば黒い姿をした巨大な影が、無数の紅く光る複眼で俺を射抜いていた。

背負った巻貝のような胴体の奥から、気体が弾ける音がする。恐ろしい速さで飛んできたチューブが、俺の脳を吸わんと先端の針を光らせていた。

それに対し、迷わず右手に掴んだ試験管を放り投げる。

………中に入っているのは単純構成の万物融解剤だ。捕食器官がそのガラス製の試験管を砕き、そして漏れだした液体を浴びせてその針をドロドロに溶かしていった。


「ほら、もう一つだぜ!」


次に取り出したのは、別の試験管だ。蓋を開けると、ナイフで自分の指先を切って、血液(・・)を一滴、試験管の中に垂らす。

すると、内部に入っていた液体が徐々に光始め、熱を帯び始めた。

そのタイミングで、試験管を”脳食い”に向かって放り投げる。やつは溶けた捕食器官を捨て、別の針と管を生成して俺に狙いを定めている所だった。


「―――ッッッィィィィィ」


なにかが擦り合わさる様な独特な鳴き声が発生し、気体が弾ける音が響く。

だが、実際に捕食器官が射出される前に、俺の放り投げた試験官が”脳食い”の眼前へと辿りついていた。

―――膨張し、熱を持ち、そして試験官は爆発する。荒れ狂う灼熱の塊となって、それは”脳食い”の顔面、特に複眼の多くを熱で炙った。


「―――ッッ?!!!!?!?!?!」


六本ある足のうち、最も巨大な前の二本腕を悶えさせる”脳食い”は、バランスを崩して巨大樹から落下した。

普通の蜘蛛ならば死んでいる所だろうが、こいつは腐っても脳食いという危険度の高い原生生物だ。この程度じゃ死ぬはずがない。

と、いうわけで。


「今のうちに逃げるぞ、ナフェリア!」

「う、えええ!?は、はいー!!」


時間を稼いで逃走、これが原生生物を倒しきる手段がない時の最適解なんだよなぁ!




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― 新着の感想 ―
[一言] ルートちゃんかっこいい。 なるけど、逃げるんだよー! だな。 最強の戦法だな。
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