第十二話 ~深部の森で見つけたものは~
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進めば進むほどに影と日向の境界が複雑になっていく。
周囲の様々なものを取り込みながら成長していく巨大な樹木が複雑な形に成長しながら空を覆い、日光を遮っているためだ。
「お、大きい樹ですね………」
「だよなー。俺たちは皆、普通に巨大樹って呼んでるんだけどな、見ての通りものすごい速さで成長するんだが、幹の近くにあるものはそのまま成長過程で取り込んじゃうんだわ」
原生生物の死骸も建造物も関係なく、周囲の全てを巻き込みながら巨大化を進めていく特殊な樹木。これがまず深部の森の第一の難関である。
建物を飲み込み、或いは破壊して成長していくために拠点を立てることが出来ないのだ。
一時的な居住区や物資の保存が利かないため、安全地帯というものを作ることが出来ず、探索はどうしても弾丸的なものになっていく。それが危険度を高める原因の一つになっているというわけだ。
「でも、なぎ倒されているものもありますよね………」
「そりゃあね。特殊な性質がある巨大樹木とはいえ、樹は樹だ。鹿や鳥みたいに樹やその実を食べる生物もいれば、邪魔だからと言ってなぎ倒すやつもいる。あくまでも樹は生態系に置ける生産者で、支配者じゃないんだ」
生み出し、他の生物へその栄養を循環させる役割を持ったものが樹木。それは多少巨大で迷惑な性質があっても変わらない。
特に巨大樹ってやつには毒があるわけでは無いしな。成長が著しく早い樹というだけのこと。
そもそも、回りのものを取り込んで成長するのは樹木の性質としてあり得ないことじゃない。樹の近くにあった建物や別の木の枝を幹の中に取り込み、同化してしまうということは普通の樹木でも見られる光景だ。
「こ、これをなぎ倒すんですか………?私の何十倍もある樹を………?」
「ははは、いるぞー。これ、この樹の具体的な長さは三十メートルから四十メートルが一番多いんだが………それを一撃で叩き折る化け物みたいなやついるからなー」
「え、ええ………色々と情報量が多すぎて………」
まあ、流石にそれには滅多に遭遇しないんだが。なにせこの深部の森の生態系でも頂点に近いやつだ。それ故に大量に存在するわけじゃない。
基本生態系の頂点に近くなればなるほどに、その個体数は減っていくからな。図に表せばまさに三角形になるわけである。
ちなみに、巨大樹は四十メートルを少し超えたあたりで成長限界が訪れ、それ以降は縦への成長をやめる、幹は太くなっていくが、高さはそれ以降はあまり変わらない。
しかし、巨大樹とは別の、あの遠くの街を飲み込んだ樹木は別であり、あれには成長限界点がないため無限に伸び続けるという特性があるのだ。
そちらの方は世界樹と呼ばれることが多い。無限に成長し続けるという点から不老不死研究の材料として多くの命核解者に求められている植物だが、完全に成熟しきった世界樹の幹や葉は様々な原生生物の住処となっているために多くの命核解者が挑み、しかしその途中で失敗して帰らぬ人となる。
その事から”愚かなる塔の樹木”と別名があるのだが………そうまでしても不老不死のために命の危険を顧みずに世界樹探索へと出る命核解者は多いのだ。
………俺?俺は世界樹と同じ特性を持つ植物が絶対にあるはずだって思ってそれを探索してましたよ。足が不自由なのに世界樹なんて行けるわけないだろ、根元に住み着くことの多い原生生物、”悪魔の龍”に喰われて終わりだわ!
「ナフェリア、空とか横見るのもいいけど、キチンと地面にも目を向けておけよ?この深部の森の地層は原生生物が掘り起こしたりするから珍しいものがたくさん落ちてるんだ。拾い集めるだけでも大量に研究材料が手に入るんだぜ」
「は、はい………!たくさん拾います………!」
おー、その意気その意気。
まだ見ぬ原生生物への恐怖があるようだが、それでも研究材料を集めないとここまで来た意味がないからな。
注意しつつ仕事はしないとな。
「お?」
噂をすればなんとやら。しゃがみ込んで拾ったのは若干赤みを帯びた鉱石だった。
辰砂だな。深部の森の地下深くに広がる地脈付近で生成されたものが長い年月をかけて地表に上がってきたのだろう。”大土竜”のような原生生物がいれば尚更地下鉱石も地表に現れやすくなる。
その分地表にあるものも早く大地の奥底へと沈んでしまうのだが。
「先生、それは?」
「水銀の材料になる石だよ………ちょうど欲しかったんだよな」
「何かの研究に使うのですか?」
「そうなんだよ。ちょっと武器にな」
帰ったら過去の研究ノートをひっくり返さないとなあ。だいぶ前に研究やめたものだから、ノートの中のどのあたりに書き留めていたかも覚えていない。
管理が雑なのは性格かな………もっとしっかりしないと、弟子に示しがつかない。
「あ、先生………あの折れた巨大樹の中に、何か埋まっています………?」
「ん、お。本当だ―――巨大樹は多くのものを巻き込んでその幹の中に閉じ込めるからな。折れたり枯れた樹木の幹の中から珍しいものが出てきたりとかもあるんだぜ。お手柄だ、よく見つけたな」
ナフェリアの頭を、若干背が足りない分背伸びして撫でる。よしよしだぞー。
そして、折れた巨大樹の近くまで行って何が閉じ込められていたのかを確認することにした。
「これまた随分と乱暴に折られてるなぁ。まあそれはさておき―――っと」
「………え、あ、え………ひっ?!」
巨大樹の中にあったものを見た瞬間、ナフェリアが俺の頭を胸の中に抱いて驚く………というか怯える。
うん、柔らかい。顔の側面に幸せな感触が押し付けられていますので。まあそれは置いといて、だ。
「じ、人骨、骨が………?!」
「あー。獣人の骨だなあ。探索中にやられてそのまま巨大樹に取り込まれたのか?」
ナフェリアは怯えているが、実際にはこういったものは珍しいものじゃない。
必ず無事に帰れる確証のない深部の森への探索は常に命がけで、人間なんて気を緩めばすぐに死んでしまう。探索をしていれば嫌でも先駆者の骨には出会ってしまう。
………だが、ここで大事なのはその先駆者から何を学ぶか、だ。
「ナフェリア、よく見るんだ。この骨の形、どう思う」
「え、あの、えっと………?」
「落ち着いて、深呼吸。いいか、これくらいで動転していちゃ一人で深部の森を探索なんてできない。大事なのは何を思考し、見つけるかだ」
「は、っはい―――………ふ、ぅ」
気を静めたのを見届けると、もう一度促した。
「骨の頭部に耳………獣人だからですね………あれ?何か………穴、ですか?頭蓋骨に穴が開いています」
「そうだ。これは”脳食い”の捕食痕だな」
「の、脳食いです、か………?」
「ああ。人間にとって特に危険な原生生物の一種族で、巨大樹の葉の中などに潜んで獲物をじっと待ち、射程範囲内に入った瞬間に鋭い針の付いたチューブ状の捕食器官を突き刺して獲物を食うんだ」
「………?!」
ナフェリアが肩を抱いて震えていた。いや、確かに話を聞くと気持ち悪いのは確かだけどな。
なお、脳食いというのは脳に捕食器官を突き刺した際に麻薬物質を送り込み、昏倒させることで動きを封じて体液を全て飲み干すという捕食の光景が、まるで脳を吸っているかのように見えることから付いた名前だ。実際は捕食行為の一環として脳に突き刺しているだけであり、脳だけを食っているわけでは無いし、脳以外に捕食器官を刺されたとしても危険なことに変わりはない。
「縄張りからほとんど動かないから交尾すること自体が稀で個体数は少ないが、”脳食い”は寿命が極端に長いからな………骨の状況を見るに、完全に白骨してから巨大樹に取り込まれたようだけど骨に風化の痕がないことから、他の生物に肉部分を捕食されただけだろう」
「ということは、死後すぐに取り込まれた………ということですか?」
「その通り。折れた巨大樹の年輪は十五本、十五年前に取り込まれたか………”脳食い”の平均寿命はおおよそ二百三十年、余裕で生きてる筈だ」
「え、あの………ではもしかして………」
「ああ。いるな、この付近に”脳食い”が」
”脳食い”は生涯で一度か二度かしか縄張りを変えない。それは繁殖期を兼ねた当人にとっての大移動で、期間としてはおおよそ百年周期だ。十五年前の死体が此処に在る以上、たまたまその十五年の間で他の場所へと移動したと考えるのは都合の良い考えが過ぎる。
さあ………ナフェリアにとっては初の原生生物との命の張り合いだ。一番最初に相手がよりによって危険度の高い”脳食い”なのは困ったものだが、いい勉強にはなるだろう。
そんなことを考えつつ、そっと服の内側に手を差し込んだ。




