第十一話 ~深部の森へと歩を進めよう!~
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「はぁ………はぁ………こ、ここですか?」
「そう。お疲れ、ナフェリア。一旦休憩しようか」
やっぱり山歩き、森歩きっていうものは慣れがものを言うため、回数をこなしていないとどうしても疲れるのだ。
俺?俺の場合はこの道を殆ど車いすやら研究成果として作り出した補助具足(基本使い捨てですぐに駄目になる)で踏破しているのでどう動けば効率的に移動できるかは理解している。
自分の足をきちんと使える分、前のおっさんの身体よりもむしろ楽なんだよな。
五体満足って素晴らしい!
「それはともかく………これ以降はまた一段と森が深くなる。この世に広がる森の本当の姿を目に焼き付ける前に、お弁当タイムとしようか」
「わ、わかりました………」
荒い呼吸を繰り返しながら頷くナフェリアに水を渡しながら、ケープの内側に手を差し込んで小さな籠を取り出す。
多くの命核解者がこの先へと進む際の休憩地点として使うこの場所は、休むための切り株などが多く作られている。そこへ二人して腰かけると、籠を開いた。
「お野菜、ですか?」
「いや、これは包み紙だよ。なんだっけな、確か笹の葉だ。一応言っておくと食べるもんじゃないからな」
「ササ、ですか?ううん、食用でないなら、何故植物を………?」
包み紙の代わりとなっている笹の葉をめくると、下からハナさんからたまに差し入れてもらう、東洋で育てられているという穀物、お米を握ったものが現れた。
これこそ、今日の朝に密かに作っておいた秘密兵器のお弁当、おにぎりである!
ものすごく前にちょっとだけレシピを教えてもらっておいたのだ。ハナさんのお店”花鳥風月”でも出しているんだけどな。おにぎり御膳っていって色々なおかずが一つの膳として一緒になったものから、おにぎりをメインとして簡単なおつまみみたいなもので構成されている料理まで様々ある。
いや、まあ。こうして此処に在るものは俺でも作れる簡単な奴だけどね。”花鳥風月”で出しているものは、先も言った御膳なら味噌スープが付いたり、漬物が付いたり、そもそもとしておにぎりの具自体も調理が施されているものが出てくるので料理としてのレベルが違う。
ああ、そうだ。ナフェリアの質問に答えないとね………ちなみになぜ笹の葉なのか、それは。
「殺菌能力があるかららしいよ。東洋の方では一般的なんだってさ。こうして食べ物を笹で巻くことで腐りにくくなるとか………おにぎりの他にもお餅とかも包むそうだ」
「この葉っぱにそんな効果が………というか、オニギリ、オモチ………あんまり聞かない食べ物ですね?」
「はは、まあ東の国の料理だしそりゃあね。俺もハナさんに出会うまでは知らなかったし」
まだ餓鬼の頃に行き倒れていたところで食べさせてもらったこの味は、俺の過去に刻まれた大切な味だ。向こうではそういうものをおふくろの味というらしいけど、まさにって感じだよな。
まあ知った理由はなんにせよ、これはこうして容易に持ち歩けて保存も効く。
栄養が高く、エネルギーにもなるため、行動食として完璧なのだ。
「ふふ………小さいのがたくさん並んでて可愛いです」
「あー、そうだなあ。確かに数が多いよな」
手が小さくなって一回に作るおにぎりの量が少なくなったので、その分だけ数が増えてしまっているのか。
「いただきます、先生」
「どうぞめしあがれ」
海が遠いフェツフグオルでは専門に商売をしている場所でもなければ海苔を手に入れることが難しいので、裸のままのおにぎりを白い手で掴んだナフェリアが、小さいおにぎりを自身の小さい口へと運んだ。
お味はどうだろうか、好みに合えばいいのだが。
行動食が美味しいかどうかっているのは、割と今後のフィールドワークに響くと思うのだ。料理の力は偉大で重要。
「ちょっと固いですけど、おいしいです」
「あ、力入れすぎたかな………」
一つ、俺も手に取り食べてみる。
なるほど、確かにお米同士の密度が少し高くなっていて小さいのに重みが出てしまっている。
この身体の身体能力にまだ慣れていないので、変に力が入らなかったり逆に要らないところで力んでしまったりというのが稀に起こるなぁ。
こればっかりは馴染むのを待つだけか。魂の定着なんてあまり前身となる研究がなかったのでどうしてもこういう所で小さな粗が出る。
命核解者は研究内容を共同化しないので、とにかく一つの、己か或いは己の一族が突き詰めている研究以外には弱い。全く別方向のアプローチを行うためには一から始めないといけないからだ。
どうしても己の代で真理へと辿りつきたいと暴走した果てに、他の命核解者を襲う命核解者もいる。研究ノートを手に入れ、その人間が生涯をかけた、もしくは数代にわたる研究成果を横取りして己の研究に最適化しようとするわけだ。
いやいや、何やってんだといいたいところだが、意外とこういう行動を起こす人間は多い。不老不死への探求心は人が辿るべき道筋を危うくさせる。
「―――ふふ………すごく、おいしい………やっぱり、家族みんなでそろって食べるのは良いですよね」
「そうだな。ああ、そうだ」
家族。ナフェリアがついといった様子でおにぎりを口に運びながら漏らしたその言葉は、本人は無意識だったのかもしれないが確かに心理である。
一人より二人の方が良いさ。当たり前だよ。
そして、弟子はもう家族だ。何があっても力を貸し、困りごとがあれば一緒に考える。背中を押す時はあれど、手は離さない。
ぱくり、と最後のおにぎりを口に放り込み、笹の葉だけになった籠をケープの下に仕舞うと、立上がる。
「ご、ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたー。よし、じゃあ行こう。ここからが本番だからな」
「―――はい!」
気合十分、良いことだ。
では、ここで一つ。森の真の姿をお見せしようじゃないか。
もう一度言うが、ここはまだ光の通る明るい近郊の森の大広間。このルート以外の周辺にもこういった広間は幾つかあり、命核解者や猟師たちの休憩場所になっている。
なので、この広間の周囲はまだ、ほとんど普通の森の範囲内なのだ。まあ、もしも注意深ければ奥の道に近い方が異様な成長を見せていることにも気が付くだろうが、見た目だけは普通なので通り過ぎる可能性の方が高い。
ナイフを取り出して、どんどん暗がりになっていく道を歩く。
急に現れた傾斜の強い登り道を超えれば、一瞬だけ近郊の森と深部の森の境目がくっきりと分かれる箇所がある。
ナフェリアの手を引いて、その場所から見える景色を指し示した。
「あれが、俺たち命核解者が挑む森だ」
「………っ!?」
―――近郊の森とは比べ物にならないほど巨大な樹木の数々に、地下に向けて巨大に空洞を晒す洞窟群。
はるか遠くの山から流れる川はいくつもの支流と合流し、大河を形成していた。
ちなみにあの大河から派生し、支流となったものはフェツフグオルへと流れている。
それら大河とは別の場所に点々と存在する湖やただでさえ巨大な樹木とは別種の、蔓性の植物が覆いつくしている部分もあった。
………ここより暫く先の場所には、複数の壁からなる街があるのだが、それは一際巨大な樹木によって覆いつくされ、街は崩れ去っていた。
耳をすませば、獣の声に似たものも聞き取れる。原生生物の鳴き声だ。
「この場所はちょっと特殊な樹の根っこの残骸でな、これがあるからあっちの深部の森と近郊の森っていう境目が生まれてるんだ。緩衝地になり得る近郊の森がなかったら、フェツフグオルの街もあの遠くの街みたいに樹に飲み込まれていただろう」
「し、自然の、猛威ですね………」
「ああ。だが、それ故にこの森は研究材料の宝庫なんだ。未知なる生命、未知なる生態、命の形がたくさん見れる………怖い?」
「は、はい。少し怖いです」
「そっかそっか。それはいい事だ。何事にも恐怖心をもってあたって悪いことはない」
蛮勇よりはましだ。でも、この森を見てまだ先に進める意志があるというのは素晴らしいこと。
「………っ!大丈夫です、いけます、先生」
「よし。では、いざ出発!!」
装備に不備がないかを改めて確認し、そうして。
俺たちはフィールドワークの舞台を深部の森へと移したのだった。




