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第十話 ~錬金草を見つけました~




***




比較的、林と呼べる程度に明るい木々の間を進む。

先も言ったが、街に近い場所には猟師なども入るため、割と無駄な枝なども伐採されており森の奥地に比べると随分と進みやすく、何よりも視界の確保がしやすい。


「ナフェリア、大丈夫かー?」

「は、はい………ちょっと歩きにくい、ですけど………」

「まあ根っことかはどうしようもないからなあ。直接踏むと滑って危ないからなるべく避けてな」

「わかりました………!」


ナフェリアもおっかなびっくりという体ではあるが、きちんと遅れずについて来ていた。

それに対してうんうんと頷きながら、足元にある草を引き抜く。


「先生、それは?」

「薬草だなー。ま、折角だし持って行こう。使えるし、もしいらなくても売れる」


この世界には独特の植物が多いが、その中でも薬草類は人間の生活にはなくてはならないものだ。

多くの人が病に罹った時頼るのは医者である。そして医者が与える薬の原料にはこういった薬草類が使われる。

なのでどうしても需要が高くなるんだよなあ。命核解者の技術が進もうと、病からの完全なる解放は難しい。生きるということは病と闘うということだ。

どうしてもそれから逃れたいのであれば、それこそ不老不死になるしかない。あ、なので俺は病気とかかからないです。ちなみにこの身体の元となったヴィヴィもほぼ全ての病に抵抗がある。

なお、このあたりの森であれば猟師のほかに薬草摘みも入る。

浅い箇所とはいえ森に違いはなく危険なのだが、需要の途切れることのない薬草はどうしても必要だからな。栽培環境が整えば栽培できる種もあるが、全ての薬草を育てられるわけじゃない。数を集めるには人間の手による採集活動が必須なのだ。


「薬草もあるんですね………こっちのは、取れますか?」

「いや、それ触ると手が溶けるから触っちゃだめね」

「えっ………?!」


ナフェリアが指さしたのは俺が摘んだものと大して変わらない背丈を持つ植物だった。見た目もあまりほかの植物と差異がなく、強いて言うのであれば植物の葉と茎の間に丸い、一見すると小さな芽のように思える突起物があるのが特徴だ。

さした指をそっと引き戻しながらナフェリアがその植物から距離を取る。


「はは、まあ流石にちょっと触れただけじゃ溶けないけどな。この芽に見える部分がちょっと危険だってだけの話だ」

「こ、これが、ですか………?」

「そ。この芽の部分はちょっと特殊な液体が入っててな、これが染み出るとじゅわ~!ってなるわけだ」

「じゅ、じゅわ~………」


擬音は適当だが、目の中に詰まっている液体は洒落にならない程強い酸性を持つ。

―――その名を硫酸。命核解者の扱う万物融解剤の基礎原料の一つにもなっている、非常に危険な液体だ。


「この植物は通称”錬金草”って呼ばれててな。この芽を採集して、こうやって………よっと。ガラスの器の中に収めて持ち帰るんだ。硫酸は命核解者に必須だからな」

「錬金………草?」

「ああ。俺たち命核解者の元となった古の存在が見つけ出した、神秘の液体さ」


錬金術師。元は魔術師たちの一団であった彼らが命核解者の大本であったとされている。

彼らの見つけ出した技術、技法、そして数多の道具と知識。それらが命核解者の基礎となり、今へとつながっているのだ。

なので、命核解者の扱うものの中でも古い歴史を持つ物には必ず錬金という文字が登場する。

この植物もそう。本来危険な火山の奥底に行くか、ミョウバン等を見つけ出して生成しなければならない貴重な薬品である硫酸をお手軽に採集することのできるこれは、命核解者にとって必須級の植物だ。


「まあ必須だからこそとっくに栽培が開始されてるんだが、お金のない命核解者なんかは採集でとることが多いな」

「そうなんですね………でも、不思議な植物です。この芽の表皮が破れたら植物自体が枯れてしまいますよね?」

「おお。いいところに目を付けたなぁ。偉いぞ、ナフェリア~」

「あ、ありがとうございます?」


そう、強力な酸性薬品である硫酸を内包しているということは、それを包む芽が破れて漏れだせばその植物は溶け落ち、枯れてしまうことは間違いがないわけだ。

人体を溶かすほどに凶悪な硫酸は、もちろん多くの生物にとっても猛毒である。錬金草の芽の内部は特殊な被膜に覆われており硫酸でも溶けない材質になっているが、全草がそれで包まれているわけじゃない。

漏れだした硫酸は自身を溶かす―――自身だけは、な。

手でちょっとだけ草をかき分け、ナフェリアに奥が見えるように調整する。


「そうだ。錬金草は単体であれば外敵に喰われた時点でその生涯を終える。しかし、錬金草というやつは馬鹿みたいに群れて生える植物なんだ………こうやって、一番外側の錬金草が喰われて外敵を追い払うことで、内部にある錬金草は安全に育つってわけだ」


命核解者の薬品に使われたということは、それだけの数が手に入るということが絶対条件。

この錬金草は、その特性を完璧に兼ね備えている植物なのだ。竹のように群生し、命核解者にとって扱いやすい薬液を内包する。

………ま、この世界だと硫酸なんてものを生成してため込んでいても絶対に一群纏めて消滅しないなんて言いきれないんだが、それはさておき。


「基本的にすべての生命には生き残ってきただけの理由があるもんだ。それを探り、欠片として人間が利用できるようにするのが命核解者の仕事ってな………さ、先に進もう。安全には気を付けながらな」

「―――はいっ」


この世界の自然全ては研究対象であり、活用できるものだ。故に森は宝なのである。

さて。その後にも確実に歩を進めること一時間程度。

徐々に伐採された樹木が少なくなり、森に注ぐ日の光も少なくなってきた。

まだ木漏れ日があるため完全に見通しが悪いというわけでは無いが、林程度の視界であった先程からすれば明確に歩きにくい。

後ろのナフェリアも段々と息が上がってきているな。んー、流石にこのあたりで一回休憩を挟みたいんだが、ここはちょっと厳しいか。

絶妙に狭いため、休憩しても満足に休めないだろう。ここからもう少しだけ進めば森の様相もまた変わるんだけどなあ。


「んー。ナフェリア」

「―――い、いえ。大丈夫、です………このくらいは、きちんと………はい。分かってきましたから………」


息を切らす身体を引きずっていても、見上げる視線には弱気はない。

この娘は口調や仕草から弱く思われることが多いかもしれない。でも、その意志は間違いなく本物だ。

そうじゃなきゃ、本気で本物の意思じゃなければあれほどの観察力も、そして俺のもとに弟子入りしようなんて思考にもならない。

命核解者になるのは簡単だが、続けるのは難しい―――根気で努力を無限に繰り返し続ける、終わりのない地道な作業に、継続は力なりという鉄則を知っていてすら嫌になる人間が多い。

だからこそ、意思がいるのだ。絶対に研究を成功させるという、意思が。

俺の場合はヴィヴィへの愛情だった。じゃあ、ナフェリアは………いや、これは俺の可愛い弟子が自身で考え、己で為すことだ。

先生とは言え、俺が関わることじゃない。もちろん助けてといわれれば先生として力を貸すがな。


「分かった。まあ俺も疲れたからもう少ししたら休憩するけどな。あとちょっと、頑張るぞ!」

「は、い!」


………さて。ここまでは多少特殊な植物があれど、まだ普通の森の範疇だった。

ここからだ。この世界の自然の本当の姿が現れるのは。

俺たちが休憩する場所は、人間に近い森と本来の野生を見せつける原始の森、その境目部分。

未だ多くが未踏のままである、広大な世界の広大な森の真の形を垣間見ることが出来る場所。

ちょっと俺も、気合入れていかないとな。







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