迎撃
すでに太陽は沈み暗く成り行く草原で、一騎のプレイヤーがまばらな林に駆け込んで行くのを見つめる者がいた。地面に寝そべっていた華奢な身体を起こすと、頭にかぶっていたフードを外す。
「‥‥」
現れたのは暗闇の中でも輝く黄金の髪を肩口で切り揃えた、切れ長の目付きをした美女である。いや、その体躯からは少女と呼ぶべきで着ている革鎧に見る者は違和感を覚えるだろう。
少女はしばし考える。自らが仕留め工作した罠に獲物がかかったのはいい。だが釣れた魚は餌だけ食って針は吐き出したかのような、望んでいた展開とはいかなかった。
「クッ、フフ」
堪えられないというように笑いがこぼれる。
本来であればゾンビを倒して燃える馬車に近づき調べるであろうプレイヤーに、馬車の下に隠した油壺に射かけてもろとも燃やしてやろうという計画だったのだが。あのプレイヤーは倒したゾンビを調べただけで馬車には目もくれず去っていった。
「どうしてバレたのかしら?」
相手のあまりの英断あるいは臆病さに、予想通りにいかなかった腹立たしさよりも痛快さが勝る。つり上がった口角が不敵な表情を浮かべる。油壺を回収し獲物が逃れた林に向けて歩を進める。覗いていたこちらに気付かれたわけでは無かった。死体だけで罠だと見破ったのなら、もしかして同じ道に精通した同業者かもしれない。いずれにせよ。
「共食いね。面白いわ。」
女はフードを被り直してその目立つ髪とサディスティックな笑みを隠して、狩りを続行することにした。
「はぁ。」
おもわずため息がもれる。ログイン直後に盗賊な侵入者で次は山賊の待ち伏せである。今日はろくでもない日に違いなく、ため息ついてしかるべきだ。林を進む途中で遭遇したオークを死なない程度ボコって麻痺毒により動かない身体を引きずっている。
このまま速度の上がらない夜の林を進んでも逃げきれるとは思っていない。プレイヤーはまとまった睡眠を取らないと「睡眠不足」のバッドステータスを受け、そのまま戦闘などおこなえば瞬殺されかねないほど影響を受ける。ゆえに夜営は不可欠で、高確率でそこを狙われるだろう。迎撃するしかない。とはいえ俺はトッププレイヤーの戦闘職には遠く及ばないし、すでにソロの弓使いであることは向こうにバレている。だか俺には格上の相手であろうと、対抗出来る力がある。それは「建築家」のスキルだ。このスキルを極めし者の脅威、山賊にとことん知らしめてやろう。
まずは場所の選定だが、ちょうど良さそうな3メートルくらいの高さな小山を見つけた。欲を言えば後ろから回り込めないような崖がよかったが、今回は時間との勝負なので妥協しよう。
「いっちょ、やったるか」
気合いを込め、それまで引きずっていたオークにもう一度麻痺毒を食らわせ放置。アブロはその辺で草を食んでいる。
場所が決まれば次は資材の確保。周りの木や岩を建築家のスキル「建材化」で角材、先の尖った丸太、板、石ブロック等に変えていく。小山の上に石ブロックでロの字型に積み上げその中に角材を立てていく。それを四角形の隅に立て、梁をわたし板を張って枝で死角を作って簡易櫓の完成だ。元から少なかった釘がなくなり、ますます鉱山街に行かなければならなくなった事に苦笑を覚える。櫓の中に先ほどのオークを仕舞って麻痺毒おあがりよ、と追加で足を矢で縫い付けておく。櫓の下にオークにビビるアブロを繋ぎ、その周りをグルっと先の尖った丸太で覆い尽くしていく。これで完成だ。
「今度は俺がオマエを嵌める番さ。」
俺は笑った。
すでに光の無い林中を足跡を追って行くと、女は信じられない物を目にした。
「なんで‥‥」
砦。いや、砦というには小さく木造の櫓が妥当だろう。しかしただの櫓と言いきるには物々しい雰囲気と周囲を拒む敵意がある。藪に身を潜めながら、一瞬呆けた気を引き締め辺りを警戒する。小山の砦の周りは木がドーナツ状に切り取られあちこち焚火により照らし出されている。アクティブスキル「生命探知」で調べた限りでは櫓の上下に2つ反応がある。下が馬で上でプレイヤーが待ち構えているのだろう。その他は特に罠の類いも見当たらない。
一定距離を保ったまま周りを観察し思考も止まらない。あの砦はなんなんだ?他のプレイヤーと共謀して私を討伐するための罠か?だとしても私がこの近辺で活動するとは予測出来ないはず。それにスキルを信じるならあの砦の中にしか生命反応はない。
退くべきか、否か。‥‥今までこんな展開は初めて。好奇心が警戒心を塗り潰す。
「やってやろうじゃない」
やはり女は不敵な笑みを浮かべると、火矢を取り出した。
俺は街道と砦を挟んだ反対側の離れた木に登り身を隠して、敵について思考を巡らせていた。街道で死体を調べたとき、そのほとんどが戦闘痕の少なさから一撃で死んでいたと思われる。腕がいいのは確定で、問題は複数かどうかだ。もし複数なら多少は重荷になるとはいえ、せっかく傷を与えず手に入れられた革鎧を剥ぎ取らなかったのは疑問だ。ゾンビの性能を少しでも上げるためか?もし複数ならアブロを囮に逃げるのもやむ無しかもしれん。つらつらと考えていると砦に火矢が射かけられ始めた。
「始まったか」
俺は砦を迂回して気付かれ無いように慎重に、しかし間に合わなくならないよう急いで木々の間を縫っていく。木を背につけ裏側を覗くように敵の姿を確認すると、どうやら一人だけだ。小柄なフードを被った革鎧の山賊が火矢を放っては移動を繰り返し、砦を火で包まんと暗躍している。そっとクロスボウを取り出し、矢に特別製の毒を塗って装填。静かに狙いを定め、心の中で呟く。
(狩人が狩られる気分はどうだ?)
悪意をもって矢は放たれた。
「ほらほら、早く反撃しないと火だるまになっちゃうわよ?」
砦を見たときは面食らったが、女はウキウキとした気分で砦を攻め立てていた。火で焼かれてもよし、反撃のため櫓から身を晒してもよし。後者であれば相手が矢を放つ前にこちらが仕留める自信がある。前者ではつまらないから、ぜひそうなって欲しい。
それにしても変ね。こんなに射かけているのに全く反撃が無いのは私の隙を伺っているのかしら。だったらあえて挑発の言葉を発して、こちらの居場所を教えてあげましょう。ハイリスク・ハイリターンは私好み、私の姿を目にしたそのときが貴方の最後よ。
「そこのタマナシ!男ならやり返してみなさいよ!」
現実世界では絶対に言えない口汚さで罵り、主観モードで櫓の上に着弾予想点をあわせる。いざ!
「なっ!?」
ところが予想外なことにガクンと揺れる視界。反撃を受けた!?でも前からじゃない。主観モードから俯瞰モードに戻すと背中に矢がつき立っている。
「ヤヴァーい」
回避しようとしたけど二本目を肩に食らった。くっ!今ので合わせてHPが八割損失。このままじゃ終われない!せめて敵に一矢報いる。振り向き様に大雑把な狙いでつがえていた矢を放ったとこで、結果を見届けること無く私は死亡した。あっぶね!山賊の最後に放った矢によりHPが九割損失した。ダメージ追加補正のある急所をそれて脇腹に当たってこのダメージだ。まともに食らってたら死んでいたのはこっちだったろう。ポーションで気休め程度回復してから、倒した女山賊がいた場所を調べる。何もないということは上等な身代りアイテムを装備していたのだろう。倒せはしたが骨折り損のくたびれ儲けに終わったな。それにしてもあの女山賊は強かったが、もしかして有名な実力派プレイヤーだったのかもしれない。同じ盗賊ギルドに所属していようと、全てのギルメンと顔を知っているわけではないし興味も薄い。
さて、本格的に火が回ってきた砦をみてアブロの救出をちょっとためらった。