道中
買い物に行くのはいいとして、何処に行こうか。この自宅は王都と鉱山街とをつなぐ街道にあり、もろもろの加工品なら前者で鋼材なら後者だ。ふむ。そもそも何を買うかをまったく考えてなかった。どう思う嫁よ?
「今日はいい天気ですね。」
嫁は一人でテーブルに座り飯を食べていて、いつもどおりのセリフをのたまう。必要ないとはいえ俺の分は?テメェはニオイでも食っとけと。相変わらず、嫁がナチュラルに辛辣でありがとうございます。
せめて夫婦っぽい空気は味わいたいと向かいに座って予定をまとめる。俺は出掛けるには目的が必要なタイプで何も求めずブラブラしたりが出来ない。今必要な物は‥‥そういえば、さっき盗賊を嵌めた「盗賊ホイホイ」は使用する度に床を張り替えなければならない。木ブロックは自前で調達可能だが、それをくっつける消費アイテム「釘」が心許ないな。よし、そうと決まれば鉱山街へデートとしゃれこむか。
「ヘイ!そこのカノジョ!俺とデートしようぜ」
「今日はいい天気ですね。」
え?はじめからデートの選択肢がないだと‥‥手強い。嫁が嫁っぽい感じを微塵も感じさせない件についてスレッド建ててもいいかな。この引きこもりはもう放っとこう。
鉱山街へは「アブロ」という飼い慣らした魔物に乗って移動する。プレイヤーに限らずNPC逹もこれに牽かれた馬車で移動するのが一般的だ。このおとなしい魔物の外見は、モコモコの上半身にスラッとした脚がニュッと突き出たつぶらな瞳の持ち主だ。こいつらの肉や乳、皮、労働力がこの世界の人々の生活を支えている設定になっている。女性プレイヤーの間ではキモカワイイと人気だとか。女性客をよび込もうとする運営の思惑が透けてみえるくらい、こいつらはどこにでもいる。もっともこの硬派なゲームに女性キャラを使うプレイヤーは数いれど中身は男いわゆるネカマだというのが通説。効果があったとは思えない、運営の迷走ぶりにげんなりする。
遠くに見える雪を半ばまで残した険しい山々を目指し、緑がまぶしい草原を土色に割かれた道を考え事しながらパカパカと揺られる。そんなのんびりとした時が過ぎ、現実世界より早く流れる時間設定により日が暮れ始めてきた。そろそろ夜営するかとちょうどいい場所を探していると、目前の丘の先に黒煙が昇っているのが見えた。張り詰めた緊張がはしる。
「そうこなくっちゃなあ」
前方に敵性反応が複数。素早く騎乗したままクロスボウを装備し、丘を駆け上がる。矢を装填と同時に構える。構えたことにより着弾予想点が薄い赤で現れ、さらに弓のアクティブスキル「スコープ」を発動。スキル効果でゆっくり流れる時間の中、ズームした視界で敵の姿を見定める。ゆらゆらと炎、立ち尽くす人型、‥‥ゾンビか?商人のふくを着た男と三体の革鎧の護衛が倒れ燃え上がる馬車の周りに何をするでもなくつっ立っている。「夜目」のスキルによって薄暗くてもわかるくらい、そいつらは血塗れで頭の上のアイコンも敵性の赤でゾンビとある。まだこちらに気付いた様子はない。アブロを止め馬上からそのまま狙撃する。一射目。大きく上方を通り過ぎ外す。距離感を修正、ニ射目。一番脅威と思われる部分的に金属製の護衛の頭に命中。崩れ落ちる仲間を見てやっと自分達が攻撃されている事に気付いたのだろう。距離はあるが聞こえただろう発射音に振り向き、残りの三体がこちらに向かってくるが焦りはない。炎に照らされて逆光だがむしろ姿がはっきり浮かび上がって狙いやすい。
ゾンビはNPCかプレイヤーが死んでからしばらく火葬されず放置すると動き出す魔物だ。普段は鈍いくせに獲物に近づくと急に俊敏に襲いかかってくるが、頭部が弱点で駆け出しのプレイヤーでも一撃で倒せる。次々射掛けていくと、ほどなくして残りも動きを止めた。
死体を調べる。ほぼ全てのプレイヤーが自分の倒した敵から金目のものを持ち去る。しかし得られるのはそれだけではない。最も近くまで寄ってきた最後に廻した商人のインベントリからは金目のものは何一つ無く、刃物のように鋭い傷‥‥かじられた痕が目立つ。魔物のスノーウルフだろうか?突き刺さったボルトを引き抜いて回収すると、俺が付けた覚えのない似た傷跡を首に見つけた。そのことに疑念を覚えたため、他の死体も詳しく改めてみる。‥‥やはりどれも同じ特徴がある。
こいつらは魔物に襲われて死んだのではなく、山賊にやらた後魔物に食われていたのか。しかもこれはNPCの山賊ではなくプレイヤーのやり口だと確信する。NPCであれば手掛かりを消すため死体も馬車ごと燃やし、律儀にもゾンビになることも防いでいく。
「めんどくせぇな」
そのまま放置したということは、ゾンビになることを分かった上で利用し次の獲物に襲いかからせるためか?だとしたら今ここは監視されている可能性が高い。暗い中、先ほどのゾンビどもと同じく炎の光で俺も目立つはず。
アブロに跨がりすぐさまその場を離脱する。感知系のスキルには何の反応も無いが安心はできない。街道を離れ近くの木立に紛れ込むが、アブロには夜目が無いためこれ以上走らせるのは無理だ。アブロから降りて引っ張ってさらに奥にもぐつていく。今夜は楽しい事になりそうだ。