表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私禁  作者: 村人C
2/4

日常

「よぉし、今日は何すっかな?」

意気込みのようにつぶやき腕を組ながら、部屋着の男が寝室に現れた。この家の主である彼がログインしてきた事に反応して、ベッドに寝ていたNPCものっそりと起き出す。家主はNPCでゲーム内での妻でもある彼女のいつもと変わらない挨拶を聞き流しながら、しかし無視できない単語が聞こえたため確かめるようにつぶやく。

「侵入者?‥‥ハァ、またか。」

現実世界で叶わぬならばとイベントをクリアして手に入れた妻は、事務連絡は終えたとばかりに退室していく。もともと詳しい現状説明など期待していたわけではないが、悲しいかな、NPCに搭載されているAIの限界か実に素っ気ない。「そういう態度とられるとゾクゾクしちゃう」

男キャラだとひたすら気持ち悪い(身悶え)のアクションを選択しボケをかます。誰もツッコンでくれないので真顔に戻って被害の確認に移る。侵入者と言っていたが十中八九盗賊だろう。まれに魔物も屋内に入ってくるが、その場合なら部屋は血まみれのエフェクトで彼女は惨殺死体となってコンニチハである。緊迫感あふれるセリフで助けを求めながら立て籠るわけでもない事から、盗賊は『アレ』に引っ掛かっているのだろう。それを裏付けるようにサイドテーブルから貴重品がごっそり盗まれている。今日の予定は決まったなと、ほくそ笑みながら彼女の後を追って一階におりていった。

一階に降りてからさっそく侵入者とやらの顔を拝んでやろうと裏口にたどり着く。裏口の手前の木の床にはばきりと穴が空いていて、暗く深い穴に近より覗き込んでみる。やはり、いた。家主は嗜虐的に笑みを浮かべながら穴の底の盗賊に声をかけた。


盗賊は混乱していた。盗みを終え家を出ようとしたその瞬間、画面が真っ暗になり身動きがとれなくなったのだ。

建物と外のオープンフィールドは厳密には別空間であり、その境である扉等に(調べる)コマンド入力するとデータ読み込みのために画面が暗転してしばらく待たされる。だがそれとは画面が黒一色なのは同様だが隅っこにHPとMPのゲージが表示されていることから今も進行中なのがわかる。ただHPがじわじわ減っているのが気になる。状況を把握しようとするが動けない。進んでいるのか止まっているのかもわからない。おまけに動けば動くほどダメージが増える。バグかと考えてメニューを呼び出せば、その機能は問題なく使用できる。どうやら(骨折)と(出血)、(毒)のバッドステータスがHP減少の原因である。

「チッ」

毒には職業柄耐性があるし解毒薬もすぐ使用する。だが、残りの二つは手持ちでは治療出来ない。HP全損まではまだ時間はあるとはいえ焦りが募る。攻撃を受けているのか?

「いったい、どうなってんだ」

現状を打開するヒントはないかと視界を操作してみるが、どこもかしこも黒、黒、黒。上下左右の区別がつかなくなり不安がよぎった一瞬、光が見えた。小さな光。光源が小さいのか、距離が遠いのか判別が付かない。そこに向かって進んでみても一向に近づく気配が無い。よく観察してみると光源から直接光が届いているわけではなさそうだ。オレンジ色の不規則な瞬きがある‥‥ロウソクか!陰影の動きからすると壁、いや天井だな。それだとスキル「エコーロケーション」が示す意味不明だったマップも説明できる。つまり俺は片腕を伸ばせばすぐに届く幅が直径である円柱の底にいるのか。

「クソッタレが」

自らの置かれた状況を理解した安堵と引き替えに忌々しさと疑問が湧き出てくる。これは罠なのか?罠だったとしてなぜ気付けなかったのか?盗賊は「罠感知」のパッシブスキルはかなりのレベルに鍛えていたし、反応も無かった。おおよそこの家の持ち主なプレイヤーは玄関と裏口の鍵に大枚をはたいて高級品を使っておけば大丈夫だと高をくくっているだろうと。まぁなんにせよ脱出してから考えればいいかと、インベントリから「かぎなわ」を取り出し引っかけようと試みるが長さが足りない。ならば壁を登れないか、いや垂直方向への移動は特殊なアイテムかスキルが必要でいずれも所持してはいない。死、の言葉が頭をよぎる。焦燥感がピークに達したとき、ふざけた調子の声が降ってきた。


「よう!元気かい?」

第一声を何にしようかと考えたて相手が一番ムカつくであろセリフを打ち込んでみた。

「テメェ、この野郎!」

おーこわ。怒り心頭みたいだ。まぁ平静じゃないのはこっちにとっては都合がいい。盗賊からは見えないようにインベントリからある武器を手に呼び寄せる。

「まぁまぁ、そう怒るなよ。困ってんだろ?取引しようぜ」

「取引だと?」

「そんなに難しい話じゃないさ。あんたはここを生きて出られる。俺は盗まれたアイテムの返還と相応の謝礼を頂く。簡単だろ?」

「それは‥‥」

声にこそしなかったが続く言葉は「願ったり叶ったり」か?どうせ相応の謝礼ってところに引っ掛かってんだろうが、おまえの取り得る選択肢なんて一つしか無いんだよ。

このゲームの最大の特色あるいはウリは(難易度)である。開発陣も一般大衆向けに作ったわけではない、と豪語するほどこのゲームはライトユーザーお断りだ。一番顕著な例がデスペナルティで、キャラのHPがゼロになると所持アイテムをぶちまけてキャラクターロスト。つまりそれまでの努力と苦労が水の泡になる。プレイヤーからはペナルティが重すぎると批判されることもあったが、運営はだからこそ緊張感が生まれ戦略を練り仲間と助け合うのだと取り合わなかった。もちろん救済策も用意してあり(身代わりの人形)といった身代わりの~シリーズアイテムがあたる。これらはHP全損時、最寄りの街にアイテムロストしてキャラのロストは免れるいわゆる保険だ。レア度が設定されてあり比例して保険内容もグレードアップするが、複数所持不可、譲渡不可と条件も入手も厳しい。俺も持っているし盗賊も持っているに違いない。ただ、使わないに越したことはない。取引とはいったがほとんど脅迫で、ヤツもそれをわかった上でしぶしぶ話に乗ってきた。

「アイテムは返す。金はいくら払えばいい?」

「聞き返して悪いがいくら払えるんだ?」

まったく悪びれるつもりもなく問い返してやる。

「クッ‥‥、30000だ」

「おいおい、しけてんなぁ。あと十倍くらいだせるんじやないの?」

「そんな金持ってるわけないだろ、45000で勘弁してくれ。」

「いーや、まだ出せるね。60000。」

「ふざけるなッ、50000。これ以上はもう端数しかない。」

「まぁいいかな、それで。ほら時間ないんだろ、ちゃっちゃとよこしな」

盗賊のプレイヤーは本当はもっと出せるんだろうが、とりあえず手打ちとする。時間がない相手にこれ以上延ばすと自棄になってコントロールが利かなくなるからな。たとえ腹の内に何を抱えていようとも。

盗賊が盗んだアイテムを全て返却し金も渡してきたので催促してくる。

「オラ、払っただろ。ここから出してくれ。」

「ああ、もちろん出してやるとも。ほら、受け取りな。」

先ほど用意していたクロスボウを穴の底に向けて発射する。重い轟音を立てて射出されたボルトが盗賊の右肩に突き立つ。

「騙したな!?」

続けて二本目、三本目と装填、発射をヤツがロストするまで撃ち込む。盗賊は罵詈雑言を吐くと諦めたのか、屈辱を堪えながら切迫して聞いてくる。

「頼む、殺すまえに教えてくれ!この穴はいったいなんなんだッ!」

トドメを装填しながら答えてやる。

「飯のタネをバラすか、バーカ」

盗賊は沈黙せざるを得なかった。


盗賊の持っていた身代わり系アイテムはわりといいやつだったようだ。倒した後に残ったのは20000ほどの金と床の穴だけ。修復するため裏口から廊下に貼ってある木ブロックを消去すると穴の全容がわかってくる。結局盗賊は最後まで気付かなかったそれは、『井戸』である。そもそもこのゲームに地面を掘ることなど出来ない。プレイヤーによって建てられた家に設置可能な罠というのは種類が少ないうえに、開発も改造もできない。そのほとんどがダンジョンから回収したリサイクル品で、それだったならあの盗賊も見破っていただろう。仕組みは単純に井戸の上に家を建て、厚みを調整した木ブロックで蓋をしただけだ。ハンドメイドの家には壁や柱、天井、使用した材質等によって、武器や防具にもある「耐久値」が設定されている。盗賊はかなりの重量のアイテムを盗んだためその床の耐久値を越えて踏み抜いて、底の毒が塗られた剣山にご案内☆というわけだ。名付けて盗賊ホイホイ!

臨時収入も入ったし冷たい嫁と街にでも建材収集にでも出かけますか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ