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「だめ・・・あたしもーー」
アリスの言葉も終わらない内に、アシュフォードはジェニファーに働きかけて前に進み始め、そしていざジェニファーを走らせようとしたその時だった。
「ーー行かないでっ!『おじいちゃんっ』!!」
感極まったアリスがその『単語』を口にしてしまった。
あまりに虚をつく、不意を射抜くようなその『単語』にアシュフォードも無理矢理ジェニファーを止めさせるしかなかった。
そして振り向くと、そこには涙を溢れさせる弱々しい『孫娘』の姿があった。
「アリス・・・今、なんて・・・?」
「ーー言う・・・つもりはなかった。
この思いは・・・封印しなきゃいけなかった。
でもーーっ」
アリスは涙ながらに語りだした。
アリスは全てをマーサから聞いていたのである。
マーサは生涯独り身だったこと。
そしてアシュフォードこと、ゼニスと別れたしばらく後、
マーサは娘を生むこととなる。
ゼニスの気持ちを知りながらその思いに応えなかったのは、ゼニスに災厄を招きたくなかったからだということ。
「では・・・お前が追う、母親は・・・俺のーー?」
アリスが小さく頷く。
アリスの母にしてマーサの娘、ヴァージニスはゼニスの娘なのだ。
顔も知らぬ娘。
またアリスが言うような、連れ添った夫を殺し、自ら災厄を振り撒く存在となっているーー。
父親でありながら何も知らなかった、いや自分が父親であったという事実すら知らなかったというやり場のない悲しみに、アシュフォードと名乗るゼニスはただ天を仰ぐしかなかった。
アリスもこの事は隠すしかないと思っていた。
故にアシュフォードと初めて会った時から、自らの気持ちを封印し続けた。
己の気持ちを欺くが如く。
彼は他人であると言い聞かせ、信じ込ませた。
今はアシュフォードとして第二の人生を幸せに過ごす彼に、こんな真実を知らせるのはあまりに残酷であるからーー。
しかし今、自ら死地に赴こうとする祖父を止めるためにアリスはその封印を解いてしまった。
皮肉と言うべきか、ゼニスは病気に蝕まれ最期が近いという中で、ようやく全てを知ったのである。
その心中は誰にも察することは出来ないーー。
「お、お願い!
おばあちゃんを恨まないで!
おばあちゃんは・・・ずっと、ずっと悩んで、苦しんでたの。
だから最後まで誰とも添い遂げたりなんてしなかった。
そんな資格は自分には無いってーー」
アリスはそこまで話すと遂に泣き崩れ、言葉すら発することが出来なくなった。
そんな孫娘の姿を見て、アシュフォードはジェニファーから下り、子供のように泣くアリスに近づいていき、
その身体を自らの両手で包み込んだ。