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ーー二人は屋内に戻る。
時間にすれば外に出て十分くらいの出来事だった。
「ーーすまなかったな、俺のわがままに付き合わせてしまった」
「いえ・・・」
「もうすぐ夜明け、だな。
・・・すぐに発つのか?」
「ーーはい」
「そうか・・・寂しくなる。
町の者もがっかりするだろう」
「ウェイトレスのバイト、楽しかったです」
「はっはっはっ」
誰もいなくなった店内で立ちながら話す二人。
互いに別れを惜しむように、何気ない会話を繰り返す。
やがて何も話すことが無くなると、アシュフォードが手を差し出した。
それを見てアリスはその手を握った。
言葉はない。
しかしアリスは何かを言いたそうにしている表情。
だが結局その口は開かれる事はなかった。
「ーーそういえばマリアはどこ行った?」
ふと気が付いたようにアシュフォードが辺りを見渡す。
確か水を変えに行った筈だが、店内にその姿はない。
溜め水を入れた桶を見てみると、中は空である。
ということは外の水車小屋まで水を汲みに行ったかーー?
アリスは自分が見てくるから、とアシュフォードを店内の席の一つに座らせて、裏口から水車小屋の方へ移動した。
だが、そこにもマリアの姿はなかった。
代わりに残されたのは、ひっくり返った桶が地に転がり、水が辺りに零れていた。
「マリア・・・?」
最初は小さな予感。
状況的にマリアがここに来て水を汲んだのは間違いない。
だがそれがひっくり返って地面に落ちているというのは、様子がおかしい。
まさかこんな明け方に何か用事を思い出して、慌てて出掛けたなどという話はあるまい。
「まさかーー」
アリスの中で予感が膨れ上がった。
同時にある記憶が甦る。
アシュフォードが倒れる前、この場所で目撃した怪しい人影の存在をーー。
そしてそれは最悪の事態を想定させ、アリスは背筋が寒くなる感覚を味わう。
アリスは次に地面に目を落とす。
すると水車小屋の付近でまるで数人が踏み荒らしたような足跡を見つけた。
確信めいた思いがアリスの中で膨れ上がった時、アリスは無意識に店内へと足を駆け出していた。
そしてアシュフォードにその事を伝え、二人で再びストリートへと駆け出す。
まだ夜明け前、皆が寝静まる町中でマリアの名を叫びながら二人はその行方を探し始めた。