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「俺と勝負してほしい」
「勝負・・・?」
「そうだ」
突然の申し出。
アリスは当然のように戸惑うが、何も命のやり取りをするわけじゃない、模擬戦のようなもの、とアシュフォードは言う。
そんな身体で、とアリスは心配する。
「身体が動く内に・・・もう一度、勝負がしたいのだ。
ティアマトーを受け継いだ『カラミティ・ジェーン』と」
「アシュフォードさん・・・」
「頼む・・・」
アリスは考えた末にその勝負に応じた。
死を前にして、何かけじめのようなものを付けようとしているーーそんな意思を感じ取ったからだ。
二人はすぐに準備を済ませて外に出るが、その時、既に起きていたある異変に気が付いていなかったーー。
ーー夜明け前。
徐々に明るくなりつつあるストリートにはまだ人の姿はない。
あるのは二人。
アリスとアシュフォードの姿のみ。
3メートル程の距離をとって向かい合った二人。
二人の腰には拳銃を差したホルダーをくくりつけたベルトが絞められている。
特にアリスは新たにティアマトーを納めた皮の袋を差しているが今回の勝負では使わない。
更に言えば互いの銃の弾倉にも弾は込められていない。
アシュフォードの言うように模擬戦のようなものだ。
勝負の方法は早撃ち。
ホルダーに納まった銃を抜き、相手に狙いを付け、撃鉄を起こして引き金を引く。
この一連の行動がどちらが早いか、である。
勝負というには判断のしづらそうなあまりに曖昧な決着方法だ。
アシュフォードの早撃ちのスピードは先日の決闘で見せている。
彼の異名『瞬きの撃ち手』とは、瞬きする間に抜き撃ちするほどの早さを持つ、得意の早撃ちから来ている。
言わば早撃ちはアシュフォードの分野である。
「・・・合図を頼む、アリス」
「ーーわかりました」
向き合って少しの間を置き、アシュフォードが伝えた。
するとアリスはポケットから金貨を取り出し、銃を抜く方とは逆の手に持つ。
そしてここでも少しの間が置かれた。
互いに利き手はぶらりと無造作に下げたまま。
離れた距離で二人の視線が合致して一つの線を作り出す。
ーーそして、アリスの指が弾かれた。
宙を高く舞った金貨はやがて落下運動を始める。
このまま推移すれば落下地点はおそらく二人の距離の中間点。
二人の視線は金貨に移る事はなく、同じ一点を見つめ合っている。
ーーそして。
勝負の狼煙を上げる金属音が二人の耳に響くーー。